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日本のタロット受容史における◯◯

はいまたやっちゃいました、思わせぶりタイトル。◯◯って何なんだ。
それは最後までお読みになれば分かります。

話は変わりますが、皆さんはパソコンのキーボードの右の方にある↩️のキーを何と呼んでますか?
「エンターキー」か「リターンキー」どっちかだと思うんですが、どちらでしょう?
私は「エンターキー」と何となく呼んでますが、人によっては「リターンキーとエンターキーは別のものである、絶対に使い分けなければならない!」とかたくなに主張する人もいるようです。

エンターキー派vsリターンキー派。
それはきのこの山派とたけのこの里派のようなものでしょうか。相譲らずお互いの意見を主張し、血で血を洗う論争に身を投じた人々なのか。

ちょっと違いますね。
私のように「何となくエンターキーと呼んでる人」に、「エンターキーとリターンキーは違うものだ!」とびしばし訂正を迫る、と言うのがリターンキー派のようです。知らんけど。

日本におけるタロットカードの受容史で、これに似たことが起きてたようなんですね、1970年代。なんてことない小ネタではあるんですが、面白いので書いておきます。

そもそもタロットが全世界的に流行り始めたのが、1960〜70年代で、それ以前のカード占いは、トランプ占いが一般的であったそうです。

参考文献・タロットの秘密 (講談社現代新書)

イアン・フレミングの大人気スパイアクション、007シリーズの「死ぬのは奴らだ」という作品に、トランプ占い師のヒロインが出て来ます。敵の組織のボスの子飼いとして、その卓抜した占いで貢献して来た美女ですが、007ジェームズ・ボンドと恋に落ちて組織を裏切るという役どころ。
この小説が1973年に映画化された時、原作ではトランプ占いしていたのが、タロット占いに変更されており、また、作中でタロットカードが演出上効果的に使われていたという経緯が、鏡リュウジさんのこの本に書いてありますので、興味のある方は読んでみてください。

(この映画のためにデザインされたタロットカードは現在でも販売されてます)

「魔女のタロット」

日本でも時を同じくしてタロットが注目され、販売されるようになったそうなのですが、面白いのは、「タロットですって?そんなものは存在しません!タロウカードとお呼びなさい!」とかたくなに主張する一派…いやその、そういうグループの方々がいらしたようなのです。

その辺の記録が書かれてるのがこちらのムック本でした。

ユリイカ 2021年12月臨時増刊号 総特集◎タロットの世界

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この中に『日本におけるタロットの受容史〜澁澤、種村と「タロットかタロウか」論争』という章があります。ぶっちゃけ、私はこの本で一番この章が面白かった!(すみません)我が国のミステリ小説の偉大なる大御所江戸川乱歩、前衛演劇の大家たる寺山修司まで絡んできて、めちゃくちゃ面白い話です。興味のある方はぜひこの本をお読みください。電子書籍出てます。

西洋からTAROTなる占い道具が伝来して来たとき、TAROTなんだから普通にタロットじゃねーの、と私のようなふつうの日本人は思ったはずです。(いつ頃、どうやって伝わって来たかも、鏡さんの本に書いてありますので読んでみてください)
ところが、実は現地では「タロット」とは発音しないらしいのですね。

わたくし、翻訳アプリで「タロットカード」て入れて確認してみましたが、英語では「タロッカーズ」、ドイツ語では「タロウ・カートゥン」、フランス語では「キャストゥ・ドゥ・タロオ」、イタリア語だと「タロッキ」…確認できた発音ではそんなことになってました。なんかいろんな経緯を経て、本邦の知識人たちは「タロット派」と「タロウ派」に分裂して、けっこう熾烈な論争をしてたみたいです。
それはだいたい、タロットタロット言ってる人のとこに、タロウ派が飛んでいって「タロットなんてものはありません!タロウとお呼びなさい!」と訂正を要求する…みたいな戦いだったようです(面白い)。

どうも、日本にタロットカードが伝わった際に、現地の人と触れ合ってそういう「正しい発音」を知ってた人が、この記事的には「リターンキー派」になっちゃった…ようです(面白い)。

タロウ派の一人、都筑道夫(最近はあまり読まれなくなってしまいましたが、90年代くらいまではベストセラー連発の推理作家です)は、わざわざ小説の中でまで「タロットってのは間違い、タロウが正しい」ということを登場人物に力説させてたそうです。
また、辛島宜夫著『タロット占いの秘密』という、1974年にベストセラーとなった本があるそうなのですが、この本の推薦文を依頼された都筑道夫は、「日本語でタロットと呼ばれているタロウ・カードの楽しさは云々」と、あたかも近年のSEの方が「エンターキーと呼ばれているリターンキーは」と訂正するかの如く、人の本でまで「タロットじゃねえ、タロウなんだ」と主張していたわけです。

この論争については、私が持ってるほかの古いタロット本にも出て来ます。「タロットじゃねえ、タロウだ!」と、1970年代はかなり声高に主張し、タロットと呼ぶことを認めない知識人が存在したようですね。

昭和49年初版、昭和62年重版。ロングセラーですね
こんなこと書いてある

これ見ると、やっぱり翻訳家の人たちがタロウ派だったのかなあと思います。都筑道夫も英語が堪能で、海外のミステリを翻訳してたようですからね。

タロウ派の奮闘、ささやかな抵抗も虚しく、今では我が国で「タロウ」言ってる人はほぼいなくなりました。まあ当然でしょうね、私らが「タロウ・カードです!」と言われても、思い浮かぶのは「太郎カード?」ですからねえ…。

タロウ派が勝ってたとしたら、我が国において、タロット占いはこんなに流行ってただろうか?と思います。
萩尾望都や魔夜峰央ら人気漫画家が「太郎カード」を描いたり、その後もいろんなデザイナーや絵描きさんは「太郎カード」は手がけなかったし、昭和のおまじない大好き女子たちは「太郎カード」には神秘性を感じず、手を出したりはしなかったんじゃないかなあ。何となくですが。

と同時に、敗れ去ったタロウ派の奮闘も、なんとなく理解できる気がするのです。
インターネットも翻訳アプリもない時代、ありとあらゆる海外の文化は、外国語のわかる知識人たちが自分で勉強し、紹介するものだったんですね。間違った知識を伝えるわけにはいかない!たとえ「タロッ・カーズが正しい発音なんだ!タロット・カードじゃねえ!」なんて「どうでも良くないか?」みたいなレベルのことまででも、肩肘張ってキッキッ!とむきになっていたに違いありません。

さらにさらに同時に思うのは「この人の知らない知識を俺は知ってる!」って時の「知恵誇り」(これは小説家の清水義範さんの文言ですが)パワー、みたいなものも感じてしまって、まあ何と言いますか、日本のタロット受容史における知識人の知恵誇りは面白いな、と思いました。

タロットの歴史もこういう知識も、別に知らなくても占いはできます。でも、私はほんとこの話が好きなので、紹介しておきます。
ここまで読んでくださってありがとうございました。

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