You are always in my heart. sideB【春田の気持ち】
今日はぽかぽかといいお天気で、チラシ配りもいつもよりスムーズに終わった。和泉さんのポスティングもスピードアップして、大家さん巡りも早くに切り上げられた。今日は牧も早く終わりそうだし、一緒に料理ができるかなーとかルンルン気分だ。
だけど、この前部長が落としたノートが気になって仕方がない。牧に言えば「また、春田さんの気を引こうとしてるんじゃないですか」とか言われて喧嘩になるに違いない。どうしよう、部長に連絡してもつながらないし……誰かに相談したほうがいいのかな。考えても仕方がない。今日は帰って何も考えずに、牧と楽しく話して眠ろう。
「あ、和泉さん、もしかしたら弓道場寄り道します?」
「ええ、はい」
「えっと、俺も一緒に行っていいですか?」
和泉さんが弓を放っているのは見ていても気持が良かった。最初は邪魔かな……と思ったけれど、的に当たった時の音が爽快で、今の俺の気分を拭きとばしてくれるんじゃないか。そう思えた。
「はい、もちろんです。私も春田さんにお話ししたいことがあるので」和泉さんはニコニコ笑いながら「行きましょう」と声をかけてくれる。
この間は、急に会社を飛び出して出ていくし、帰ってきたら真っ青で理由も聞けなかった。何かあったことには間違いないんだけど、聞いてはいけないような気もするな。
道着を身につけながら、和泉さんはどうしたんだろう……そんなことを考えた。元公安なのに、ぼんやりして「本当に?」とか突っ込みたくなるくらいなんだけど。秋斗の話を聞いてから、大切な人が急に目の前からいなくなる怖さを感じた。和泉さんは秋斗のことを心から大切にしていて、秋斗も同じように思ったから和泉さんをかばって死んでしまったんだもんな。
もし、部長が急に俺の目の前から消えたらどうすればいいんだろう。あれ、なんかのドラマで見た「エンディングノート」じゃないのかな。だよね、そうだよね。あー!!どうしよう!考え事をしていたら袴の向きが反対のような気がする……面倒だから和泉さんに見てもらおう。そう思い、更衣室から出ると気持がいい矢を射る音が聞こえた。
「じゃ、次は春田さん……」
「えっと、すいません、これ反対ですよね。脱いで履きなおした方が……」
「集中……してませんね。何かあったんですか?」
和泉さんにエンディングノートのことを話すのはやめた。秋斗はそんなものすら残さずに逝ったのに、傷を掘り起こすようなことはしたくなかった。
「あ、えっと、和泉さんこそ、俺に話があるって言ってましたよね」
和泉さんは言いにくそうに、少し口ごもってから「私、会社を退職しようと思っています」と言った。俺はびっくりして「なんで!まだ2か月しか経ってないじゃないですか!!」と叫んでしまった。
「すいません、実は秋斗を殺した犯人が無事捕まりました」
そう言って俺を真っすぐに見た和泉さんは、ちょっとぼんやりした俺の部下の和泉さんじゃない。俺は「あれ?」思いながら「はい」と言うしかなかった。なんだろう、和泉さんは和泉さんなんだけど、俺の知っている和泉さんじゃなくて……で思い出した。和泉さんを尾行して弓道場に来た時に見た表情と同じなんだ。
あの時は…と当時をなんだか思い出してしまった。
「どうしてずっと尾行を?」
ばれた!!的に矢が刺さる音が弓道場に響くと同時に、俺は和泉さんの背後で大人しく動きをとめた。怒ってるかな、尾行してたとか……よく考えたら和泉さん、元公安じゃん!バカバカ!俺の馬鹿!
「春田さん、弓道に興味あるんですか?」
和泉さんは怒るでもなく、優しく俺に声をかけてくる。ここはちゃんと聞かないと(なんで俺にキスしたのか聞かないと)
「いえ、和泉さんに話があってきました。」
「話、ですか?」
和泉さんの表情に少し違和感を感じながら、本題に入ろうとしたら「折角ですから、弓道やってみませんか?」と腰を折られてしまう。
「え、あ、いや・・別に・・・」
「いいから。」
レンタル用の弓道着を渡され、言うがままに着替えをして同情に戻り和泉さんを見た。やはり、そこにいるのは和泉さんだけど、和泉さんじゃない別人だ。
着替えを手伝ってもらい、今度こそはと思うが和泉さんのペースで言い出しにくくなってきた。
「あの、弓道をやりにきたわけじゃないんですよ。」
「でも、似合ってますよ。」
「あ、ありがとうございます。いやいや、違う違う。」
あー!春田!何をしてるんだ!早く聞かないと!血まみれで倒れてたとか、刺されてましたよね?とか服に穴開いてませんでしたかー!!とかさ。
「かまえて。」
「え・・・」
「かまえて。」
「かまえて?え、こうですかね?」
和泉さんは、俺の後ろに立って、弓の引き方を教えてくれる。いつもは俺が教えてるのに変な気分。
「打ち起こし、大三、引き分け・・・・」
「おぉ~」
体がぐーんと伸びて、筋トレとは違った筋肉を使っているのがわかった。と同時に和泉さんの様子が可笑しいことにも。どうしたんだろう?俺間違えた?そう思い、後ろを振り返ると和泉さんが泣いていた。
「え?」
サッと手が離れると、「すみません、帰ります」と和泉さんは1人で帰ってしまう。
「は?」
何が起こったんだろう。俺は何もしてないよな……一人残された俺は、呆然とするだけだった。
今思えば、俺と秋斗の顔が同じだから、辛い記憶がよみがえったのかも知れない。それか二人でデートしたこととか、思い出してたのかも。そう考えると、俺って和泉さんをめちゃくちゃ傷つけてたんじゃないかと反省した。秋斗の話をするときの和泉さんは、俺が牧の話をするときみたいにめちゃくちゃ幸せそうだ。すっげー秋斗のこと好きなんだ、忘れられないのは表情でわかった。和泉さんの中では、秋斗は生きているけど、抱きしめたりキスしたりできなくて、それがぐちゃぐちゃになって辛いんだなって。俺にできることは、こうやってたまに弓道場に一緒にきたり、仕事を丁寧に教えるだけ。
「もう、新しい仕事は見つかったんですか?」そう聞くと和泉さんは「いいえ、でもCtrl nで新規作成です!」ってどや顔で答えてきた。えーっ、ここどう突っ込むの正解?悩んで俺は「上手い!」というと和泉さんはいつもの和泉さんで笑顔だ。
「春田さん、このあとお時間いいですか?」
和泉さんはコンビニでジャムパンと牛乳、花屋で花をかって俺を墓地に誘った。
「春田さんにも、一度会ってもらいたくて。今日は秋斗の月命日なんです」
「あっ。そうなんですね」
和泉さんの顔つきが変わり、愛おしそうに真崎家の墓を見つめていた。大きく深呼吸すると、和泉さんは苦しそうな声でポツリポツリと話を始めた。
「長い間、私は秋斗の死を受け入れることができませんでした。ここにきても、手を合わせることもできなくて……秋斗と瓜二つのあなたに出会った時、私の心はもっと苦しくなりました。運命はなんて残酷なんだろうって……でも……春田さんは……春田さんで、何ていうか陽だまりのように優しい人で、復讐することだけを考えてきた私に、私に前に進む事の大切さを教えてくれたのは……春田さん、あなたでした。」
俺はそんな感謝されることなんて何もしていない。秋斗の真似をして、和泉さんを傷つけたのではないかと不安ばかりだったし。
「これで、ようやく区切りがつけられそうです」
和泉さんは秋斗の墓の後ろに立って、優しく墓を撫でた。和泉さんの長い指が、墓を撫で抱きしめるようにしたとき、俺は思わず後ろを向いた。和泉さんが秋斗を大切にしてすごく好きだったことは、和泉さんが話す秋斗の話からわかっていた。でも、それは俺の勘違いで、俺が想像している以上に和泉さんは秋斗が好きで、和泉さんのすべてが秋斗だったんだと理解した。和泉さんが抱きしめているのは、お墓じゃなくて秋斗自身なんだ。俺のすべてが牧のように、和泉さんには秋斗しかいなかった。父ちゃんが死んだとき、俺もお墓に抱きついて泣きじゃくった。みんな「お墓は冷たい」っていうけど、そうじゃないときもある。和泉さんは、秋斗を抱きしめて自分のものにして立ち上がろうとしている。俺が父ちゃんの死から立ち直ろうとした時みたいに。だから、今は二人きりにしてあげないと。秋斗もきっとそう思ってる。
「春田さん……ありがとうございました」
和泉さんは秋斗と一緒に俺に深々と頭を下げた。和泉さんの横には秋斗がいて、ずっと和泉さんを見つめている。そっと和泉さんの肩に頭をつけ、秋斗は和泉さんの中に溶けていった。