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『逃亡くそたわけ』と逃亡くそたわけごっこ

 痛快なタイトルですよね。内容もだけど。
『逃亡くそたわけ』
書店でアルバイトをしていた時に、お客さんがレジに持ち込んだ一冊に目を奪われたことを覚えています。
イカすタイトル、買ってみようと。

亜麻布二十エレは上衣一着に値する。
頭の中の声に追われるようにして、青春病院を抜け出す二人、夏の終わり。

数々の事件を起こしつつ衝突しつつ、車は福岡から南へ南へ。
ロードムービー風の物語としてとても面白い。
精神病院に入院していた二人だから不穏さを孕むけど、青春はそれ自体に仄暗さを含むものだから。
そう、これは青春小説。
まばゆいくらいに光る青春小説なのですよ。

吉田修一の『逃亡小説集』の解説で解説の酒井信さんによると、「逃亡」は「旅」と似ているが、戻るべき仕事や帰るべき家を失うという点で「文学的な影を帯びる」と。
なるほど。
今回の逃亡によってなごやんは退院の予定が反故になる。
では花ちゃんの方はどうだったか。

大学を休学中、彼氏とは離縁。家庭的にも問題はなさそう。
であるなら残った要素、それはなごやんだったんじゃないかな。

すごく仲の良い友人だった訳でもなく、無論恋愛関係でもなく、たまたま脱走する際そこにいたからだけど、
この逃避行の道連れであって、故郷への愛憎を看破できるくらい理解してしまった存在。

「いいらしいよ、ラベンダーの香りって落ち着くんだって」
「……そうなん?」
「ふたりで、さがそうよ」
 ふたりで、というのは初めてだった。薄い紫の靄が高原を、花を摘みながら歩く二人の姿、浮かんだ。胸の奥がシクッとするような気がして、あたしはなごやんの横顔を盗み見た。
 すてきだなあ、やさしいなあ、あるかなラベンダー。


結末付近でラベンダーが香るけど、それ自体が二人に何かをもたらす訳ではない。
救済を花ちゃんが作中で感じたのは、間違いなくこの夜だと思うから。
ああ、だから次の夜に花ちゃんは「してもよかよ」と言ったのかな。
一度もさせてあげないのも可哀想かなと感じた理由は。

いつか帰った方がいい名古屋の極楽と、帰って行くほかない博多を改めて認識して物語は幕を閉じる。
「くそたわけ」となごやんは叫んで。

そして私は大学以来の友人と、ごっこ遊びをしに博多へ旅立ちます。
1日目。
博多空港を出て借りたレンタカーに乗り込み、いざ出発。
旅立った後に逃亡生活に突入するというね。
亜麻布二十エレは上衣一着に値します。

目的地の秋月城跡をナビに入れると、到着予想時刻では工程が間に合いません。
宿泊予定のホテルは別府です。
どうしても行きたい摩崖仏は最終入場が16:30
元々の到着予定は17:30。間に合いません。
同行者と協議の末、昼食と秋月城跡と小石原道の駅は取りやめて、大分県は福沢諭吉記念館を目指すことにしました。
そのまま福岡を旅立ちます。九州随一の都市とは……。
花ちゃんのお父さんは車に乗る際には木刀をトランクに積んでいたなんて言うので、運転を始めるまでは震えていましたが、皆様落ち着いた運転でした。



福沢諭吉記念館。
「なんで福沢諭吉が唐揚げなんだよ!」と、記念館横の喫茶店でなごやんは憤慨しますが、立っている幟には「カレー食べ放題」
「なんでカレー食べ放題なんだよ!」

富貴寺から摩崖仏へ。
ごっこ遊び二人とも富貴寺の中に摩崖仏があるものだと勝手に思い込んでいたため混乱しましたが、原作でも富貴寺から車で移動をしてました。
何度読んでも読み違えや勝手読みはあるんでしょうね。どんな本でも。
さて、摩崖仏。ぜいぜい息を切らしながら石段をのぼるなごやんを笑って読んでいましたが(いくじなしやね、なごやんは)
途中から石段も荒れた急勾配で、ごっこ遊び二人もたじたじです。
なごやんの反応は正しかった。
幸いなことにヒルの急襲もなかったため、相方を置き去りにせずに済みました。



別府について一息。ここまでおよそ170kmです。
チェックインを済ませて竹瓦温泉へ。
実物を見てみると、建物やお風呂場の描写がとても正確です。
「地獄ばってん天国よ」と花ちゃんは言いますが、……あっっっつい!!
下町の銭湯より熱く、身体を浸けることができません。
他の入浴客が私たちに許可を取りつつ、ドバドバ水道を開きます。やっぱりみんな熱いんだ。
多少なりとも薄まったお湯に入ってみますが、少しでも動くとすぐに熱い水域に触れます。
危うくのぼせるところまで原作をなぞるところでした。






2日目
阿蘇山から宮崎へ辿りつけば工程は完了のため、今日は悠々です。気分だけは。道のりは悠々などではありません。
2時間かけて阿蘇山へ。
「うおお、これ全部阿蘇か」
 なごやんが声をあげた。阿蘇を見るとなんで「うおお」と言うのだろう。
なるほど。曇天ではあっても、「うおお」としか言えない絶景がありました。これが阿蘇かあ。



レストハウス草千里
「いきなり団子たい!」
「ばりうま!高級じゃなかばってん、懐かしい味のするっちゃんね」

疑っていたとかではないんですが、本当にありましたね。いきなり団子。なるほど、素朴な味だなーという印象です。

火口。こっちもこっちで壮観です。
阿蘇山大観峰とはまた少し毛色の違う、剝き出しの雄大さ。
隣にポルシェはいなかったため、当て逃げをせずに済みました。
代わりに駐車場の縁石に当ててしまったのか、「お前そのまま絶対動かすなよ」「ようそんなんで免許取れたなあ」などと大学生らしい男の子たちの会話が聞こえてきました。

ここまで順調に来ています。さあ原作通りホテルJALシティ宮崎へ。
離合なりを駆使しつつ鬱蒼とした山道を鬱屈と走るルートは流石に避け、国道10号をひたすら南下します。が。
長い。ひたすらに長い。これが陸の孤島宮崎か。
気を失うほどの長さに、ごっこ遊び二人は疲労困憊の末JALシティに辿り着きました。
ちなみに原作では追手をかわすため高速道路は使いません。そのため私たちもその縛りを設けることにしました。
ここまでおよそ300㎞の工程です。
それにしても、宮崎地鶏にチキン南蛮は絶品ですね。

3日目。
いよいよごっこ遊びの逃亡生活も最終日。ハイライトである知林ヶ島を目指します。
おかしいな、朝8時過ぎには出発し寄り道もほぼないはずなのに、着いたらもう5時間が経っています。
指宿の鰻温泉を泣く泣く諦めます。

知林ヶ島。
干潮時にのみ、狭い砂の道が現れて渡れる不思議な島です。
使い捨てカメラごと写真を撮ってくれる〈よかにせ〉(鹿児島弁のいい男)は現れませんでしたが、まだ道が出ていないにも関わらず海に突っ込んでいく男の子たちを「馬鹿なんですよ」と紹介するお姉さんは、近くにあるそうめん流しを勧めてくださいました。
よかにせの女性版はなんと表現するのでしょう。



長崎鼻。
最終目的地。ゴツゴツとした岩場とその先に広がる海を見ると、もうこの先にもう逃げる場所がないことをひしひしと感じられます。


「くそたわけ!」



最終日もおよそ300㎞の道のり。逃亡もここで幕ということで高速道路を解禁して帰ります。


 原作の解説で渡部直己さんは、知林ヶ島で香ったラベンダーのことを救いだと書いています。
花の香りのもとに「くっきり」と繋ぎ止められているのは、そうした自在さにほかならない。救いとはこのとき、自在でたえず軽快で不実なものの生動にむけて、何度でも「あたし」をあるいはわれわれを促す力の別称となるだろう。

 実際に逃亡をしてみて、ここの香りはラベンダーを探す約束もとい二人の関係性と逃亡を強制終了させる終わりの鐘なんじゃないかと思ったんですね。
逃亡が終わってしまって病院に連れ戻されても、ラベンダーが見つかっていなければ探そうよっていう約束は残る、つまり関係性も残るから。
だからこその「いつか極楽に帰ったがよかよ」なのではないかと思ったけど、続編が出ているらしいので、やっぱり自在な二人に訪れた不意の救いなのかなあって気もしてる。

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