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勘違い (前)

高校生の頃の話。

バイトが休みだったとある日の夜、私は自宅からほど近いファミレスに来ていた。
向かいの席には一組の男女が座っている。
女性は中学の同級生で、今は私とは違う高校に通っている上田ミユキ(仮名)という子だ。

今日はミユキに呼び出されてファミレスに来たのだが、単に食事のお誘い、という訳でもなかった。
事前の話によると「相談がある」との事で出向いたのだったが、来てみると男連れだったので、元々あまり乗り気ではなかった私のテンションは更に下降気味になった。
異性から誘われて会いに行ったら宗教かねずみ講の勧誘だったという人々の落胆を高校生時分で理解することになろうとは・・・

そんな益体もないことを考えていると、それを察したのかミユキが私に笑って話しかけた。

ミユキ「そんな嫌そうな顔しないでよ〜(笑)
ホントに変な話とかじゃないからぁ〜」

私「・・・お前が言っても何の説得力もないんだけど?」

ミユキ「あーーー!そんな酷いこと普通言う!?
する訳ないじゃん?それに歌屋怒らせたら怖いのにー(笑)」

とことんなめ切られているようだが、なんかもう既に色々と面倒だったのでスルーしておいた。
そうしたらミユキが改めて話を繋いだ。

ミユキ「ホントに今日は歌屋に相談があって来てもらったんだって。相談したいのはこの但馬センパイなんだよ」

ミユキに促されて隣の男性は私に会釈をした。
但馬ユウイチ(仮名)と名乗った彼はミユキと同じ高校で、我々の1学年上だという。
ガタイこそ大きかったが、どことなく大人しそうで人見知りそうな印象を受けた。
自分もそうだから何となく分かる。

但馬「わざわざ来てくれてありがとう。
Y高(私の通っていた高校)の歌屋くんって言ったらうちの高校でバンドしてる人たちでも有名だよ。
こないだの学園祭のステージも観てたよ!
たしかヒロユキくんとも仲がいいんだよね?
俺、ヒロユキくんと同じ部活で・・」

そう慌てたように但馬は早口で喋った。
そういえば確かヒロユキから

「暇だったのと内申もあるから一応ブラスバンド部に入ったんすよー」

とか聞いてたっけ。

それで部活とバンド絡みの話でしばらく繋いだ。
ミユキは適当に横槍を入れてきていたが、しばらくして携帯をいじり始めた。

ある程度話が続いていって、但馬もそれなりに饒舌になってきたので、「そろそろ本題を」と投げてみたら、神妙な顔になって話しだした。

但馬「歌屋くんって、確かストリートで路上ライブとかもやってるんだよね?
伊藤ユヅル(仮名)って知らないかな?
そいつも路上ライブしてるらしいんだけど・・」

当時、私はバンド活動以外で路上ライブもしていた。
当時の地元は空前とも言えるほどのストリートライブブームで、週末・平日問わず、地元の繁華街には夜になるとどこからともなくアコギを持った者たちがストリートライブをしていた。
私も同年代くらいの仲間内が少なからずいて、皆活動自体はバラバラにしていたが、お互いの歌い場を行き来したりして交流を持っていた。

私「んー・・・かなりいっぱいいるから分かんないですね。
もしかしたら会ったことあるかも知れんけど、最近出たての人とかなら分からないし、フルネームとか分かる相手も数えるくらいだからなぁ・・・」

そう言うと、但馬はどことなく納得したというような顔をして話を続けた。

但馬「そうだよね。何かナワバリ?っていうか派閥?みたいのがあるとか聞いたことがあるんだけど・・・」

そう聞いて、私は少し顔をしかめた、と思う。

当時、我々が路上ライブをしていた繁華街には、
ストリートミュージシャンとは別に、反社会的勢力の人々がテキ屋の屋台を出していたり、どこの国から来たのかも分からない外国人がアクセサリーを売っていたりと、さながらお祭りのようだった。

無論、彼らは道路使用許可を取るような事はしていなかったので、警邏の警察官から注意を受けて屋台を引っ込めたりしていたのだが、それまでは販売が出来ていたのでそれなりのシノギにはなっていたようだ。

トラブルが起こりさえしなければお互いに干渉することはなかったのだが、
ある日、ミュージシャン側が起こしたトラブルによって、その空気が一変してしまう。

我々ミュージシャン側の不文律として、
「ストリートライブ中は絶対に警察の厄介にはならない」
というものがあった。
我々がトラブルを起こして通報されたら、そこから警邏の頻度が高くなる。
それに合わせてテキ屋の摘発具合も増していくのだ。
そうなると単純に「路上ライブが出来ない」というだけでなく、テキ屋の人々もロクに売れない中で屋台を引っ込めなければいけなくなる。
どちらにとってもよろしくない具合な訳だが、
ある日、そんな不文律を知らないミュージシャンが、ドラムやアンプセットなど大音量の機材を持ち込んで盛大に路上ライブをした日があった。
もちろんすぐに通報され、さすがに普段はある程度見逃してくれていた警察もおかんむりとなり、
そのとばっちりと言わんばかりにテキ屋もあっという間に撤収を余儀なくされた。
それから一週間くらいはそんな締め付けが続き、テキ屋の元である反社団体が大激怒して、路上に現れたミュージシャン達をシメるという事件が立て続いた。

そこで、私が当時仲良くしていた路上仲間の友人たちと、先の不文律を作り、それを周知させることによって、一時的にそうした怖い人々との均衡を作ったのだが、無論、反発する人々もいた。

但馬が言った「派閥」というのは、おそらくそれのことだろう。
我々は別に音楽で派閥を作っていた訳ではなかったが、時折諍いも起こっていたので、周囲からは穏やかには見られていなかっただろう。

私「・・・まぁ、派閥と言うか、いろいろありまして(苦笑)
つか、よくそんなこと知ってますね?」

おそらく、思わず私が真顔で聞いたからだろう、
但馬はビクッとしたような顔になり、ミユキも携帯から目線をこちらに移して、少し不安そうな顔をしている。

但馬「ご、ごめん!ユヅルから聞いてたんで・・
なんか、いろいろあってるって聞いてたから・・・その・・・」

なんだかすっかり「怖い人」みたいのが印象づいてしまっているようで気分がよろしくなかった。
とりあえず相談の中身を聞こうと話を促したら、但馬は話しだした。

但馬「その・・友達のユヅルの事なんだけど、最近学校に来てないんだよ。
ユヅルも同じN高(ミユキ達の通う高校)で、俺とタメ歳なんだけど、俺らももう卒業間近なのに学校来てなくて・・・
そのタイミングが、路上に出だしてからなんだよ・・」

生活リズムが狂ったのか、それとも人間関係なのか。
どちらにせよ、高校3年生が陥ってはいけない何かがあるようだった。

私「最後にそのユヅルさんと絡んだのは?」

但馬「確か・・1ヶ月くらい前だったと思う。
メールで・・・ほらこれ!」

そう言って但馬は携帯の受信メールを見せてきた。
当たり障りのないやり取りの文章が出てきた。
特にトラブルの予兆も見受けられず、私も何だかよく分からなくなってきた。

私「それで、俺に相談したいってのは、そのユヅルさんが路上とかでトラブルに巻き込まれてないか知りたいって事ですか?」

そう言うと、但馬は力なく頷いた。
何か探偵みたいな流れになってきたぞ、と思って私はげんなりし始めた。
すると今度はミユキが横槍を入れてきた。

ミユキ「あたしからもお願いしたいんだ。
ユヅルさん、あたしと同じ美術部でさ、ホントに優しくていい人なんだよ。
何かあってて、解決できることならしてあげたいとか思うし・・・」

ミユキが美術部!?
とか全然関係ない事に思わず吹いたが、そこで私も変に砕けてしまって、気まぐれに首を突っ込もうと思ってしまった。
引き受ける旨を伝えると、ミユキと但馬はホッとした表情を浮かべた。

それから但馬からユヅルの情報を聞けるだけ聞いた。
住んでいる地元、交友関係、路上でどんな人と会っていたか、彼女の有無、などなど。
そうして聞いていると、路上で絡んでいた人々で当たりを付けられそうだった。
どうやらそこ繋がりで彼女も出来ていたらしい。

とりあえず時間がほしいと但馬に伝え、但馬と連絡先の交換をした。
それから『手間賃』と称して但馬が食事を奢ってくれたのでお言葉に甘えてハンバーグセットを頂き、
分かり次第連絡すると言って但馬と別れたが、帰り道が同じということでミユキが着いてきたので、帰りの道中、ミユキからも話を聞いてみた。

私「そもそもお前とあの先輩はどういう接点があっったんだよ。部活違うんだろ?」

ミユキ「あー、実は前に告白されてさぁ(笑)
断ったんだけど、たまにああして食事奢ってくれるから、とりま繋がりは保ってる、みたいな(笑)」

私「うわー・・メッシー君(当時でも死語)扱いかよ。お前ホントそのうち男に刺されるなよね・・」

ミユキ「いやいやさすがにそれくらいで・・・
いや、あるかな・・・?」

私「・・・彼だけじゃないのね」

ミユキ「っっとにかく!ユヅルさんの事はあたしも心配だから!何か協力できることがあったらあたしもするからねっ♪」

コイツが着いてくることの方がトラブルと不安の種になりかねないのだが、
これからすることはある程度決まりきっていたので、コイツを連れて行くのもアリかと思った。

私「それじゃあさ、近い内にちょっと付き合ってほしいんだけど」

ミユキ「え!?歌屋から私に!?
そりゃ歌屋からならいいけどぉ・・あたし今ちょっと気になる人がいてぇ・・でも歌屋だったらぁ・・・♪」

私「やっぱお前はいらん。俺一人で調べるわ」

ミユキ「あぁんもぅ!ホントに歌屋だったらいいのにぃ!てかちゃんと分かってるから。一緒に路上行けばいいんだよね?」

私「余計なことは言わんでいいから。とりあえず俺も色々調べてみる。つーかお前んちも夜間外出うるさいんじゃないのかよ?おふくろさん厳しいんじゃなかったっけ」

ミユキ「うちの親の心配とかしてくれて・・・
んもぅ歌屋ってば相変わらずカワイイんだから♪
・・って、分かってるわよ。うちの親は大丈夫だから」

再びお花畑に旅立ちそうだったアフォを手で制すると、ようやくまともに話を訊いてくれるようになったので話を進めた。
次の週末にミユキを伴って路上に出ていくよう約束を取り付けて、ミユキを家の前まで送り届けて私は帰路についた。

自宅の玄関に向かうミユキが、一瞬いつもの飄々とした感じから陰ったような雰囲気になった気がしたが、それに触れるのはもう少し後になってからだった。

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