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『スマホカバーを買いに』(新美南吉)
或朝、子供の狐がTwitterのTLを見ようとしましたが、
「あっ」と叫んでスマホを抱えながら母さん狐のところへころげて来ました。
「母ちゃん、粘着にフォローされた、リムって頂戴早く早く」と言いました。
母さん狐がびっくりして、あわてふためきながら、Xperiaを抱えている子供の手を恐る恐るとりのけて見ましたが、粘着はいませんでした。
母さん狐はTLを追ってみて始めてわけが解りました。
昨夜のうちに、練度の高いbotにフォローされたのです。
そのbotから特定ワードに反応したリプライを何度もうけたので、TLはbotのツイートで埋まっていたのです。
botを知らなかった子供の狐は、あまり香ばしいリプライをうけたので、粘着にフォローされたと思ったのでした。
間もなく連投規制にかかった子狐は、
「お母ちゃん、スマホが冷たい、お手々がちんちんする」と言って、濡れて牡丹色になった両手を母さん狐の前にさしだしました。
母さん狐は、その手に、は――っと息をふっかけて、ぬくとい母さんの手でやんわり包んでやりながら、
「もうすぐ暖くなるよ、重い画像をアップロードしてCPUを使うと、すぐ暖くなるもんだよ」といいましたが、かあいい坊やの手に霜焼ができてはかわいそうだから、夜になったら、町まで行って、坊やのスマホにあうような毛糸のカバーを買ってやろうと思いました。
町の灯を見た時、母さん狐は、ある時町へお友達と出かけて行って、とんだめにあったことを思出しました。
およしなさいっていうのもきかないで、お友達の狐が「20RTで素顔晒す」と言って写メをうpしたので、ねらーに見つかって、さんざ叩かれて、命からがら逃げたことでした。
「母ちゃん何してんの、早く行こうよ」と子供の狐がお腹の下から言うのでしたが、母さん狐はどうしても足がすすまないのでした。そこで、しかたがないので、坊やだけを一人で町まで行かせることになりました。
「坊やガラケーをお出し」とお母さん狐がいいました。
そのガラケーを、母さん狐はしばらく握っている間に、クールでスタイリッシュなiPhoneにしてしまいました。
坊やの狐はそのiPhoneをタップしたり握ったり、シェイクして見たり、嗅いで見たりしました。
「何だか変だな母ちゃん、これなあに?」と言って、雪あかりに、またその、iPhoneに変えられてしまった自分のSH-01Bをしげしげと見つめました。
「それはiPhoneよ。いいかい坊や、町へ行ったらね、たくさん人間の家があるからね、まず表に円いリンゴの看板のかかっている家を探すんだよ。それが見つかったらね、トントンと戸を叩いて、今晩はって言うんだよ。そうするとね、中からジーニアスが、すこうし戸をあけるからね、その戸の隙間から、こっちのスマホ、ほらこのiPhoneをさし入れてね、このスマホにちょうどいいカバー頂戴って言うんだよ、わかったね、決して、こっちのXperiaを出しちゃ駄目よ」と母さん狐は言いきかせました。
「どうして?」と坊やの狐はききかえしました。
「アップルはね、相手がAndroidだと解ると、カバーを売ってくれないんだよ、それどころか、掴まえてiPhoneに機種変させちゃうんだよ、アップルってほんとに恐いものなんだよ」
「ふーん」
「決して、Androidを出しちゃいけないよ、こっちの方、ほらiPhoneの方をさしだすんだよ」と言って、母さんの狐は、持って来たクレジットカードを渡してやりました。
とうとうアップルストアがみつかりました。お母さんが道々よく教えてくれた、白い大きなかじりかけのリンゴの看板が、青い電燈に照されてかかっていました。
子狐は教えられた通り、トントンと戸を叩きました。
「今晩は」
すると、中では何かことこと音がしていましたがやがて、戸が一寸ほどゴロリとあいて、光の帯が道の白い雪の上に長く伸びました。
子狐はその光がまばゆかったので、めんくらって、まちがった方のスマホを、――お母さまが出しちゃいけないと言ってよく聞かせた方のスマホをすきまからさしこんでしまいました。
「このスマホにちょうどいいカバー下さい」
するとジーニアスは、おやおやと思いました。Xperiaです。Androidユーザーがカバーをくれと言うのです。
これはきっと「○○RTでAndroid持ってアップルストアに凸する」ネタで買いに来たんだなと思いました。
そこで、
「先にTwitterのアカウントを教えて下さい」と言いました。子狐はすなおに、アカウントを教えました。
ジーニアスはそのアカウントをググって見ると、ネガティブワードの無いきれいなツイートをしていましたので、これはネタじゃない、ガチのカスタマーだと思いましたので、棚からiPhone用のカバーをとり出して来て子狐の手に持たせてやりました。
子狐は、お礼を言ってまた、もと来た道を帰り始めました。
「お母さんは、アップルは恐ろしいものだって仰有ったがちっとも恐ろしくないや。だってAndroidを見てもどうもしなかったもの」と思いました。
お母さん狐は、心配しながら、坊やの狐の帰って来るのを、今か今かとふるえながら待っていましたので、坊やが来ると、暖い胸に抱きしめて泣きたいほどよろこびました。
「母ちゃん、アップルってちっとも恐かないや」
「どうして?」
「坊、間違えてAndroidのスマホ出しちゃったの。でもアップルの人、掴まえやしなかったもの。ちゃんとこんないいカバーくれたもの」
と言ってカバーのはまったスマホをパンパンやって見せました。
お母さん狐は、
「まあ!」とあきれましたが、「ほんとうにアップルはいいものかしら。ほんとうにアップルはいいものかしら」とつぶやきました。
完