【全年齢版】召喚カフェ②

 女クリーチャーが人間に擬態しながら現代日本で生きていく話。


 私は取り敢えずお店でゆっくりしてくれと言うことになっていた。
 とは言え、居心地が微妙に悪い……何と言うか、チャラチャラしている感じがするし、接客も軽薄にさえ思える。
 そもそも、魔族が人間相手に給仕だななんて、冷静に考えて屈辱的だ。
 それが魔王様ならば尚更だ。
 見ているこっちがムカムカしてくる。

 あの紗々と言う女も魔王様と仲良くしているようで余計に腹が立つ。
「あーん、怖い顔しちゃってぇ」
 タマキがやってきた。
「芹那ちゃんもここで働くんでしょ?」
 そう尋ねられてどう答えるべきか悩んだ。
「そ……その、こういう店はちょっと……」
 私の答えに「そっかぁ」と笑い、「まぁ"人間"それぞれだしねぇ」と付け加えた。

「私は!」
「私もだよ!」
 タマキは被せるように答えた。
「私さ、前の世界ではまぁ、なんて言うか悪いドラゴンでさ。
 私の前の世界のドラゴンってなんていうか、高慢で暴力的で、マジ碌でもない生き物でさ。
 それを殺したのがユイなんだよね」
「怒ってないの?」
「色々因縁があったからねぇ。
 最初に会ったのがユイが見習い騎士の頃でさ、エラい騎士様についてドラゴン退治に出掛けて、私が返り討ちした時さ、何となく見逃しちゃったんだよね。
 その後、師匠の復讐とか色々あって、何度も襲われて、何度も殺しかけて、でも運良かったり、仲間が強かったとか色々あって逃げ延びて、その度に強くなって行くから笑えたよ。
 そんでもってアイツが国一番の騎士にまでなっちゃったのよね。
 それで、国の命令で私を倒せって言う話になるじゃない?
 ユイが言うには気乗りしなかったらしいよ。なんとなくね。
 私もユイも割と感覚で生きてる生き物だから、何処となく気が合うところがあったんだよ。
 それで、ユイが命令受領して私殺しに行くじゃない? その時、いきなり政変が起きて、ユイが何と言うか陰謀に巻き込まれたんだよ。
 いやぁ、私とユイが殺し合いしてる所に、近衛騎士団の他の連中が雁首揃えてさ、ユイを後ろから討とうとするからさー。
 私なんかむかーって来ちゃって、それから何となく暫く共闘することになっちゃったんだよね。
 でもまぁ、私って札付きの悪い龍じゃない?
 政変が収ったところで、やっぱりユイへの命令が生きていて、私を殺すか自分が死ぬかってなっちゃってさ。
 アイツ、"自分が死ぬからお前は生きろ"だなんて言うじゃん。
 "馬鹿いうなよ! 殺し合って決めるに決まってるだろ!"ってガチギレしたら、じゃぁ戦おうってなる訳。
 どっちも死ぬこと覚悟してたけど、手を抜くのは失礼ってもんでしょ?
 そんな訳で、三日三晩戦い続けて、そして私が死んじゃったんだよ」
 タマキはそこまで言うと、「それで今、むっちゃ嫌いだよ!」とケタケタと笑った。
「ねぇ! ユイ!」
 タマキは大声で叫ぶと「タマキうるさい!」と叱られていた。

 ダメだこいつら、絶対に参考にならない!
 でも、そうなるとユイがここへ来た理由が分からない。
「それで……なんでユイが?」
「あの馬鹿、私が事切れるってところでさ、目の前で自刃しやがってさ!
 マジ馬鹿だよね!」
 とぎゃははと笑っている。
「だからうるさいって言ってるだろタマキ!」

 ユイが私の席にやってきた。
「タマキうるさいぞ!」
 ユイはタマキにのし掛かるようにして、タマキの横から顔を出した。
「また武勇伝語ってるの?」
「そりゃそうでしょう」
「ホントあんたって子は……」
 二人の距離がやたらと近いのだ。
「この子、調子に乗りやすいから、腹立つならすぐに言ってね」
「ユイだってこの前、キャスドリで調子載ってリステル一気飲みしたじゃん」
 ユイはタマキの頭をワシャワシャやりながら「元はと言えば、あんたが悪いんでしょ!」とじゃれついている。
 タマキは「きゃーやめてー!」と言いながら、奥へ引っ込んでいった。

「あぁ……なんかごめんね。あの子、あんな調子だからさ」
 ユイは笑いながら頭を下げてきた。
「あ……うん……」
 私は言葉に詰まった。
「お店のことで何か聞きたいことある?」
「その……魔王様とあの勇者……なんでこんなところにいるんですか?」
 私が尋ねると、「"こんなところ"とは失礼だねぇ」と笑い、そして訥々と語り始めた。

「オーナーがさ、街で彷徨ってたあの子を拾ってきたんだよね。
 まぁ私達も拾われた側だけどね。
 それで、あの子は必死で前の世界に戻りたいって願ったんだよね。
 私もタマキもまぁ、前の世界がそんなに好きじゃなかったクチだから、そこまで必死にならなくてもって言ってたんだけど、凄く責任感のある子だからね。
 そういうのが許せなかったのかも。
 だから、オーナーが色々とお世話しながら、なんとか感とか店に引っ張り込んだんだけど、最初はそりゃぁ酷かったよ。
 でもね、ある時オーナーが言うんだよ。
 "儂らのような生き物が生きているだけでも十分じゃろう"ってね。
 それで"ただ生きてるのには意味がない"って返すモノだから、戻れないなら引っ張り込むにはどうしたらいいか考えろって話になって、それからきちんと仕事をするようになったかな。
 このお店、結構実入りが多いから、少しばかり贅沢とか出来そうなのに、そういうの全然せずにお金貯めて召喚術研究して、触媒のなんか高い宝石よういしてさ。
 本当に必死だった。
 紗々が来たのに五年ぐらい掛かったかなぁ?
 来たときは驚いたと思うけどね、お店に紹介したとき、多分相当嬉しかったと思うよ。
 紗々の方もさ、自分が倒した相手が自分によくしてくれるなんて、そんなに落ち着ける話ではなかったと思うけど、それから一緒に暮らそうってやって仲良くやってるんだよ。
 二人にどういう話があったのか分からないけど、真生ちゃんは自分の運命を飲み込んで、自分の使命に気付いたんじゃないかな?
 ほら、あっちであんなに仲良くやってる」

 ユイが顔をやった方向では、謎の装置でエールを注いでいる勇者に、魔王様がちょっかいを出している。
 それで、そのエールを客に出すと、後ろから抱きついて身体を揺らしている。
 勇者はそれを嫌がる素振りも見せず、一緒に揺れていて、それから普通に簡単なダンスを踊った。
 客はそれを見て喜んで拍手している。

 踊り終えた二人が私の席にやってきた。
 勇者は少し気後れしているっぽいが、魔王様は「今の見た!?」と元気に聞いてくる。
「えっ! あっ! はい!」
 そして勇者を引っ張り込んで「この子、結構ヌケてるところあって可愛いんだよ!」と紹介する。
「そ……その紗々です。上手く言えないけどごめんなさい……」
 そう言うと、「なーに湿っぽいこと言ってるのぉ!? みんな元気に生きてるからよくない!?」と魔王様は勇者の頬を突いた。
「自分だってクソザコなところあるのに」
 勇者は可愛げのある顔で魔王様に突っ込むと、「そう言うこと言わないの!」と笑った。

 私はどういう顔をすればいいのか分からない。
 取り敢えず作り笑いをしてその場を凌いだ。

 陽は徐々に暮れていく。
 食い物もよく出て行くし、酒も茶よりも多く出るようになる。
 エールや葡萄酒、薬草酒のような見慣れたものから、なんだかよく分からない色の酒も出て行く。それを混ぜ合わせて出したり、文化の違いを感じる。
 出て行く料理もパンケーキは分かるが、よく分からない料理が多い。
 そもそも、魔族は手の込んだ料理と言うモノを作ることはあまりない。
 パンケーキなりパンなりを作るのが限界で、大抵は塩と香草で肉だの魚だのを食べる。
 下級魔族ともなれば、それもなくそのまま齧り付く。
 そんな風だから、食にこだわりのある魔族と言うのはそれほど多くなく、香草だって味付けよりもバフ強化の方が重視される。
 だが……この身体でこの香りは応える。
 腹が減ってしまった。

 そんな時に、魔王様がやって来る。
「はーい! キューバサンドと、ジンコークだよぉ」
 更に料理が載っていて、ガラスの容器に黒い液体が注がれていた。
 料理は何やらパンに肉だのなんだのが詰まっている。
 兎に角上手い匂いがしている。
「めしあがれー」
 魔王様が可愛い口調で勧めてくる。
 私は無言で齧り付いた。
 美味い! なんだこれは! 美味すぎるぞ!

 私がガツガツと食っている姿を魔王様はずっと眺めている。
「美味しい?」
「はっ! はい!」
「よかったぁ。それ、紗々が作ったんだよ!」
 そこで私の手が止まるかというとそうはならかった。
 パンからはみ出して溢れそうな肉を掬うように食い、歯ごたえのいいパンに齧り付く。酸味が絶妙なソースが口に広がり、甘辛く焼いた肉を咀嚼する感覚が気持ちいい。酢漬け野菜の風味が混ざって、絶品と言える料理になっている。
 必死で食ってしまい、そして飲み物に手を伸ばす。
 どす黒く発泡性のある謎の飲み物だ。酒臭さを感じるので、酒なのだろう。
 一口含むと、芳醇な香りと刺激、まろやかな甘み、鼻に抜ける刺激。
 美味い!
「もう、そんなに急がなくてもぉ」
 魔王様はニコニコしながら私の完食を待った。

「ここで働けば、まかないも出るよ?」
 その一言で、私はこの仕事をすることを決めた。

 客は満員。皆にこやかに酒を飲み、食事を楽しんでいる。
 店員は働き蜂のように駆け回り、そしてその合間にお客さんと喋っている。
 こんなことが私にできるのだろうか?

 そして、店じまいの時間だ。
 客を一人一人追い出していく。
 大抵の客は納得したように会計を済ませて出て行く。
 みんな片付けに精を出している。
 そして机を寄せるとか椅子を片付ける。

 私はどうしていいのかよく分からないでいる。
 邪魔にならないように店の隅に立っていた。
「これからが本番だよ!」

 一通り片付くと、魔王様やタマキ、オーナーが真の姿になる。
 真の姿と言っても、魔素の制限されたこの世界では、小さくか弱い姿だ。
 魔王様は身体は少女の大きさのままに、鹿の頭蓋骨のような頭部と岩のような鱗と棘、そして尻尾を表した。
「ふふーん、格好いいでしょう?」
 格好はいいけれど、チビなのでなんとも威厳はないし、声も人間の時と同じなので拍子抜けしてしまう。
「そ……その……恥ずかしくないですか?」
「何を言っている! コレが大ウケなんだぞ!」
 魔王様は胸を張った。

 タマキはドラゴンだ。
 身長は伸びたが、大人の男性ぐらいの大きさか。腹がぼてっとしていて、愛嬌のある顔をしている。
 何と言うか……可愛い。

 そしてオーナーは、九尾の狐の少女だ。
 顔から手足から全部毛皮に覆われている。
 胸がデカくて、妖艶な姿をしているのがなんだか癪に障る。

 勇者とユイは、魔法で出現させた甲冑を身につけている。
 尤も、見た目、魔法防御らしいモノが掛かってないので、何と言うかガワだけの偽物の甲冑である。

 アカリは一人、可愛い格好のままだった。

 皆が姿を解放している故、何となく魔力場が狂っている感じがする。
 少しクラっとする。
 否、この状態が普通の筈なのに、魔素のない空間故、変な気分にさせられるのだ。
 魔王様が「気分が悪いなら解放しちゃいなよ?」と言うので、お言葉に甘えることにする。
 あの二人がこのサイズなら私も似たようなモノか。

 自分にかけられていた容姿制御の魔法を解除する。
 それを全員が見つめていた。

「おぉ~」
 私も身長は人間の大人ぐらいか。
 緑色の表皮は外骨格だ。
 鏡を見せられて自分の真の姿がデフォルメされているのだなと気付いた。

「開店するよ~」
 アカリが店を開き、そして一人一人チェックしながら中に入れていく。

 ユイが教えてくれるには、会員制のお店らしい。
 基本的に顔見知りしかやってこない。
 一応お題目としては「着ぐるみクリーチャーカフェ」である。
 尤も、この姿を本当に着ぐるみだと信じている人間はあまりいない。
 真の姿を見ながら、その容姿を楽しみ、交流を楽しむ。

 そう言うお店なので、割と客との距離が近い。
 暇そうにしているお客さんを見つければ横に座って話をしたり、角を触らせたりする。
 と言うか、ムネのあるオーナーは結構際どいことまでしている。
 大丈夫かよ!?
 と思いつつ、私が客に引き寄せられる。

「新しい子なんだ?」
「は……はい……」
「昆虫モチーフで格好いいよ!」
「あっ、ありがとうございます……」
「少し触っていい?」
「あっ……そういうのは……」

 私が困っていると、勇者がやってきた。
「お前、嫌がってる子に手を出そうとしているな!?」
 やや芝居がかっていて、そして客の横につくと、「なんだ、最近来てなかったじゃん」と普通に話掛けていた。

 私はあの勇者になんとなく救われた。
 悔しいけど救われた。
 勇者は客と話しつつ、色々説明していく。
「いやぁ、手強い相手だったよ~」
 チェスの話ぐらいの気安さで、自分の武勇伝を語る。
 何処まで語っていいのだろうか?

「真生ちゃーん!」
 魔王様が客に呼ばれていると、「よせ! 今は魔王様だ!」とこれも芝居がかっていた。

 タマキはでっぷりした腹を触らせたり、太い尻尾に抱きつかせたり……
 何でもある店になっていた。

 そうして夜は更けていく。
 賑やかに、楽しげに。



えっちな完全版(有料&R18)はこちら
https://note.com/fakezarathustra/n/n9b3c098d4ea7

全年齢版とR18版の違い
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