確認
上京した時の話。
当初は目標の秋葉原内で物件を探していたが、
千代田区近辺の相場はどこも高く、
結局、バンド時代の友人たちが住む23区内の物件を目星にして探していた。
たまたま手頃な物件に当たったので、
その物件の内見をしに行った時の話。
都内で5万円以下の家賃を中心に取り扱っている仲介業者のスタッフの方が同郷出身ということで、
いろいろと地方話に盛り上がったのだが、
ふと気になったことがあったので訊いてみた。
「事故物件って本当にあるんですか?」
正直、私としてはアキバに住めればどうでも良かったのだが、
ネットで見たアキバの物件のほとんどが素泊まり宿みたいな安普請だった。
今の私ならそれにすら飛びつくくらいだが、
住環境の不便さはいずれ生活全てにどうでもな不和を生む。
少なくとも当時の私はそう信じていた。
それならば、事故物件と呼ばれるいわくつきの部屋だろうが、
聖地で暮らせるならば霊現象だろうが何だろうが安いもんだ、
と、今思っても世間知らずなことを考えていた。
話を戻す。
伺った結果、
「あります」という回答だったが、
我々が知る事故物件とは少し違うようだった。
基本、不動産物件での入居者の死は、
そこまで家賃相場の変動には影響しないらしい。
事件・自殺・他殺後の部屋であれば多少は下がるそうだが、そこまで大きな値下げではないとのこと。
病死や居室内での事故死なども含めたら、東京都内で毎日何人亡くなっているか分からない。
それほど東京は人で溢れていると言いたかったようだ。
心理的瑕疵物件という言葉がある。
事件や事故、前入居者の死などによって被る精神的なダメージや、
近隣住民の問題、周辺環境の不便さ、その他の要素で被る心理的負担によって賃料を下げている物件がある。
それらも「事故物件」と呼んでいるそうだ。
要は、
「生きている人間が一番怖い」
「生きている間が全て」
ということなんだろう。
あいにくアキバ近辺では安い物件はないとのことだったが、
散々サブカル話をした後だったからか、
その手の話が好きだと思われたのだろう、
時間もあったので何件か紹介してもらうことになった。
1件目は都内N区にあるアパート。
築年数は30年無いくらいで、約30部屋のトイレ・風呂別。
最寄り駅から自転車で10分程で、近隣にスーパーやコンビニもある。
家賃は月35000円と破格の好条件だった。
都心へのアクセスもバッチリの物件だが、
仲介業者のNさん(以下・N)は「まず勧めません」と言った。
以下、Nの談。
「ここって、入居者のほぼ大半が外国人労働者の方々なんですよ。
東南アジアから南米、もちろんお隣の国の方々も沢山入居されてます。
彼らって、単独で住むんじゃなくて、一部屋に5〜6人とかで住んで、皆ローテーションで工場とかに働きに行くんですけど、毎時間がパーティーみたいになってるって聞きます(笑)
それに…人種差別じゃないけど、正直、お国柄というか、感覚が違いすぎて、同じ空間の中じゃ安心して暮らせないですよね。
盗難とか、それ以外の犯罪に巻き込まれないとも言えないですし…」
納得できた。
以前、地元でも集合住宅に住んでいたが、
そこでもアジア系の隣人が度々トラブルを起こして、
気付いたらいつの間にか引っ越していた、なんてことがあった。
でも、そこまでの多国籍アパートなんて、大学の留学生宿舎以外知らない。
さすが東京だな、とか呆けたことを考えていた。
2軒目は、3件目の都合で現地には行けなかったが、
S区にある築30年のアパートで、家賃は42000円。
トイレ・風呂別で、徒歩10分で最寄り駅に出られるという、
これまた破格の条件だった。
Nさんいわく、
「ここは入居者のほぼ全員が水商売の方ですね。
まあ、立地が立地なので(苦笑)
安い理由は、人が定着しないからです。
さっきの外人アパートとは違って、水商売の方々なので、ちょくちょく警察沙汰のトラブルとか起こるようなんですよ。
今空いている部屋も確か、結構最近に女性の方が浴槽でリ(以下自粛)したとかで…
近くにヤの字の方々も多く住んでるそうなので、そっちでもトラブルが絶えないそうなんです。
亡くなった方とかも今までにいるんでしょうけど、
いちいち数えてたら保たないくらいいろいろあるようですね。
数人、数十年来の生活保護受給者の方が入居されているそうですけど、
そうでもなければ住めないんでしょうね。
僕は御免です(笑)」
またもや東京の暗い部分を見せられた気がした。
実話系の雑誌で見聞きしていた話が現実にある。
もちろん自分の目の前にではないから楽観視も出来るのだが。
愚かにも浮足立ってしまった。
だが、それも次の物件で跡形もなく崩れ去ってしまった。
最後の物件は、M区にあった築30年ほどのアパート。
木造2階建ての6部屋程で、トイレ・風呂別。
最寄り駅から徒歩15分程で、家賃は月43000円。
近隣にはスーパーもコンビニもある超好条件だった。
この物件は実際に外観まで観に行った。
最寄り駅が仲介業者のオフィスがあったこともあり、
帰社ついでに現地まで案内してもらったのだが、
Nさんいわく、
「10分以内で帰りましょう」
「内見は別の担当者になるので自分では無理です」
「内見希望されるなら後日担当者に…」
と、妙にソワソワした感じだった。
現地に着くと、どこにでもありそうなごく普通のアパートが現れた。
多少古そうだが、保守がきちんとなされているのか、そこまでボロそうな感じもしない。
実際、内装もキッチリ補修がされているそうで、室内もかなりきれいだとのこと。
嬉しいことに、都内ではなかなか稀有な駐輪場もついている。
ここのどこがヤバい物件なのかとNさんに訊くと、
「ここがある意味一番オススメ出来ません」とのこと。
「ここは、大家さんがヤバいんですよ」
大家さんがヤバい?
ゴミ袋の中身を見られるとか、
ちょっとした騒音で飛んでくるとか?
などと疑問を投げかけたところ、
「毎日訪ねてきます」
という返答があった。
以下、Nさんの話、
「ここは年配の女性の方が大家さんなんですが、
元々は早期退職されたご主人の退職金で始められたアパートなんだそうです。
でも、ご主人が早くに亡くなられて、しばらくは息子さん夫婦と一緒にアパート運営されていたそうなんですが、
何かあったのか別居されて、現在はお一人で管理されています」
よくありがちなご家庭の問題ってところか。
にしてもNさんが言うヤバさの意味が未だによく分からない。
その時、
「こんにちは」
と後ろから声がしたので振り返ってみると、
年の頃は60代後半だろうか、小柄な女性が立っていた。
派手めではないものの、上等そうな洋服を小綺麗に着こなした穏やかそうな顔立ちだった。
ひと目でお金持ちそうだと思えた出で立ちだった。
思わず反射的に挨拶を返すと、
隣のNさんは少し緊張したような面持ちで、
「あ!お世話になっております!◯◯企画(仲介業者の社名)のNと申します!」
と名乗った。
すると女性は、
「あ〜◯◯さんね〜。いつもお世話になっております。」
と穏やかに返した。
Nさんから「大家さんです」と紹介が入り、
件のアパートの大家さんであることが分かった。
改めて挨拶をする。
女性は、
「ん?こちらの方は入居希望?」
と聞いてきたので、
すかさずNさんが、
「いや〜今日九州から出てこられたそうなんですけど、今いろいろと物件をご案内しているところです。
それでたまたまこの近くを通りかかったもので…」
と、何やら苦しい言い訳をしていると、
「あら〜わざわざ九州から!
それなら良かったらうちも見ていかれませんか?
鍵ならあるし、最近一部屋お掃除も終わったばかりだから、ね!」
と、愛想よく勧めてくる。
なんだ、普通に良い人そうじゃん、
とか思っていると、
「いえ!!今から社で書類とかを書いてもらわないといけませんのでまた後日!!
まだ数日こちらに滞在される予定だそうなので、もし内見希望の際は改めて●●(担当者の名前?)からご紹介させて頂きますので!!」
「そう…じゃあ仕方ないわね〜
それじゃご連絡お待ちしてますね」
そう言って、足早に仲介業者のオフィスまで戻った。
道すがら、Nさんから「戻ったらお話します」とだけ言われて、大通りに出るまでほとんど会話もないまま早足で歩いた。
以降、オフィスに戻っての会話。
N「先程は失礼しました…
大家さんのお宅、あのアパートの前の家なんですよ。
まさか見ていたとは…」
私「いえいえ…
でも、そんなにヤバそうな感じにも見えなかったんですけど、どこらへんがマズイんですか?」
N「本当に悪い人ではないんですよ。
むしろどちらかと言えばすごく良い方なんですけど…」
そう話していると、別の男性スタッフがコーヒーを持ってきた。
そのスタッフさんにNさんが、
「あ、Iさん…すみません先輩。
▲▲さん(多分大家さん)に見つかっちゃいました…」
I「あ〜訊いてる…明日連絡入れとくから。
…1時間くらいで終わるといいなぁ…」
と肩を落としているので、事の次第を訊くと、
Nさんに代わってIさんが詳しく教えてくれた。
I「私がそのアパートの担当なんですが、
うちから紹介したほとんどの方が半年保たず出ていかれます。
理由は大家さんが『毎日訪ねて来られるから』です」
私「毎日?!」
I「はい…さっきNからも少し聞いたかと思いますが、
あの大家さん、ものすごく良い方ではあるんですけど、
ご主人に先立たれて、その上ご子息夫婦とも何かあったのか、それ以降はかなり情緒不安定な方になられたみたいで。
一日一回、必ず入居者の方を訪ねて行かれるようになったんです」
I「古株の入居者の方は事情も分かってるみたいで、それなり相手に出来ているみたいなんですが、
必ず毎日、それも朝、昼、夜、いずれも捕まらなかったら深夜でも訪ねに行かれるので、若い方なんかは本当に保ちませんね」
私「安否確認…みたいなもんなんですかね?」
I「そうかも知れません…
ただ、それで相手が出来れば何の問題もない良いおばあちゃんなんですけど、一日通して会えなかった時がマズイです」
私「何があるんですか?」
I「以前、建築業の若い方が入居されてまして、
たまたま北関東の方で数日泊まり込みの出張があったそうなんです。
あのアパートの暗黙のルールで、『長期不在にする時は必ず大家さんに一筆書き残して出る』というものがあるそうなんですが、その方は面倒だったのか、そのまま出てっちゃったそうなんですよ」
私「『長期』って…たかが数日ですよね?」
I「はい。でも大家さんからしたら『長期』です。
本人のお気持ちは分かりかねますが、自分の店子を守りたい、、みたいなお気持ちなんじゃないでしょうかね…」
私「それで、その方はどうなったんですか?」
I「勤め先、警察、ご実家に連絡の嵐だったそうで…
『何か事件に巻き込まれたに違いない!』
『私も部屋の中を隅々探したがどこも見つからない!』
って…」
私「?!
部屋の中まで家探しされたんですか!?」
I「はい。
その後、自分で荒らした部屋を見て、
『強盗が入ったに違いない!!』って(苦笑)
そのノリで警察に通報されたそうです」
私「うわぁ…」
I「その後、勤め先からも出張だと説明するも聞く耳を持たなかったみたいで、本人から連絡するまで半狂乱だったと聞いてます」
私「…」
I「大家さんとしては不安だったんでしょう、
その後も毎日の訪問と別に、出したゴミをチェックされて、分別ミスがあったら訪問時に注意されるとか、
嫌がらせとはまた違った監視が入るようになったそうで…
結局1年と保たずに退去されたと聞いています」
私「そこまでヤバいんなら、管理全般を別会社とかに委託するとか出来ないもんなんですか?」
I「我々はあくまで仲介するだけなので何とも言えませんが、ああやって未だに大家さんされているって事は、
切り替えが不可能なのか、それとも頑なに拒否されてらっしゃるのか…どちらにしろ、変わらないんでしょうね」
私「…東京って怖い街ですね」
I「いろんな方がいらっしゃいますよ。
自分は生まれも育ちも東京ですけど、未だにいろいろとおかしい方に出くわす機会が毎月あります。
人の数だけ事件もドラマもあるので…って、今の歌詞みたいじゃないですか?(笑)」
乾いた笑いしか出てこなかった。
最後にNさんの言。
N「でも、地方とは全く違って楽しい所でもありますよ。
情報や流行の発信も早いし、いろんな街があって、街の数だけ文化の形がある。
変な人も多いし、どこに住んでも同じかも知れないけど、
楽しくやっていってほしいですね」
今はそのNさんの最後の言葉通りだと思う。
地方に戻って、地方の良さも分かれば、改めて幻滅させられることも多々あった。
東京を離れて、不便さを感じることもあれば、
人の繋がり方の形を見直す機会も多々あった。
要は心持ちなんだと思わされた。
例の大家さんも、元々はそこまで人に鑑賞するような生き方なんてしていなかったに違いない。
きっと、どこかで心が崩れてしまって、店子の人々に依存するしか心を保てる方法が見つからなかったのかも知れない。
そうして契約した都内の部屋も、数年後には音楽事の紆余曲折で退去するはめになった。
その後しばらく都内でホームレス同然のネカフェ難民時代を過ごすことになるのだが、
それはまた別の話。
思い知らされたのは、
生きている人間が一番怖く、人の闇より深いものはない。
それに尽きると思う。
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