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4人組『化け物』序

神奈川にいた頃の話。


20歳の頃、音楽の修行のため上京した先の横浜で、
バイト先の深夜シフトの大学生3人と仲良くしていた。
メンバーは当時の私より1歳年上のSさんとOさん、1歳年下のMという男性三人で、
バイト外でも遊びや飲みに行ったり、共に笑い、共に泣いたりするような仲だった。

そんな我々がよくしていた遊びが、俗に「心霊スポット」と呼ばれる場所へ凸しに行くことだった。

Mという男は今は亡き某有名霊能力者から命名されたという少々変わった経歴を持っており、
そんな経歴のおかげか、相当に霊感が強い男でもあった。
なので、そういった心霊スポットに連れて行くのに大変心強い存在だった。

SさんとOさんには霊感は無かったようだが、
Oさんは極度のビビリで、遊園地のお化け屋敷でも半べそをかいてしまうようなキャラだったので、
SさんはそんなビビるOさんの姿を楽しみたいがために、頻繁に我々を心霊スポットに誘う遊びを企画していた。

中には本当に恐ろしい目に遭ったことも何度かあったのだが、
当時我々は若く、何が本当に危険で、何が本当に恐ろしいものかも知らなかった。
例えどんな有名な心霊スポットで怪現象に遭遇しても、
その場限りの恐怖にスリルを感じることくらいしか無かった。


本当に恐ろしいものは、じっくりと時間をかけて付き纏うものなのだと、何かの怪談話で読んだことがある。

私も、その言葉には心底同意だ。
こういった世界に対して、我々は圧倒的に無知なのだ。


「キャンプに行こう!」

とある深夜バイトの暇な時間帯のこと、
そう元気よく切り出したのはSさんだ。
上京して1年と少しほど経った8月の終わりの頃である。

当時、SさんとOさんの二人は大学の4回生で、
就職を決めていた二人は、年が明けたら卒業、就職という流れになっていた。
既に卒論に取り掛かっていたようで、二人はバイトのシフトも空きがちになってきていたのだが、
それでも空きを見つけては夜勤メンバーでちょくちょく遊びに行ったりしていたので、
もうすぐこの店から去ってしまうであろうことは分かっていたものの、
何となく現実感のない印象を持っていたところだった。

S「マジでそろそろ卒論とか忙しくなってきそうでさ。
俺もOも卒業ギリギリまではバイトしようと思ってるけど、
卒論終わるまでの間はシフト厳しくなるし、
そうなったらMとかも入れて遊び行くのもなかなか厳しくなったりするだろうしさ。
友達とはまた別で卒業旅行とか行く予定なんだけど、
俺らは俺らで久々遠出でもしたいと思って」

それだけ聞いているとただの思い出旅行くらいに思える話だったが、
いつものパターンなら本音は別にあるはずだった。

私「どうせ最後のOさんいじりでしょ?」

S「正解(笑)」

私「でもさっき『キャンプ』とか言ってませんでした?
そんな長期の凸とか、Oさん承諾しますかね?」

S「だからキャンプなんだよ(笑)
最初は普通にキャンプして、二日目とかに『
実はいつものパターンでしたー!』
みたいなノリでやればいいんじゃないかと(笑)」

あー…そういうノリか、と思った。
それだけビビリで警戒しがちなOさんでも、
『お別れキャンプ』みたいな名目があればOさんも怪しまずに着いてきそうでもある。

何より、事実本当に『お別れキャンプ』なのである。
きっとその後もちょくちょく遊ぶことになるのだろうが、
同じバイト生として、そして彼らが学生の内としては本当に最後なのだ。

私「もちろん自分はOKですよ。
多分Mも大丈夫じゃないですかね」

S「さっすが歌屋♪
まあこれで最後って訳じゃないけど、俺こういうノリは大事にしたいタイプだからさ」

そう言って屈託なく笑うSさんは心底楽しそうだった。
元々大変人懐っこい性格のSさんのおかげで、私も1年ほど前にこの街の人の輪にすんなりと入れたのである。
そんな事を思い出して、何となく「最後」という言葉が初めて色濃く胸に引っかかり始めた。

S「一応、今回は本当にキャンプとかするからさ、
いつもよりしっかり休み取ろうと思うんだよ。
俺らは元々学生シフトで入ってるから休み取りやすいけど、
歌屋はガッツリ入っているから、もう今の内からオーナーに相談して、2〜3日休み取るようにしておいてね。
事情訊かれたらこの件の話とかしてもいいからさ」

当時、我々4人以外に週3日ほど夜勤シフトに入っていたバイトの人がいたのだが、
我々4人が一気に休みを取る時にはコンビニ専門の派遣から人を寄越してもらうのが通例となっていた。

私「で、今回は行く場所決まってるんですか?」

S「フッフッフ…行ってみてのお楽しみよ」

毎回だが、当日じゃないと行き場所を教えてくれないのがSさんのプランだった。
いつもの事ながら、オカルトマニアでもないのに一体どこでそんなスポットの情報を仕入れてくるのかが謎であった。

S「でも、本当に普通にキャンプとか出来る場所だよ。
初日はマジでキャンプに徹するから、俺も久々川釣り用のロッドとか出しとこうかなーと。
それと親父からキャンプ道具借りとかねば」

それからオーナーへシフトの相談をし、何とか4人全員の休みを確定させた。
数日後、Sさんから
「OとMもキャンプOK!」というメールを貰った。
そして9月の中旬頃、我々はそれまで何度もそうしてきたように、
横浜駅のロータリで待ち合わせて、Sさんが運転する車で街の外へ軽快に走り始めた。


これが、無知な我々最後の冒険になり、
しばらく続く本当に起こった怪現象の始まりでもあった。

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