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高校二年生の頃の話。


「やっぱソロが綺麗に決まると曲が締まっていいっすねぇ!」

そう話すのは中学時代の同級生のヒロユキ(仮名)。
我々はスタジオ練習帰りに地元のコンビニの前に座り込んで駄弁っていた。

私「あのなぁ…他の人達、スコアをさらってすらなかったろ。
ちゃんと曲やら決めた上で練習してたのかよ?」

ヒロユキと私は別々の高校に進学したが、
訳あってヒロユキの通う高校の学園祭にギターのピンチヒッターとして出る事になり、
そのバンドメンバーとの初顔合わせ兼スタジオリハをこなしてきた帰りだった。

ヒロユキ「曲は決まってたんですよ!?
ただ、曲決めたのは俺とギターの人で…
そりゃ、周りも『難しい!』っては言ってましたけど」

私「そこは空気読んでやれよ…」

ヒロユキの通う高校は県下でも3指に入るレベルの進学校だったのだが、
体育祭や文化祭等の文化的行事にも力を入れているそうで、
特に我々の代はバンドブームでプレイヤー人工が多かった事もあり、出演バンド数は10以上もあるのだとか。
私の代役参加も難なく承認されたらしい。

私もヒロユキから相談を受けたその日に曲目のバンドスコア(バンド版の楽譜)を受け取っていたのだが、
中身は国内外問わずHM/HMを代表するような難解な曲ばかりで、
当時からプロを目指してライブハウスデビューを果たしていた私にとっても難しい曲ばかりだった。

ちなみに私は当時、ボーカルだった。
(一応ギターも弾けた)

ヒロユキ「でも歌屋くんなら大丈夫でしょ!
他の曲何にしましょうかね~。
やっぱメタルやりたいんでDragonforceとかですかねぇ?」

私「ボーカルの人、マシンガンズでも厳しかっただろ。やめとけ。
あと他のバンドメンバーの事も考えてやれ。
鬼畜か?お前とそのギターの奴は」

ヒロユキ「ラウドネスとかもやりたかったっすけどねぇ…」

そうしてブー垂れるヒロユキとあれやこれや話していると、
話題はいつしかこんな話に変わった。

ヒロユキ「そういえば、M地区に住んでる友達からこんな話を聞いたんですけど」

M地区というのは我々の地元から少し離れた所にある地名で、自転車だと30分以上はかかる場所だ。
河川があり、田畑が多く広がる牧歌的な地域で、
伝統的にヤンキーが多い場所としても知られていた。

私「んで、どんな話?」

ヒロユキ「こっちからA川の上流方面へ川沿いに行くとナントカって小さい池があるらしいんですけど、そこに雨の日に行くとヤバいのが見れるらしいんですよ。
そこら辺じゃ有名らしいんですけど」

唐突に心霊絡みの話題に変わってドキッとしたが、ヒロユキも元々そっち絡みの話が好きな奴だった。
一度ヒロユキ宅へお邪魔した際に、彼の自室の本棚には「白魔術大全」と「黒魔術大全」なる胡乱なタイトルの本が並んでいた。
あまりに胡乱過ぎて目も通していないが。

私「へー。そんでヤバいのって、何が見えるの?」

ヒロユキ「……なんでも『入水自殺した人の霊』らしいんですよぉぉぉぉ!!」

無駄にたっぷりと溜めてヒロユキは言った。
簡単なあらましはこうだ。

そのナントカという池は地元ではちょっとしたスポットとして扱われており、
なんでも以前には本当に溺死者が出たという事で一時話題になったらしい。
以降、尾ひれ背びれが付いたのか『自殺の隠れ名所』みたいな扱いになったようで、
時折、肝試しにくる若者がいるようであった。

ヒロユキ「しかも『雨の日限定』ってところがまた面白くないですか?
よりマジに思えてきたりして」

私「…確かに。条件付きの方がそれっぽいよな」

本当にどなたかが亡くなられているならば不謹慎極まりないが、
私には『ゲートのイベント発生条件』のような面白みを感じてしまい、少し興味をそそられた。

ヒロユキ「実はそこ、今日に合同練習で入ったスタジオからチャリだと結構近いんですよ!
来週の日曜の天気予報は雨だし、スタジオ練習も取れなかったから、一度行ってみません?」

私「行ってみません?って…
言ってもM地区だぞ?あそこからでもそこそこ距離あんだろ。

それに雨限定ってなら、雨に濡れながらその池目指さないといけないんだろ?
それはちょっとだりぃなぁ…」

えー?行きましょうよー!
と駄々を捏ねるヒロユキに煮え切らない生返事を返しつつスコアを眺めていると、

「あ、歌屋じゃん。何してんの?」

と言われたので声の方を向くと、
年の頃は我々と同じ位だろうが、バッチリ化粧をキメていて、自転車にまたがったままこちらを見ている女の子が目に映った。

誰か分からず「?」となっていると、
横でヒロユキが「あ、上田さん…」と呟いたので、そこで初めて目の前の子が上田ミユキ(仮名)だと分かった。

ミユキも同じ中学の同級生で、クラスは違ったが何度か交流はあったーー
「交流があった」と言っていいのかは分からないが、
なんとも奇妙な絡みがあった。

始まりは私が中学生時代、
先輩のバンドに混じって出たライブにて、出番を終えて会場にいたところ、突然声を掛けられたので振り向いたらミユキだった。

何度か校内で顔は見たことがある程度の認識だったが、同じ学校はおろか、同学年の演者すらいなかった会場だったので、知り合いでもいるのかと尋ねたら、
「付き合ってはないけど憧れの人が出てるから観に来た」
と言っていたので、誰かと尋ねても「秘密(笑)」と言ってはぐらかされた。
それがミユキとの初接近だった。

以降は校内でも声を掛けられるようになり、
「付き合おうか?」なんて言われた事もあるものの、
本命の男がいるのに私へアプローチしてくる意味も分からなかったし、私自身ミユキに興味がなかったので、あーはいはい位の感じであしらっていた。
無論、年頃の男子だったので、私にも相応の動揺はあったのだが。

そしてミユキには良くない噂もあった。
見た目は校内の年頃の女子相応だったが、体つきは周りと比べても十二分に発育を果たしていた(と思う…)。
それと所属していた生徒会の同僚以外で、女子と仲良くしている様子を見たことがなかった。
それくらい世代の女子と言えば、何かとグループを作ってつるみたがるものだが、ミユキは生徒会活動以外では一匹狼のような印象を受けた。
決していじめられていたという訳でもなかったと思うが、自分にはそれが少し特異に思えていた。

卒業間近に聞いた話によると、ミユキは援交しているだとか、高校生や大学生の彼氏と一緒に歩いているところを見たという噂があったそうで、それもあってミユキはボッチで過ごしていたのだろうと思うが、真偽の程は定かではない。

中学を卒業して初めて見たミユキは服装も化粧の仕方も完全に大人びていて、
高校生だと明かされない限りは、女子大生だと言い通せるだけのものになっていた。

ミユキ「村井くん(ヒロユキの名字、仮名)もお疲れー。二人で何してたの?
…って、歌屋がギター持ってるからバンドか。
もしかして一緒にやってるの?」

ヒロユキは小さい声で「うん…」と答えた。
基本的に男女の分け隔てなく話せる奴であったが、中学時代からミユキの事は苦手らしい。

私「お前は?帰りか何か?」

ミユキ「私は家族のご飯の買い出しよ。
お母さんが熱出しちゃったから、何か作ろうとも思ったけどめんどくて」

そういやコイツの家も少々入りくんだ家庭環境だったっけ、等と昔聞いた話を思い出した。
私と同じ、10歳以上離れている弟だか妹がいるのだとか。
さしてこちらから聞いた記憶もなく、一方的に話された事ではあったが。

ミユキ「んーでもやっぱり何か作ろ!
お金もったいないし、お釣り余ったら私が使えるし(笑)」

相変わらず聞いてもいない事をペラペラ喋ってくる奴だと思っていると、
横でヒロユキが固まっているのが見えた。
苦手なのか何なのかは分からないが、とりあえず場の空気が少し重い。
私も口が上手い方ではないが、何か話題をと思って話を切り出してみた。

私「学校はどうよ?お前もヒロユキと同じとこだったろ?割と楽しいって聞いてるけど」

ミユキ「あー…まぁ、勉強はそこそこね。

でも私って中学時代から援交してるだの何だの言われてたじゃん?
一年の真ん中頃から、誰が言い触らしたか出回ってさ。
今も絶賛援交しまくってるヤリ〇ン扱いな訳」

そう言ってミユキは苦笑いした。
思わず地雷を踏みつけた気持ちになって何も言えずにいると、ミユキが私に向かって話し出した。

ミユキ「それより歌屋の話も聞いてるよー?
今めっちゃライブしまくってて県外とかも出てるんだってね?
私の友達がすっごい上手だったって褒めてたよー。
しかも路上ライブとかもしてるんでしょ?
今度遊び行っていい?
それから朝までゆっくり話したりしよーよ~」

あ、コイツ変わってねぇわ。
中学時代のまま、絶対将来男で破滅するタイプの奴だわ。

そう呆れていると、ミユキは自転車の降りて私の隣に座った。

ミユキ「私も混ぜてよ!村井くんともあんまり話したことないし。私の事分かるよね?」

そう言われて、ヒロユキは困ったような、はにかんだような顔で首肯した。
もしかしたらコイツは、ミユキの事が苦手なんじゃなくて好きなのかもしれない、
そんなどうでもいい事を考えながら、我々は話題を元の池の話に戻した。

一通りの話を聞き終えたミユキは、
文字通り目を輝かせながら

「私も行きたい!!」

と、大きな声で言った。

私「ミユキ、うるせぇ」

ヒロユキ「ちょ、上田さん…声が…」

周りの人々が何事かとこちらを見たので、
私とヒロユキがほぼ同時にミユキへそう言うと、ミユキは口元を押さえて口を閉じた。

ミユキ「ごめんごめん(笑)
いやー私も実はそういう話好きでさ?
今までも年上の先輩の車で色々と連れてってもらったけど、そんな隠れスポットがあるとはねぇ~」

何だか感慨深そうにミユキは言った。
意外だとも思ったが、元から変わっているとも思っていたので、

私「じゃあ、お前は何か見えたりすんの?」

と聞いてみたら、ミユキはこう答えた。

ミユキ「はっきり見えたりってのはあんまりないかな。
でも、気配だけははっきりと感じたりするよ。
家の中とかでも、家族とかペットとか、何かしら気配とか息遣いとか、
それなりの五感に訴えかける動作や熱量を持って存在してるものって、皮膚なり耳なりを通して分かるでしょ?
私のもそんな感じのもの」

言われて何となく自分に近いものを感じた。
私もどちらかと言えば聴覚的な情報や、
『ここに何かがいる』といった感覚的なもので感じ取れる程度のものだった。
ちなみにヒロユキは、好きは好きだが何も感じないというレベルなのだという。

ミユキ「ねぇ歌屋~いいでしょ~?
最近面白いこともなくて暇だったからぁ~
私もついてっていいよね~?」

私「やめろ寄ってくんなクソ〇ッチが」

ミユキが妙に身体を擦り寄せてきたので遠ざけた。
間近に寄られると、中学時代よりも更に発育した箇所と、香水なのか何なのか妙に甘ったるい匂いで気が変になる。

ミユキ「〇ッチって何よ~?
てか村井くんもいいよねー?」

そう言われたヒロユキは微妙に固まりながらも、
「俺はまぁ、いいけど…」
と、蚊の鳴くような声で囁いた。

ミユキ「よーしじゃあ決まり!
来週の日曜だっけ?今から待ち合わせとか決めよっか!」

そしてこちらが止める間も無く、
ミユキはヒロユキと待ち合わせ場所やら時間やらをズンズンと決めだし、
言われたヒロユキはbotみたくウンウン頷くだけの機械に成り果てていたので、
最終的には私も折れるしかなく、来週日曜のバイトもバンド活動も何もない貴重な休みの予定を、どうでもいいスポット巡りで埋める決意をしたのだった。


翌週の日曜。

夜半過ぎまで路上ライブに出ていたのもあって、いつもの目覚ましを一度止めて思わず二度寝していたところ、
家の玄関チャイムを何度も鳴らされてようやく目を覚ました。

徐々に覚醒していくにつれて、
(そういや今日はヒロユキ達とM地区のどこだかに行く日だっけ…)
などとぼんやり考えたりしつつ、


っっやべっ時間は!?


と、瞬時に焦って時計を見ると、
まだヒロユキとの待ち合わせ時間には数時間程あったので、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、玄関チャイムは相変わらず定期的に鳴っている。

家人が出ないのを見ると、どうやら家族は出掛けているようだった。
(ここまで出なかったら諦めるだろフツー)
とか頭の中で悪態をつきながら玄関に出ると、そこにはミユキの姿があって絶句した。

私「な…なんで?」

ミユキ「出るのおそーい!
何でって、待ち合わせ場所のスタジオって私分かんないじゃん?
だから村井くんとも打ち合わせて、私は歌屋に連れてきてもらうようにってなったんだけど…聞いてない?」

おそらく聞いてはいなかったが、
当時ヒロユキはまだ携帯を持っておらず、うちへの連絡は主に家の電話か、直接会いに来るかの二択だったのだが、
私も学校、平日からバイト、バンド、路上ライブと、あまり家にいる生活ではなかったので、それで聞き逃してしまったのだろう。

だが、一番驚いたのはそこではなく、

私「…いや、何で俺ん家知ってんの?」

ミユキ「卒アルで調べたら一発よ。
後は地図見て辿り着いた(笑)」

…コイツ地図が読める女だったのか。
なんだか驚愕を通り越して、素直に感心した。


それから急いで出る準備をし、ミユキと共にヒロユキとの待ち合わせ場所へ向かった。
あろうことに「チャリがパンクした」と、ホントかウソかも分からないが、徒歩で来たミユキをママチャリの荷台に乗せての2人乗りで。
道中、あーでもないこーでもないとどーだっていい内容の会話をしながら、
(俺、コイツと付き合ってる訳でもないのに、何で今こんなんなってんだろ)
とか思いながら、先に待っていたヒロユキと合流し、改めて目的地の池まで向かった。


ヒロユキの話だと、目的地の池までは3~4kmくらいだという。
空は曇天で、今にも一雨来そうな感じであったが、
川沿いを上流方面に走り、民家よりも畑が目立つようになって来ると共に、少し風が冷たくなってくるのを感じた。
田舎の方が都市部に比べて幾分か涼しいからだろうが、そのうちに吹いてくる風もだんだんと冷たくなってきた。
雨が近いのかもな、とか思いながら、一直線に伸びた土手を数十分走った。

しばらく走ると、川幅が狭くなった所に小さい橋が架かっており、
その手前でヒロユキが立ち止まって、持参の地図を広げて見だした。

ヒロユキ「ここを渡ってちょっと行った所みたいですね」

そう言って橋の向こう側を指差した。
その先には民家や畑などの集落があり、池はその中にあるようだった。
祖母の故郷の集落を思い出させられて少し気遅れしたが、せっかくここまで来た事もあり、そのまま進むことにした。

集落の中を進むと、田舎特有の庭が広く作られた家々が点在し、後は田畑か用水路が広がる風景だった。
もちろん電気もガスも通ってはいるのだが、普段我々が住む地域から一気に佇まいと空気が変わったからか、
日本の原風景を懐かしむような気持ちよりも、曇天も相まって心細さを感じた。
なだやかな道を山がちな方へ進み、細い小道を抜けた先に、その池はあった。

池は思ったよりも広く、学校の運動場くらいの大きさだった。
川の支流が流れ込んでいるのか水は流れているようだったが、
水草が多いせいか、水面から下はほとんど見えない。
辺りは木々に囲われていて、日の光もあまり差さないようだ。
池の端には【キケン 遊泳禁止】と書かれた手作りの立て看板が刺してあった。
おそらく地元住民で作ったのだろう。
ジメジメした空気も相成り、何とはなしに気味の悪さを感じた。

とりあえず眺めていても何も起こりそうにないので、我々は池の周囲を回って探索する事にした。
特に変わった様子もなく、ただ気味だけが悪い印象しかなかった。
我々の前を歩いていたヒロユキから、
「何か変わったもの感じますかー?」
と聞かれたが、私もミユキも首を横に振った。
何かあれば、気配なり何なりですぐに分かる。
だが、何もない。
何かあるような気はしている。
でも、それにすら気付けないくらい、何も感じない。
横を歩いているミユキを見ても、おそらく私が感じているものと同様の、漠然とした違和感を覚えて、どことなく不安げな表情をしている。

池の周囲を半周程回った辺りで、突然雨がぱらつきだした。
凌げそうな木陰を見つけたので3人で入り、
それからしばらく雨が止むまで水面を眺めていた。

違和感の正体は分からないままだったが、
なんとなくぼんやりと雨を眺めていた。
噂によると、ここで入水した人は女性で、雨の降る夜に独りで身を投げたという。
身の上は分からないが、その身の上を考えて少し暗い気持ちになった。
どんな経緯があったにせよ、こんな暗い池に独りで身を投げたその女性の最期はどんな気持ちだったろうか。

そう考えた瞬間、


ぞわっ


と、何かに背中をなぞられたような感覚があった。

思わず周りの様子を伺うと、ヒロユキも何かしらの気配を感じたのか、周囲をキョロキョロしている。

ミユキは怯えているのか、小刻みに震えていたが、
池に視線を移した瞬間、「ヒッ」と悲鳴を上げて絶句していた。
私は小声でミユキに「どうした?」と尋ねたが、声が出ないのかミユキは震えたままでいた。
5秒位経っただろうか、ようやくミユキが池の一点を指差しながら口を開いた。


ミユキ「なに、、、あれ」


私とヒロユキはミユキの指し示す方に視線を移した。
そこで私も絶句した。


髪のような黒い影が、水面に漂っていた。


何と説明すればいいかも分からないが、

ロングヘアーの女性が頭まで水面に浸かっていて、その髪がクラゲのように水面に漂っている様に見えた。

それはゆっくりとだが移動しているようで、
池の中心辺りをぐるぐると回っているように見えた。

見えだしてから周囲の空気が変わったのが分かった。
寒気というか悪寒が半端じゃなく襲ってくる。
それまでも霊・リアルの人を問わず何度もヤバいものに遭遇してはきたが、その時に感じたものと同質の危険さを感じた。

あれはマズい。

例え言葉が通っても間違いなく交われない。
絶対に関わってはいけない。

他の二人を見ると、ヒロユキは相変わらずよく見えてはいないようだが、ミユキはボロボロと大粒の涙をこぼして嗚咽を漏らさないよう息を殺している。
きっと私と同じ危惧を感じたのだろうか、出来るだけアレに気付かれないようしている風に見えた。


と、その時、
水面の髪が我々がいた岸とは反対方向の岸へ移動を始めた。

逃げるなら今!
そう思って私はヒロユキとミユキに小声で
「逃げるぞ」
と短く言い放った。
ヒロユキは困惑していたが、私とミユキの様子を見て何かを察したのか小さく頷いた。
ミユキは「うごけない・・・」と泣きながら訴えてきたので、
腕を掴んでゆっくりと立たせ「動けるか?」と聞くと、震えてはいたがしっかりと頷いた。

水面の髪らしきものは変わらず移動を続けているように見えた。
ヒロユキとミユキが動く準備を整えたのを確認し、
一斉に小走りで自転車を停めた入り口付近へ一気に走った。
ヒロユキがミユキの手を引き、私がしんがりというポジションだった。
時折、池の様子を見ながら走ったが、池の入口辺りに着く頃には距離も開いたからか見えなくなっていた。

もう安心だ、と思って、ミユキを荷台に乗せて元来た道を戻ろうとペダルに足をかけようとした瞬間、


ぼちゃん


と池の方から、何か大きなものが落ちたような聞こえた。

私は振り向けなかったが、少し間を置いてミユキが私の背中を思いっきり掴む感触があり、そこから一心不乱にペダルを漕ぎ続けた。


それからはしばらく気もそぞろに元来た道を無言で走った。
しばらく小雨が降っていたが、M地区を抜ける頃には雨は止み、我々の地元に戻ってきた頃にはすっかり止んで夕焼け空が広がっていた。
道なりに進んでいったら先週我々が駄弁っていたコンビニに行き着いたので、そこで一旦落ち着こうという事でジュースとアイスを買って、3人でぼんやりと池での出来事を話し合った。


ヒロユキ「・・・何だったんですかね?」

私「分からん・・けど、ヒロユキは何か見えたんか?」

ヒロユキ「俺は何も見えなかったですよ。でも、歌屋くんが普段言ってる『気配』みたいのは感じました。(ああ、何かいるな)って」

私「ミユキは?」

ミユキ「・・・歌屋は見えてたんでしょ?」

私「・・・見間違いかもしれんけど、多分」

ミユキ「・・・今は言わないでいいよ、村井くんに教えると良くない、と思うし」

ヒロユキ「・・・俺に?」

私「どうゆう意味?」

ミユキ「だから今は言わないでいいって。後で家まで送ってってくれた時に話すから」

私「・・・わかった」

ヒロユキ「・・・」

それから特に会話も進まず、それぞれジュースとアイスを平らげたところでお開きとなり、ヒロユキを家の前まで送っていって別れた後、私はミユキを家まで送り届けるために再び2人乗りで自転車を漕ぎ出した。
そしてミユキは私の背中越しにゆっくりと語りだした。


ミユキ「・・・池の手前辺りから変な空気だった。
池に着いて、それがやっぱり池からしていた気配だったって分かって、それだけで十分怖かった。
あんなに離れたところからはっきりと分かったの、初めてだったから」

ミユキが言うには、池のある集落に入った時点で何かしら良からぬ気配を感じていたらしく、
池が近づくにつれて恐怖が増していったので、何度か行くのを止めようと言い出そうとしたそうだが、自分から行くと言いだしたこともあり、必死に堪えていたのだそうだ。

ミユキ「池に着いてからが本当に怖かった。
風は吹いているのに、鳥の鳴き声も虫の羽音も聞こえなかった。歌屋と村井くんの話し声が聞こえていたから、私がおかしいんじゃなくて、ここがおかしいんだと思って安心したよ。

雨が降ってきて少しした位に、池の中で何かが動いてるような感じがした。怖かったけど目が離せなくて、見てたら髪の毛みたいのがぷかーって浮いてくるのが見えたよ。それからは歌屋が見たのと多分同じ。
きっとあれが亡くなった女の人だと思う。
間違いなくあそこで死んでるはず。
理由は分からないけど、そう思えてならないんだよ」

私もミユキの所感にほぼ同意だった。
あの水面に見えた髪のようなものは、やはり女性の髪の毛だったんだと思い怖気が走った。

ミユキを乗せてぼちぼち走っているとミユキの家の前に着いた。
家の前でそのまま別れようとしたが、もう少し話がしたいというので、近くの公園まで移動して、改めて話を続けた。
私は気になっていたをミユキに尋ねた。

私「なぁ、さっきヒロユキがいる時に『知らせない方がいい』って言ってたの、あれどうゆう意味?」

ミユキ「・・・歌屋は最後に音、聞いた?」

私「あぁ・・何か池に落ちたよな」

ミユキ「私、見えたんだよ」

私「何が?」

ミユキ「女のひptrw」

そう言いかけたかと思うと、ミユキは口元を抑えて嘔吐し始めた。
あまりに突然のことに面食らったが、私はミユキの背中をさすりながら落ち着くまで待った。

ミユキ「・・ごめん」

私「いや、無理して話さなくていいけどさ・・
そんなにヤバいもん見たのか?」

ミユキ「・・・多分、女の人だと、思う」

私「その、亡くなったっていう人?」

ミユキ「・・・顔が変な色になってこっち見てた」

一瞬で背筋に寒気が走った。
そんなものがいたのならあの時、振り返らずにいて正解だった。
そんなことを思っていたら

ミユキ「ぷっ」


ミユキ「あっはっはっはっは!嘘だよーん!!」


そう言ってミユキは盛大に高笑いしだした。

ミユキ「もー本気で騙されてくれるんだもん。
歌屋は本当に昔っから正直でカワイイなぁー」

そう言いながらミユキは目尻に溜まった涙を指で拭いながら大いに笑った。

嘘、だったのか?

ということは、さっきのコンビニでの意味ありげな物言いも、全部はこの一つの嘘を成就させるためについていた嘘だったというのか。

そう思ったら、私は唖然としながらも、この女に底知れない趣味の悪さを感じ、怒ることも忘れて黙り込んでしまった。


いや、待て。


確かに池に何か落ちたような音は自分も聞いた。
前にいたヒロユキは音にすら気付いていないようだった。
さっきのコンビニでの話でも『池に何か落ちたような音がした』なんて話はヒロユキはしていなかった。

それに音がした時、ミユキはまるで何かに怯えたように私の背中を思いっきり掴んだ。
あれも演技だったと言われたらそうなのかも知れないが、そんな予期せぬ状況でとっさに嘘のための布石が思い付く程、この女は頭の切れる人間だったのだろうか?

もしかしたらミユキが池に何か投げたのではないか?とも考えたが、我々が自転車を停めたところから池の水面までは10m以上はあった。
それに木立が生い茂っており、あまり運動が得意でなかったミユキのコントロールで何かを投げ入れられる事自体が不自然だ。

あの時、聞こえた音は明らかに小石サイズのものが落ちたような音ではなかった。
小さくても魚か、それとももっと大きいものが・・

そんな思案している私の顔を見て、ミユキは高笑いを止めた。

そして、ゆっくり立ち上がったかと思ったら、
おもむろに私の背後に回って、後ろから柔らかく私を抱きしめた。

私「?!!」

びっくりしたが、私はそのまま動けなかった。
ミユキの胸の感触もだったが、それ以上に得も知れない安心感があったから、という理由だった。

ミユキ「・・・っほんっとにもう、知らないでいいことまで知ろうとしなくてもいいのに。
そういうとこも相変わらずよねぇ」

何のことを言われているか分からなかったが、
その一言でさっきのミユキの言葉が嘘だというのが分かった。

コイツは何かを見ていた。
でも、それは何なんだ?

そんなことを考えていたら、ミユキがそのままの格好で私に語りかけた。


ミユキ「私が池に何か投げたとして、歌屋の後ろに乗ってたのに、どうやってあの距離を投げきれるかな。
それに、私が運動苦手って、さすがにそれくらいは覚えてるでしょ?」

そうだった。
音がした時、確実にミユキは私の自転車の荷台に乗っていた。
ちゃんと重量を感じてもいたし、背中を掴む感触だってしっかりと覚えている。
どう考えても、ミユキが池に何かを投げ入れるなんて物理的に不可能だ。

だとしたら、一体何が落ちた?

そして、ミユキは一体何を見た?

私の疑問を代弁するかのように、ミユキが言った。

ミユキ「魚が跳ねたんだよ。そういうことにしておこう」

そう言って、ミユキは私の背後からゆっくり身体を離した。

どうにもスッキリしない話ではあったが、それ以上聞くのも野暮だと思って、私は何も聞かずにいた。
ミユキは私の前に回って「帰ろっか」と言ったので、私も立ち上がって公園を後にした。

公園のベンチを離れて、自分の自転車のスタンドを上げた瞬間、ミユキが

「死にたがりって〇〇なのかな」

そう言った気がしたので、
「何か言ったか?」と聞いたものの、
「独り言だよー」と返されて、そのまま聞けず終いだった。


後日談としては、霊障の類や呪いがどうとかいったような事は何もない。
ヒロユキとはその後も学園祭のバンドのヘルプで毎週顔を合わせていたが、特に何かあったような話も聞かなかった。

ミユキとは学園祭当日に再会した。
ヘルプバンドの出番が終わった後に声を掛けられて、半ば強引に携帯のアドレスを交換させられた。
その後もミユキ絡みでいくつか話があるのだが、それはまた別の機会に。


最後に、学園祭の打ち上げで、
後日出演バンドのみんなと遊びに行った時、一緒のバンドだったユウイチロウ(仮名)とこんな話になった。

ユウイチロウ(以下ユウ)「そういえば歌屋さ、学祭の時に上田さんと話してなかった?」

私「あ?うん、同じ中学だったんだよ」

ユウ「あぁ、確かヒロユキと同じ学校だったよね。
いや、珍しいと思って」

私「珍しい?」

ユウ「うん、俺、上田さんと同じクラスなんだけどさ、今年になって彼女、数えるくらいしか学校に来てないんだよ」

初耳だった。
ヒロユキは同じクラスじゃないから気にもしなかったんだろうが、意外に思ったので私はユウに校内でのミユキのことを聞いてみた。

ユウ「俺も仲いいわけじゃないから詳しくは知らんけど、援交してるだとか、年上の彼氏の家で同棲してるとか言われてて・・・だってあのスタイルじゃん?他の女子の妬みとかもあると思うけど・・
あ、ごめん!歌屋は仲いいんだよね?」

慌てて謝るユウにこちらも慌てて取りなして、
ミユキの話題はそのまま終わった。

その時はまだ、ミユキの事を知っているようで、私は全く知らなかったのだと、後に痛みを伴う程に思い知らされることになるのだが、それはまた別の話。

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