空からも陸からも サンダーバードのように~機動力を上げる小児医療現場の新たな取り組み~
1医師からのたより
「記事見ました。『熱いですね!』・・・」
先日書いた「ドラマから考えるヘリコプターによる救急搬送」の記事を見て、かつて取材した医師から、感想のメールが届いた。
メールの送り主は、あいち小児保健医療総合センターの伊藤友弥医師。
伊藤医師は、小児救命救急センター・小児ERに所属。高度な救命医療を行うのはもちろんだが、多くの人が子どもの頃お世話になったであろう、いわゆる急患を担当する、小児救急外来のお医者さんでもある。
そのメールには、「私たちの病院でもヘリコプターを使った医療提供を本格的に始めている」といった内容も記されていた。
そうであれば、話を聞かねばと思い、早速連絡を取ることにした。
2子どもは後回し・・・
小児医療がおかれた厳しい現実
伊藤医師との出会いは、今から7年前にさかのぼる。
当時、名古屋のテレビ局の記者だった私は、熊本地震で被災した病院からヘリを使った新生児の広域避難について長期にわたって取材を続けていた。東日本大震災以降度重なる災害をきっかけに都内で開かれた、厚生労働省主催の「小児・周産期災害リエゾン研修」の会場を取材している中で、講師だった伊藤医師と偶然、出会ったのである。同じ愛知県ということもあり、以来、取材や情報交換をさせていただいていた。
この研修は、災害時の医師派遣の判断や行政機関と医療機関との間の調整などを学ぶというもので、全国から、小児科医、新生児科医、産婦人科医などが集まっていた。
当時の研修で、伊藤医師をはじめ講師たちは、成人を担当する医師と比べて小児科医の数が少ないために、災害など緊急時において、子どもの優先度が低く、後回しになってしまう現状が大きな課題だと指摘していた。
言うまでもないことだが、重症度が高いほど、処置の遅れは、致命的な事態につながりうるからである。
そのため、研修そのものは「災害時の指示や連携、調整」が主題だったが、医療の迅速な提供手段として、ヘリコプターの活用の重要性も強調していた。
あれから7年、幸いにして、愛知県では大地震がなく、東日本や熊本のような災害対応を迫られたことはなかった。ただ、時間との勝負は災害時も平時も同じである。
「専門の医師が、重症の子どもにいかに早く接触して的確な処置が始められるか」、伊藤医師はもちろん常に頭に置き、日々、小児救急の対応にあたりながら、着々と新しい取り組みにトライしていたという。
3時間との勝負 ヘリコプターを本格活用
転機が訪れたのは、今年2月。
愛知県で2機目となるドクターヘリが、近隣の藤田医科大学病院に配備されたことをうけ、あいち小児保健医療総合センター(以下、あいち小児と言う)が「ドクターデリバリー」というシステムを本格的に導入したのだ。
このシステムは、小児救急専門の医師がドクターヘリで、重症度の高い子どもがいる病院に派遣され、そこで専門的な救命治療を行うというもの。患者搬送ではなく、医師派遣によって救命率を上げようというのである。
ただ、あいち小児にはドクターヘリがないため、藤田医科大学病院のドクターヘリに医師をピックアップしてもらい、重症患者のいる病院に駆け付けるという方式を始めた。あいち小児と藤田医科大学病院がお互い声を掛け合って実現した。このようなやり方を採用しているのは、現在は、全国でもここだけだろうと伊藤医師は話す。
このシステム導入により、これまで県東部の豊橋市までドクターカーで70分かかっていた移動時間は15分で済むようになり、より早く、専門医が救命治療をスタートできるようになったのである。
4早さにこだわる理由
なぜ、そこまで早さにこだわるのか、あらためて尋ねると、やはり小児医療特有の複雑な事情があった。
あいち小児に医師派遣の要請をかけてくるのは、県内各地の拠点病院にある救命救急センターからがほとんど。患者の多くは、生後28週以降から就学前の子どもで、呼吸不全やけいれん、ショック状態など重症度が高く、心肺蘇生などの救命治療を施すも、対応が難しくなり、応援を求めてくるというのである。
このような応援が必要になる背景には、小児の場合、成人に比べると、高度な医療が求められる重症度の高い患者はそこまで多くはないため、救命処置の判断はベテランの小児科医でも迷うケースが多いこと。また、救命救急医の中で小児を専門とする医師の数はきわめて少ないこと。さらに、患者が重症になった原因が、もともと重い病気を抱えていたり、事故であったりと、多岐にわたる他、術後に至っては、子どもの心のケアも必要になってくることなどが上げられる。
そのため、普段から小児の救命医療や集中医療を行っている専門医の技術が必要となり、伊藤医師らがヘリで急行することになるのである。
伊藤医師も「もう少し早く派遣要請がきて、もう少し早く駆けつけていたら・・・」という苦い経験を何度も経験したことがあるという。
それゆえに、ヘリコプターの活用は、子どもたちの救命に、飛躍的な効果をもたらした。
5空からも陸からも・・・“サンダーバード”のように
さらに、「『サンダーバード』方式をとっているんですよ」と伊藤医師。
はて?サンダーバードってナニ?
思わず北陸を走る特急列車を連想してしまったが、もちろん違った。この方式は、派遣要請をしてきた病院にヘリコプターで医師を搬送するのと同時に、陸路でもドクターカーを向かわせるというもので、医療従事者の間では、かつてあった特撮人形劇の番組になぞらえて「サンダーバード」方式と呼んでいるそうだ。
この方式を取り入れた理由は、医師の派遣先からの復路を確保するためだ。日没やほかの救急搬送のために復路でヘリが使えない場合を想定して、空と陸両方から出動するのである。
医師の移動をスムーズにさせないと、医師派遣はしたはいいが、あいち小児のマンパワーも不足して、県内全体の小児救急の維持が困難になるからである。
6医療の空白地帯を埋めたい
こうしたシステムの導入が愛知県内の小児救急医療の機動力を向上させ、その結果、子どもたちの命を救うことに大きくプラスに働くことになった。
しかし、「愛知県内だけでいいのか」との想いが伊藤医師にはある。
医療資源が乏しい地域は愛知県の周辺には多々ある。
今後は、隣接する岐阜県や三重県も対象エリアにしたいという。ヘリの航続距離が伸びればだが、将来的には小児救急専門の医師が少ない北陸方面にも駆けつけられるようにし、医療の地域間格差を解消したいと語ってくれた。
検討しているスケールのあまりの大きさに、驚いたが、ヘリコプターの能力を最大限生かして、もっと多くの子どもたちを救いたいという伊藤医師の熱い想いが伝わってきた。
今回のインタビューを通じ、小児医療には、成人医療と異なる特別な事情や医療全体の構造的な問題が影を落としているように感じた。人口750万人と全国で4番目に人口が多い愛知県には、医療機関も集積している。そのような恵まれた環境の中でも、日新月歩する医療現場の中で、子どもたちへのしわ寄せは変わっていないように思えた。
だが、それをなんとか知恵をしぼって、解消しようとする現場の医師たちの行動力を感じた。さらに推し進めるには、病院間での連携や、病院をはじめとした関係機関とをつなぐ行政の支援が必要だと思う。
各県がかかえる地域事情にもよるが、少しでもそうした課題を取り払い、様々な工夫や挑戦によって、医師たちの想いが実現されることを願いたい。
※写真提供:あいち小児保健医療総合センター
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