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勘違い (中)

前回の続きです。


その週の土曜の夜、私はミユキと待ち合わせて夜の繁華街へ向かっていた。
相変わらずミユキはあーだこーだと理由を付けて、
私の自転車の荷台にその無駄に育った尻を乗せて気楽にジュースなんて飲んでいやがる。
憎まれ口の一つでも叩いてやろうと思っていたら、好物だったメロンソーダをすかさず出して来る辺り、なんとも要領のいい女である。
それ以前に私がチョロすぎるだけだったのだが。

道すがら、私はあれから数日間で探れるだけ探った情報をミユキに話した。
路上仲間の人伝に聞いたみたところ、伊藤ユヅルは確かに繁華街で路上ライブをしていたそうで、
その年の春頃からちょこちょこ歌いに現れていたらしい。

ミユキ「それで、路上で絡んでたって人たちは分かったの?」

私「一応、当たりは付いたけど、案の定よろしくない輩だったのよ。元々そのユヅルくんってのはヤンキーとかそんな類の人種だったのかね?」

ミユキ「全然。どちらかといえばヒロユキくんみたいな大人しいタイプの人だったよ?美術部でも副部長だったり。喧嘩とか全く縁がなさそうな感じ」

路上仲間に聞いていた印象も同じだった。
まぁ、路上ライブの為にとはいえ、深夜徘徊している時点で品行方正とも言えないのだが。

私「これから話を聞きに行くところは決してお上品な輩の所じゃないんだけど・・ま、ミユキなら問題ねぇか(笑)」

ミユキ「ちょ!?あたし歌屋の中でそんな位置付け?こんな上品な生娘そうそういないって!!」

私「自分で生娘言うな(苦笑)
でも本当に柄悪いとこ行くかんな?それなり覚悟しとけよね」

ミユキ「なんかあったら歌屋が身体張って守ってくれるんでしょ?だったらよゆーよゆー」

私「・・・本当にそんなんなりそうなノリだから嫌なんだよ」

そう言うと、さすがにミユキも気まずそうに黙り込んだ。


程なくして、我々は繁華街の一角に着いた。
そこは飲み屋が無数入店している雑居ビルの前で、自転車で乗り付けた我々を見て、二人の人影が近付いてきた。
私達がそちらへ顔を向けると、二人は手を上げて挨拶をしてきた。

一人は私の路上仲間で、鳴田カヅキ(仮名)という。
長身で、スラッとした体型に某アイドル事務所にいそうなイケメンだったので、ミユキが目を輝かせた。
カヅキは「歌屋の彼女さん?よろしくね」と優しくミユキに笑いかけた。

もう一人は上下とも大きな犬の刺繍が入ったジャージにキ○ィちゃんの健康サンダルという、見るからに「そっち系」と分かるような出で立ちだった。
私に肩を組んで「歌屋ちゃーん、元気してたか〜?」と声を掛けてきたその人はフルサワさん(仮名)というカヅキの先輩で、地元の反社団体の構成員をしていた人だ。
私は「ご無沙汰してます」と曖昧に笑って返事をした。
背はそこまで高くないが、服装の見た目よりも、下顎から左の唇辺りまでにガッツリ残った切傷の痕がその人となりを表しており、さすがのミユキも迂闊に声を掛けられないようだった。

私「わざわざごめんね。いろいろ面倒かけて」

カヅキ「いやいや、アイツらいろいろやらかしてるみたいでそろそろシメようか思ってたから。だからフルさんにも来てもらってて」

フルサワ「まー俺らも普通にシノギしたいし。そしたらカヅが『邪魔くさいのがいます』ってんで俺も来た訳よ」

ミユキ「・・・えーと、カヅキくんはうちらとタメなんだよね?お二人は学校どこですか?」

ミユキの質問にカヅキとフルさんはしばし顔を見合わせ、それから笑い出した。
それからフルさんは私の肩を(多分)軽くどついた。
いい音がするほど痛かった。

フルサワ「おい歌屋!お前この娘に俺らのこと何も話してねぇだろ?(笑)」

私「あ、そういえば・・・」

カヅキ「忘れてたんかい(苦笑)
まぁいいや、ミユキちゃんだっけ?

俺ら、ヤ○ザなんだよ」

そう言われたミユキは呆気に取られていた。

無理もない。
フルさんは見た目から完全にそっち系のアウトローなのだが、
カヅキは言われなきゃモデルかアイドルタレントみたいにしか見えない。
嘘でしょ!?と同意を促すような視線をミユキから向けられた私は、首を横に振ることできっぱり否定してやった。

カヅキは元々県下の地方部にある高校に通っていたが、見た目のかわいらしさとは相反して血の気が多い男子で、入学3ヶ月も経たない内に喧嘩等校則違反の連発で高校をクビになったのだそうだ。

それから特にすることもないままいたらしいが、予てより興味があった音楽業界で一旗上げようと思うようになり、どういった経緯があったかは知らないが市街地近くにあった某組織の下部団体へ部屋住みで入り込むことになり、上からの用事がない時間帯で路上に歌いに来ていたのだという。

割と自由は効いていたようで、その頃にもオーディションなんかも受けており、年が明ける前には上京する予定だと聞いていた。

我々の地元の路上ライブの不文律を作ったのも彼だ。
『楽器持参の時は喧嘩厳禁』
『戒を破れば制裁』
『路上ライブ時にナンパ等の行為も厳禁』等々。

元はバカが付くほど真っ直ぐな男ということもあって、私達は路上で知り合ってすぐに意気投合した。

時には彼の付き合いで何度か荒事に巻き込まれた事もあったりと、決して穏やかな事ばかりではなかったが、
同い年だったこともあり、お互いに牽制し合い、また協力し合ったりして、それなりに良い関係を築けていた。

私「そんで、そっちによろしくないってのは何かあったりしたの?」

カヅキ「確定してるのは、こないだ奴らと喧嘩になった奴の原付きが焼かれたこと。もう一つは『ウリ』やらせてる可能性があるってこと」

原付が焼かれる、というだけでも充分なパワーワードだが、 

『ウリ』という言葉を聞いて、ミユキが微かに反応した。
そういえばコイツもウリやってる認定されてたんだっけか、デリケートな話題だったな。
そんな事を考えていたが、そもそもが穏やかな話題でもない。
フルさんが先を続けた。

フルサワ「もうガキの喧嘩とかって済ませてやれないんだよ。特にガキがウリなんてやられた日にゃお前らがやってる自警みたいな取締りも面目丸つぶれな訳だろ?
だからかわいい後輩の力になってやろうと思って俺が来てやった訳よ!」

そう言ってフルさんは私とカヅキの肩を思いっきりどついてきた。
どうにも人の肩をどつくのが好きな先輩だ。
しかも結構痛いからやめてほしい。

ミユキ「それで、ユヅルさんがどう関係あるんですか?」

私「そいつらの連れの一人とそのユヅルくんが付き合ってるって話らしいんだよ」

それを聞いてミユキは唖然としていた。
私も路上仲間からの話を聞いていく内に知った事だが、それが本当なら件のユヅルくんとやらが学校に来れなくなるようなトラブルも何となくだが起こりうるのも分かる気がする。
少なくとも、健全な感じの遊びは想像が出来ない。

ミユキ「で、その人達がいるっていうのがこのビルって事?」
首肯して、カヅキが続けた。

カヅキ「このビルに入ってる歌声スナックみたいな店があってね。そこのオーナーが連中の一人と仲良いみたいで、溜まり場みたいに提供してるらしいんだけど、身体壊して入院してるらしくて、今はそいつらが好き放題使ってるって話」

ミユキ「どんな人達なんですか?」

カヅキ「・・・歌屋、本当に何も話してないんだな(苦笑)」

私「ごめん(苦笑)
歳は俺らよりガキから上まで幅広いプー太郎達だよ。普段何してるかも分からんけど、ドカタとかで働いてる奴もいるらしい」

カヅキ「中には歳ごまかしてキャバとかデリで働いてる奴もいるみたいだな。ケツ持ちの話は聞かないから面倒はないと思うけど、何かあったら俺らでケツは持つから」

本当に穏やかじゃない話になってきた。
さすがにミユキも表情が強張っている。
私がミユキに「帰るか?」と聞くと、ミユキは「大丈夫」と言わんばかりに首を横に振った。
コイツもコイツなりに先輩に対して思うところがあるのだろう。

カヅキ「じゃ、行こうか。なーに大丈夫よ!何かあっても歌屋が守るでしょ(笑)」

フルサワ「かーっこいい!!俺も守ってもらおっかなー(笑)」

私「・・・俺が帰りたいです(苦笑)」

かくして我々は雑居ビルのエレベーターに乗り込んだ。


目的の店はビルの5階にあった。
これから下手すれば殴り合いの喧嘩にすら発展するかも知れない相手のたまり場にされていることに心の底からげんなりした。

店の入口ドアを引くとあっさりと開き、ドアに付けられた鈴が鳴ると奥から「いらっしゃいませ〜」と間の抜けた男性の声がした。
私達が店に入ると、奥のボックス席に陣取っていた一陣が怪訝そうにこちらへ視線を向け、我々だと認識した瞬間に軽く腰を浮かせた。

先にミユキに話していた通り、連中は14~18歳位の男女で構成されており、
見るからにヤンキー然とした出で立ちをしていた。
カウンター奥では店を預かるバイトだろうか、20代後半位の男が何事かとオロオロとした表情をして立っていた。
さっきの声は彼のものだったのだろう。

その男性は意を決したように「空いてるお席へどーぞ!」と勧めてきたが、
カヅキが「彼らに用があるんで」と連中を指差して返事をしたので、彼らはますます緊張した面持ちになった。
無理もない。
カヅキが某組織に所属しているのは路上界隈でもある程度周知の事実だし、何よりフルさんも来ている事が彼らにとって最大の恐怖だったであろう。
何やら仲間内で顔を寄せ合い小声で話していたが、リーダー格のコウジ(仮名)がこちらに歩み寄ってきた。
コイツは何度か路上で歌っているのを見たことがあったので覚えていた。

コウジ「あの…カヅキさんと歌屋さん…ですよね?俺らに何か用ですか?」

フルサワ「あぁ!?何が『何か用ですか?』だ!あぁ!?」

間髪入れずにフルさんが凄んだ。
後ろの方でコウジの連れの男が「何だコラァ?」と凄み返したが、フルさんから睨み返されて目を逸らせている。
カヅキがフルさんを制して、コウジも連れの男を制していた。

フルサワ「おいカヅ!コイツらマジでなめてんなぁ?もうこのまま事務所引っ張ってってシメ喰らわした方が早くねぇか?」

カヅキ「言うこと聞かんかったらそうしましょうか。あのさ、俺らお前らに喧嘩売りにきた訳じゃねぇのよ。まぁ状況にもよるけど」

そう言ってカヅキはコウジに視線を合わせた。
さっきまでのミユキにフレンドリーに話していた時の表情とは打って変わって、目が笑っていない。
当時も喧嘩の際には笑いながら相手を殴ったりしていた男ではあったのだが、相手からすると恐怖だったであろう。

コウジは何か言おうとするも、そのまま固まってしまった。
それを見てフルさんがまた吼える。
状況が状況なだけに、隣のミユキも、コウジの連れの女の子達も心底怯えた表情をしていた。

カヅキ「だから、普通に正直に話してくれたらいいんだって。話のケリさえ付けば俺らだって要らん喧嘩しなくて済むし、お前らもそっちがいいだろ?」

そう言うとコウジはようやく首を縦に振った。
それを見たカヅキは「じゃ、立ち話も何だから」と、彼らを手前のボックス席に移動させて、
私には連れの子達がいる席に移動するよう言ってきた。
我々の話は我々で、あちらの話はあちらで進めるようとの気遣いだろう。
こちら側としても話の流れ的にそっちの方が助かる。

私とミユキは彼らの連れの女の子2人がいたボックス席に座った。
始めは怯えた様子だったが、コウジが女の子たちに何やら伝えると2人は少し落ち着いた様子で、我々の前に腰掛けた。
アイリ(仮名)とミワ(仮名)と名乗った2人は14歳で、二人共家出少女なのだという。
今は彼らと行動を共にしながら、知人の家を転々とし、援助交際のような事をしていると語った。
それを聞いて私もミユキも表情を曇らせた。

私「いきなりごめんね。別にこれから攫ってどうこうしようって訳じゃないから、安心して・・・って言うのも変な話だけど」

そう言うと二人は少し怯えたように首肯した。
カヅキほどではないが、私もカヅキの自警(?)の片棒を担いでそれなりガキの鉄火場に立っていたので、彼女らにも『怖い人』として映っていたのかもしれない。

私「君等の中に『伊藤ユヅル』って人と付き合ってるって子がいるって聞いたんだけど、知らない?」

2人は少し顔を見合わせしばらく考えている様子だったが、ミワが
「多分、マナミの彼氏さんだと思います」
と言った。

私「そのマナミちゃんって子はどこにいる?」

アイリ「最近見てないです。ピッチかけても出ないし・・・もしかしたら実家帰ったのかも」

私「付き合ってたっていうのは間違いないんだよね?」

ミワ「はい。路上とかでも結構一緒にいましたよ。」

どうやら話は本当だったようだ。
だが肝心の彼女がいないとなると、そこから先の手立ても見えてこなくなる。
どうしたものか、と考えていると、ミユキが彼女らに口火を切った。

ミユキ「ねぇ、そのマナミちゃんって子のピッチの番号教えてくれない?」

突然のミユキの申し出に二人は困惑した様子だったが、しばしの沈黙の後、アイリが「いいですよ」と言ってカバンからPHSを取り出し操作し始めた。
私も(おいおいマジかよ…)と思いながら二人のやり取りを見ていたが、正直、心の中でミユキに拍手喝采だった。
一応、男性である私から言われたら拒まれていたであろう申し出も、同性のミユキからなら幾分か柔らかく聞こえたのだと思う。

ミユキはアイリのPHSの画面に表示された番号を自分の携帯に打ち込むと、二人に「ありがとう」と礼を告げ、少し間を置いてゆっくりと、しかしはっきりとした口調で語りかけた。

ミユキ「あなた達もいろんな事情があるとは思うけど、援助とか絶対辞めないとダメだよ。
本当にいいことなんて一つもないし、今はお金とか稼げて良くても、後から必ず後悔することになるから」

今までに見たことのない程、真剣な表情で語るミユキに私はただただ聞き入った。
やはりコイツの噂にあった援助の話は本当なのだろうか?

言われたアイリとミワはあからさまに不機嫌そうな顔をしていた。
学校で生徒指導を受けているヤンキーそのものといった感じの面持ちでミユキを軽く睨め付けている。
ミユキは動じずに続けた。

ミユキ「言われてウザいのは分かるけどさ、でも・・」

アイリ「それ、先輩に関係なくないじゃないですか?」

ミワ「うちらも好きでやってる訳じゃないし。てか人から物聞いといて説教とかありえなくない?」

本格的に二人がキレだしてきたので思わず私が前に出ようとすると、ミユキはそれを手で制してきた。
ふと様子を見ると、今まで見たこともないような据わった目をして、低く、しかしはっきりと通る声でこういった。

黙れ、クソガキが

素行はどうあれ、喧嘩はおろか人を罵倒するようなヤンキーではなかったので私もびっくりした。
アイリとミワに視線を移すと、二人も怯えたような表情をしていた。

ミユキ「ガキのくせにデカい口叩くな、シメるぞクソガキどもが」

そう言って身を乗り出そうとしているミユキを制すると、後ろからフルさんが「何かあったかー?」と言ってこちらに視線を向けていたので、私はミユキに「帰ろう」と言いつつミユキを店外に出し、フルさんとカヅキに帰る意思を伝えた。
そしてアイリとミワの二人にも「ごめんね」とだけ伝えると、二人も「いえ・・・」と控えめに言ってそれっきりになったので、私も店の外に出た。

ミユキは表に置いた自転車の前で待っていた。
先程のような据わった目はしていなかったものの、いつになく寡黙になっていたので、ママチャリの後ろに乗るように促した。
自転車が走り出し、私の背中を掴んだミユキの手は、少し震えていた。

私「・・・怖かったんなら、あんな啖呵切らんでもよかっただろうに」

ミユキ「・・・」

私「でもあの娘らが心配だったから言ったんだろ?」

ミユキ「心配っていうか・・・」

私「・・・間違った事、言ってた訳じゃないんだし。気にすんなよ」

ミユキ「・・・」

私「それに女でも人生で一回くらいは喧嘩しといた方がいい経験になるかもよ?(笑)」

軽口を叩いたつもりだったが、ミユキはそのまま黙り込んでしまった。
それからは私も何も言えなくなってしまい、そのまま地元まで話さなくなっていた。

ミユキの自宅前に着いて降ろした後、今後の流れについて少し話した。
翌日の夕方、バイトが終わってから改めてミユキと合流し、聞き出したユヅルの彼女というマナミにコンタクトを取ってみようという事になった。
ひとしきり打ち合わせて、私も家に帰ろうというタイミングでミユキが「ごめん」と言った。
「何が?」と聞くと、何でもないと言ってそのまま家に帰っていった。

(後)に続く

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