3/5 片頭痛の合併症
頭痛で目が覚めた。目覚まし時計が近くにないが、自室の西側にある窓から日光が差し込んでいるので、寝惚け眼で今はお昼時だろうと推測する。
上体を起こそうと腹に力を入れると身体の節々が痛みだす。ピシ、ピシ、と唸る手足は関節の設計上曲がることはないと訴えてきているようだった。どういうことだ、起き上がれない。咄嗟に身体の方を見ようとしたが、そもそも首に下を向く機能が備わってなかった。
そういうことか。辰太(たつた)は理解する。
なんてことだ。今、自分の身体はカメムシのような昆虫に成り果ててしまっている。
思えば昨日の昼から異変はあった。些細な物音が耳に触れる度集中が途切れて、頭の奥で羽虫がぶらついて、神経質でいてうかうかしているような妙な心地だった。
肩幅がやけにでかくなったせいで、ベッドの縁に設けられた柵がその盾みたいになったそれで軋んでいる。白くシミのない天井を仰いで溜息をつく。ガサガサな声質から本当に変わってしまったのだと自覚する。
これで三回目だ。最初はハンミョウになっていて家族含め絶叫していたが、医者にかかると丸一日虫になってしまう奇病らしく、近年特に成人男性において発症ケースが増えてきている病気だといわれた。安静にしていれば問題ないと処方箋をもらって帰ることになった。
二回目は予測外のことで起床するとバカデカい角でベッド前の窓を突き破ってしまっていた。その時の家族の応対といえば酷かったものだ。母は異質の体型になった息子を責めて窓の弁償代を給料から差し引き、妹は『この大きさならムシキング全一wwwwwwwww』と勝手に写真を撮ってツイッターに掲載し、見事大バズりを果たしていた。二回目にそのような惨状があったため、今度再び虫になる可能性を鑑みてベッド周辺にスペースを作ったのだ。
しかし、今回はスペースの問題ではなさそうだった。辛うじて前足で毛布を捲るとむわりと異臭が押し寄せてくる。中はびしょ濡れだ。きっと自分の推理は当たっていて、今は足関節から酷い臭いの液体を放出しているのだろう。毛布を戻して、再び溜息をつく。枕元に置いておいたスマホに手を当てて画面を開く。幸い指紋認証は反応するため、無理な姿勢以外難なく操作することができた。まず母宛に『今日ご飯いらない』と打ち込み、次に妹に『扉を開けんなよ』と送る。施錠はしてあるが、念のために忠告しておいた方が吉だろう。しかし、今日が日曜日でよかった。平日に虫になっていたら、食事はおろか、会社に行くこともできないわけだから。
必要のないアプリをタスクキルしてから、これからどうしようか、と考える。一日中寝ていれば元の身体に戻れるが、寝てるだけなのもつまらない。というか元々趣味とか特にないから、つまらない日曜日なのはいつも通りかもしれなかった。あえて挙げるなら動画鑑賞くらいだろうけれど、今は頭痛に響く。
本能的に目下の光に目を向ける。ツイッターでも眺めていようか。ダークモードのホームを開いてタイムラインを目で追う。
以上。みんなこれ見て寝ろ。
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