おひとりさま
形はわからないが、何やら鼓動するしている黒い塊がゆっくりと、そして不規則に動いている。
目を凝らしても、ところどころ光を反射するばかりで全体を掴めない。
けれど、鼻の奥を通り抜けるこの匂いは、真っ赤な太陽の下、騒ぎたてるセミ達の合唱と共に香ったあの匂いだ。
あの頃も確か、この一面と空との境がサッパリ分からず、不思議な地続きで空の雲が落っこちないか心配になったものだ。
今も、この一面は空とくっついてるようだが、何もかもあの頃とは違っている。
抱く印象も、見え方も、僕も、何もかも違っている。けれど、匂いは同じ。
別に不思議ではないが、変だとも思った。
近くにある椰子の木は場違いそうに身を縮め、重い瞼をしっかりと閉じている。
僕は椅子に腰掛け、ポケットからライターを取り出し、火をつけようとロックを外してホダンを力いっぱい押す。
けれど、風防のないコンビニライターは、一面から吹きつく風で火がつかない。
何かの見様見真似で手を翳すが状態は一向によ改善の兆しはなかった。
仕方なく、背を向け縮こまるとやっと小さな火がつく。
心の中で小さくガッツポーズをし、コートの内ポケットから、残り数本のタバコを取り出して火そっとつける。
丸1週間ぶりの喫煙を噛み締め、目線を向こうに戻す。
こういう変な儀式は、ティーンエイジャーの頃に済ませとくべきだったなっと後悔しながらゆっくりと息を口から吐き、鼻で大きく吸い込むと、むせかえるような匂いが口腔に充満した。
慣れないタバコの煙と塩辛い空気の混合物はとても不味く、我慢は1秒ともたなかった。
ゲホゲホと咳き込んで、感情とは無関係の涙を拭って空を見る。
よく見ると、向こうの山側は空の色が濃いがこちらは少し薄く、のべっとしている。
この発見に興味を持とうと思ったが、それよりも寒さがこたえた。
吸いかけのタバコを踏んづけて、この場所を後にする。
多分、もう来ないだろう。そういう事に決めたのだった。
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