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最低賃金の引き上げ、物価高がひとり親家庭を直撃―深刻度を増す負のスパイラルー


1朝ごはんはお湯?


今年は、12月に入って、急に寒くなった。
寒くなると思い出すことがある。かつて、ひとり親家庭を取材したときの
母親の言葉だ。

「朝ごはんを作れないときには、子どもたちに“ちょっとお湯を一杯飲んでいって”と言って、朝ごはん代わりにお湯を飲ませて、学校に送り出すことがあるんです」

正直、そのときは耳を疑ったが、それが事実だったのである。食事の量もそうだが、栄養バランスも悪い。育ち盛りの小学生にとっては酷である。今は、もう中学生になっている子どもたちはどう過ごしているのか。心身ともに成長に影響が出ていないか、心配だ。

そういったひとり親家庭の生活を実質支援しているのが、民間の福祉団体だ。コロナ禍は終わったが、物価高の昨今、支援にも影響が出ているのではないかと思い、かつての取材先に連絡をとることにした。

連絡をしたのは、社会福祉法人・愛知県母子寡婦福祉連合会(=愛母連)の山本廣枝理事長。山本さん自身もご主人と死別され、子どもを育て上げたシングルマザーだ。愛母連の支援は、食糧支援をはじめ、就労支援、住宅貸付、法律相談、無料学習塾など、多岐にわたっているが、昨今の経済事情が支援に大きな影を落としている。もちろん、それが、ひとり親家庭の生活を直撃しているというのだ。

山本廣枝さん


2物価高でWパンチ

食料品をはじめ、多くのものの価格が上がっているのはご承知のとおりだ。
だが、厚生労働省が2023年に公表した母子家庭の平均年収は236万円。そのうちの半分が年収200万円未満のひとり親家庭にとっては、食料品の価格上昇が数十円であっても、かなりの打撃だ。その結果、食事の回数を減らしている家庭がほとんど。さらに、物が買えず、必要経費を削るが、削るところがないところまで行きつく。食事の回数を減らしている家庭が多いのだという。

また、物価高は、支援する側にとってもかなりの影響を及ぼしているという。食品メーカーからの寄付の量が、以前の6割ほどに激減しているのだ。
愛母連など多くの生活支援団体に食品を供給している、NPO法人のセカンドハーベスト名古屋でも寄付で集まる食品の取扱量が減少に転じ、購入で補っているのが現状だ。

    NPO法人セカンドハーベスト名古屋の資料より

なぜ、寄付が激減しているかというと、原材料価格や人件費など諸経費が上昇したため、売れ残りを極力抑えるようになったためだという。
かつては、商品がお店の陳列棚に常にあるように、生産量を多めにして、「売れ残っても良し」としていたが、今は食品ロスを出さない、「売り切れ御免」というように生産量に対するメーカーの考え方が大きく変わったため、寄付にまわってくる食品の量も減ってしまったのである。さらには、フードパンドリーなど、個人からの食品の寄付も激減している。
かといって、食糧支援を縮小するわけにもいかない。

そのため、団体では、寄付金で、お米や食料品を買って、なんとか食糧支援を継続しているという厳しい状態に陥っているそうだ。
すべてのモノの値段が上がり、お金に余裕のなくなった社会になった今、ひとり親世帯への支援がより一層細ぼってしまってきているのである。

提供するための食品


3最低賃金の上昇がピンチを増幅?!
・・・長年のジェンダーギャップ構造がさらに追い打ちをかける


政府は、昨今の物価高に対応すべく、最低賃金の引き上げを行っている。しかし、これが、「ひとり親家庭の生活を追い込んでいる」という。
背景には、ひとり親の半分は非正規雇用で、正社員であっても月給20万円程度で、ボーナスなしの零細企業に勤めているケースが多いのが大きく関係しているようだ。

しかも、ここ20年あまり、世帯平均収入はほとんど変わっていない。Wワーク、トリプルワークをしていても、不安定で低収入な環境は変わらず、物価高による経費削減の昨今、時短勤務を強いられ、結果的に、収入が変わらないか、逆に減額してしまっている人も少なくないという。
皮肉にも、国民に良かれと思ってやっている施策は、ひとり親家庭には逆効果をもたらしているのである。

では、なぜ、ひとり親の場合、不安定な経済状況になるのか・・・。
「長年のジェンダーギャップが関係しているんです」と山本さんは話す。

最大の理由は、ひとり親の9割以上が女性としたうえで
一つは、出産のために離職した場合、再就職先として大企業は受け入れられず、零細企業になってしまうこと。

もう一つは、製造業が多い愛知県においては、「男が一人で稼いで、女は専業主婦。もしくはパートで補助的な事務職として働く、という就労構造が長年続いていた」ことが大きく関与し、女性が比較的収入の高い職業に就くチャンスが失われている実態があるのだという。
労働市場における男女差別、いわゆるジェンダーギャップが、ひとり親家庭の自立やチャンスを拒んでしまっているのである。

      愛知県母子寡婦福祉連合会のアンケートより


4「夢が描けない」から「明るい未来を描ける」世の中へ


無料学習塾で勉強する子どもたち


物価高で国民の多くが経済的に余裕がなくなっている中、ひとり親家庭の困窮度はさらに深刻度を増している。頼る場所すら少ないのが現状である。
そして、親の困窮は、子どもにも引き継がれる。「貧困の連鎖」だ。

山本さんは「日々の食事もままならず、子どももギリギリの生活を送る。行動範囲が狭まり、コミュニティーからも外れてしまい、親以外に頼る人もいなくなる。夢を描けない家庭に育つと、自己肯定感がなくなり、心の貧困までまねく。そして、自ら、未来を築くチャンスから手を引いてしまう」と危惧している。

年収200万円で家族を養っていけるのか、支出を削るところがないほどまで生活に困窮していて、養っていけるわけがないだろう・・・と私は思う。安心して、心豊かに暮らせるには、ほど遠い支援の状況だと感じる。
また、賃金や税金、教育など暮らしに関わる現行の施策や制度がひとり親世帯にとっては大きな負担を課してしまっているとも言える。単なる支援だけでなく、最低限度の生活を維持できるセーフティーネットのような仕組みが本来は必要だと思う。

山本さんも「国によるひとり親家庭への支援の拡充はもちろん必要だが、16歳未満の特別扶養控除の復活、配偶者控除や扶養者控除の103万円の壁の撤廃。さらに、子どもがアルバイトをして家計を助ける場合に、アルバイト収入が103万円を超えてしまうと「ひとり親」の対象外とする現行制度の撤廃など、子どもたちのことを考えて、できうる限りの支援や制度改正を講じてほしい」と訴える。

生活の豊かさを感じることからほど遠くなっている今の日本、そんな環境下に、制度の欠陥や矛盾、ジェンダーギャップ、行政の支援姿勢など、長年積み重なってきた課題が加わり、その結果、社会で弱い立場にあるひとり親家庭により一層しわ寄せがきているのではなかろうか。今ある生活の支援はもちろんのこと、未来ある子どもたちが、希望を持ち、明るい未来を描ける世の中を行政や社会が作っていくべきである。そして、子どもを守り育てていくのは、私たち親世代の役目であるとあらためて思う。

※写真提供:愛知県母子寡婦福祉連合会

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