初恋の人がロリババァで大家族だった③
ロリババァとドタバタな話を目指します。
※当記事、及び関連する私の著作物を転載した場合、1記事につき500万円を著作者であるFakeZarathustraに支払うと同意したものとします。
※本作品に於ける描写は、現実的な観点での法的な問題、衛生的な問題をフィクションとして描いており、実際にこれを真似る行為に私は推奨も許可も与えません。当然、その事態に対して責任も負いません。
※フィクションと現実の区別の出来ない人は、本作品に影響を受ける立場であっても、本作品の影響を考慮する立場に於いても、一切の閲覧を禁止します。
※挿絵はDALL·Eを用いています。
神社裏のマンションは、言わば縦長の豪邸という感じだろうか。
豪邸と言うには込み入った構造をしているが。
各家庭、マンションの一部屋のような一通りの設備を持っているし、風呂は個別で出来るのだが、「家族だし」の一言で、大抵は最上階の浴場に集約している。
眺めの良い大浴場とサウナがひとつあって、日ごとに時間割が決まっていて、上手く男女を切り換えている。それ以外の時間にどうしても入りたいなら、各居室の風呂に入れと言うわけである。
食事の後、数人の男性陣に「風呂に行くか!」と誘われた。
同じ釜の飯の次は裸の付き合いと言う訳か……
事務所やホール兼住宅は十一階建てで建屋の感じを見ると、築二十年というところか。
四階から上が住居スペースで、共用スペースや子供部屋、各家庭の部屋が十五世帯分。最上階に展望風呂と言う訳だ。
勿論、展望と言っても正面は普通に大通で正面にもビルがある。胸から下は曇りガラスになっていて、街の明りが薄らぼんやり映し出されている。
お湯は割と温めで、"年寄りもいるから"と年配の男性――家系図的に義理の息子だが――が笑った。
風呂に浸かりながら、自分はなんでここにいるのだろうと自問した。
どことなく旅館に泊っているような気分だ。
なんだか落ち着けるような落ち着けないような不思議な感覚だ。
「騒がしくて済みませんね」
文哉さんが笑った。
「これからここが貴方の家なのですから」
何かと気遣いの出来る大人だ。あの二柱の神様よりも。
それからさっきの年配の人を含めて、こぞってサウナに入っていく。
「去年、念願叶ってストーブを買い換えたんですよ!」
どいつもこいつもテンションが高い。
サウナストーブ……サウナの熱源だけれど、ここのサウナは本格的で、ガス式の対流式サウナという。要するに、石を熱してそこに水をぶっかけて蒸気を発生させるタイプのサウナだ。温度計は摂氏九十度を超えた辺りを指している。
静かな音で環境音楽が鳴っていて、あとは静かな環境である。
色々話をしているのだけど、あの副社長を含め、あちこちの会社の社長や役員をやっている人ばかりだ。
ソノ様にしてもカナエちゃんにしても、この人達が言うには"無駄に長く生きているから"、様々な地所やら株やらを持っている。
別段あの二柱は上手く経営しようとかいう発想がないので――それで商売繁盛の女神を名乗っているのだからおかしな話だが――こうして、自分たちが会社存続のために頑張らないといけないのだった。
僕が「そんなことを言って良いんですか?」と言うと、「家族なんだから無礼講だよ」と逆に笑われてしまった。
「あの神様なりに人を見ているのでしょうけどね」
そう言われると、急に僕の立場が恐ろしくなる。
「まぁ慣れですよ」
「よく商いは飽きないって言うでしょう?」
戦慄している僕を察して、周囲の大人が場を和ましてくれる。
恥ずかしくて身体が熱いのか、純粋に熱いのかよく分からない。
何処となくのぼせそうな雰囲気を感じる。
じゃぁ外に出ようかなと言うタイミングで、副社長と文哉さんが席を立った。
「僕も出ます」
サウナ室を出ると、二人は真っ先に水風呂に言って、冷水を浴びた。
明らかに水道水よりも冷たいその水を見て「気持ちいいですよ!」と誘われる。
水風呂は何度も目にしているが、「そんな恐ろしいものよく出来るな」と毎回思っていた。
「大丈夫、大丈夫、ソノ様とカナエ様の加護があるんですよ?」
こんな誘われ方をして無視する訳にも行かない。
心の中で叫びながら冷水を頭から被った。
と、既に二人は水風呂の中に浸かっている。
マジかよ……と思いつつも、なんとなく仄かに身体の温かさを感じる。
なんだこれは。
僕は恐る恐る水の中に入り、気合いを入れて肩まで漬かる。
二人はそんな僕を笑いながら眺めている。
水は当然冷たいのだけど、しかし体表に温かさの膜があるような気がする。
じわじわと温かいそれが少しずつ剥がれて行くが、芯の熱は残る。
「じゃぁ、外行きましょう!」
サウナ室、水風呂から屋上へ続く階段と言う完璧な動線が用意されている。
階段を上がり、外に出ると、周囲を壁に囲まれた空間に出る。
そこに五つのインフィニティチェアと、ベンチが二つ用意されていた。
脇の小さなプレハブ倉庫の中には、冷蔵庫が入っている。
「自由に飲んでいいから……あ、でもあの緑のは飲み過ぎると恨まれるよ」
冷蔵庫の中にはよく見掛ける四社分のビールと、緑色の缶のクラフトビール、コークハイ、レモンチューハイ、瓶入りのカクテルと弱めのお酒、普通のコーラとオレンジジュース、ミネラルウォーターがある。
下段の冷凍室には氷とウォッカ、氷菓子とアイスクリームが詰まっている。
横に目を移せばロックグラスとショットグラス、各種酒瓶が見える。
「そこに置いたら、誰に呑まれても文句を言わない約束だから、好きなのを飲むといい。余裕があれば、好きなのを置いてもいいしね」
なんだかんだと、問題の緑色の缶のビールを手にした。
二人も同じものを手に取り、そして乾杯する。
夕食の時もなんだかんだで乾杯してたし、どんだけ乾杯が好きな家族なんだ……
何はともあれ、口を付ける。
さすがオススメされるだけあって美味いビールだ。
香り高くて味が丸い。高い度数を感じさせないいいお酒だ。
ビールのイメージが有名メーカー止まりの人にはショッキングだろうし、ビールが苦手な人には認識が変わるだろう。そして僕みたいに小賢しい知識を持っている酒飲みにとっては、最高の一杯になるビールだった。
夏の夜風を浴びながら、全裸で寝っ転がっている。
遠い雑踏、ビルの合間を抜ける風音、そらに星は見えないが、ビルの合間に満月が見えた。
「良い月だなぁ」
男三人がただただ火照った肌の余韻を楽しんでいる。
「神に仕えるのも悪くないでしょう?」
「幾ら何でも強欲じゃないですかね?」
「良いじゃないですか、商売の神様ですし」
この人々は、そう言う言い訳でなんでもかんでもポジティブにしてしまうんだなと思った。
そして、恐らく、このポジティブさの為に、皆、自分をいい人として意識しているのだろう。
それからサウナと水風呂と外気浴をもうあと二セット行った。
外気浴をしながら、マッカランのロックを飲んだり、缶のコークハイを呑んだりと随分気分が良くなる。
サウナの熱と水風呂の冷たさが、外気浴を通して層を織りなしているように感じた。
その度、様々な人と話をした。
家族のこと、神の系譜を残す使命などなど。
特性のある人間しか神の子を残すことは出来ず、特性の強い者しか後継者を産めない。
中之条家の歴史は、やんごとなき理由で表立って語られないが、"恐らく二千年を超えている"と言っていた。
尤も、その辺の話になってくるとあれやこれや面倒臭い事情が出てくる。
日本の歴史の理解が、こんなにいい加減な神様の一言で右往左往して良い筈がないのだ。
「まぁ、神の子と言えども、カナエ様以外は普通の人間ですよ。何か面白い魔法でも使えたら良かったんですけどね」
文哉さんが笑った。
それからスーパー銭湯の寛ぎスペースのような部屋に行く。
子供が宿題をしていたり、映画を見ながら酒を飲んだり、麻雀や将棋なんかもやっている。
大人と子供が入り交じり、子供の勉強を見てやったり、明日何処へ行くかとか、そんな話をしていたり。
賑やかな空間だ。
仰々しさや厳しさなんてものが一切ない、とても穏やかな環境だった。
こんなところで育った人達なのだから、確かに穏やかなのだろう。
「それで明日ですけど」
二十代ぐらいの男性が声を掛けてきた。
義理の孫で、大学を出てから会社の寮に入っているらしい。
明日の運転手として呼ばれたのだ。
僕の叔父への挨拶は、僕、カナエちゃん、文哉さんと彼の四人で行くのだ。
何人かの子供が「いいなぁ」と迫ってきた。
「何にもないところだから退屈だよ」と言うと、「でも行きたい!」とはしゃいでいた。
それを他の大人が窘めていて、特段イレギュラーなことは起こらないだろう。
改めてお願いして、そしてお礼と行ってはなんだけど、ありもので適当なおつまみを作って、一緒に呑んだ。
実に好青年という感じで、はきはきとしていて、人に好かれやすいんだろうなと思った。
カナエちゃんもやってきて、いつの間にか酒盛りになっていた。
「隼斗くんが作ってくれた、コンビーフのマヨネーズ和えってポテチに付けるとヤバイねぇ」
ほぼ脂と糖質で出来ている。
作り方はコンビーフをレンチンして温め、同容量のマヨネーズと和え、胡椒を想定の三倍振るだけだ。
これを堅あげポテトで掬って食べると、完璧にデブの食べ物になる。
酒盛りが始まると、次々に頭の悪いおつまみが出てくる。
"生"青椒肉絲、塩昆布クリームチーズ、ツナ缶タルタルソース……雑で旨い、そして酔っ払っていても作れる無茶苦茶な料理以下の料理だ。
だが、旨いのだから仕方ない。
そこにぬか漬けとかめざしや烏賊を炙ったのとかが混ざっている。
ヤバイ……楽しい。
「隼斗くんが楽しそう!」
カナエちゃんが抱きついてきた。
「酔っ払ってませんか?」
僕が尋ねると、「だったら持ち帰って貰おうかな?」と媚びたような顔をして笑った。
僕が何を言おうか迷っていると、「でも今日はハズレの日だからだめー」と大笑いした。
「なんですか? それ」
「人間だってアタリハズレの日があるでしょ?」
何をアタリとするかは人それぞれだろうが、まぁそれもそうか。
「神様も神様なりに大変なんだよ。
人には言えない苦労もあってだねぇ」
得々と説明しようとする姿を見て、ついつい笑ってしまった。
「笑い事じゃないよ!」
むくれるカナエちゃんは「ご褒美が欲しい」と強請ってきた。
僕はどうしようもなく、ほっぺたにキスをした。
一瞬の事だけど、周囲はめざとかった。
「おー! やるねぇ!」
と大笑いの中、カナエちゃんは顔を真っ赤にして「ばかぁ!」と言って、ぽこぽこと叩いてきた。
「記念すべき、初の夫婦げんかだねぇ」
風流なものを見ているように納得している。
その中には、当然のようにソノ様もいた。
酒盛りは流れで解散して、各々で手分けをして片付けをした。
その場で寝てしまった人には布団を。それ以外の人は、自分の寝室へと帰っていった。
そう言えば、カナエちゃんとの布団は、当然のように一つだった。
隣で寝る事になる。
今まで行き当たりばったりで寝ていたが、意識がある中で一緒に寝るのは初めてだった。
「隼斗くん……人がいないから……もう一度して?」
おねだりの顔は可愛くて、どうしようもなく抱きしめたくなった。
自分はロリコンなんかじゃないぞと言う気持ちと、でも彼女は別物だろうと言う気持ちがせめぎ合っていた。
「ね? お願い?」
カナエちゃんの方が抱きついてきた。
どうしたものだろうか。
僕はしゃがみ込むと、彼女の肩を掴んだ。
「本当にいいの?」
「神様が選んだんだから素直に喜びなさい」
それから暫く唇を重ね、そして静かに離れた。
「少しは好きになってくれたかな?」
カネエちゃんが、頬を赤らめながら笑った。
「努力するよ」
「どりょくぅ?」
カナエちゃんが迫ってきた。
「妹みたいに可愛く思うのと、自分の子供を作りたくなるのとは違うじゃないかな?」
カナエちゃんはむすっとして、「人間って大抵そうだよね?」と言うと、「でもそう言う人の方が好き」と笑った。
布団に潜り込むとカナエちゃんがくっついてきた。
「こうしていてもいい?」
「あ、あぁ……」
「嬉しい」
夜は静かに過ぎていく。
幸福だ。幸福なのだろう。
でも本当の幸福なのだろうか? 本当の幸福とはなんだろう?
夢の中でとりとめのない思考が巡りに巡る。
後もう少しで何か答えが掴めそうなときに目覚め、そしてその最後の感覚だけを記憶に残して目を醒ますのだ。
翌朝早めに出発する。
近くに朝早くからやっている喫茶店がある。
朝食をそこで済ませて、車に乗り込んで出発だ。
車の中では自分の生い立ちの事とか、実家との関係とか、子供の頃の思い出とか、自分の話をしていった。
ただ、同情らしいことを言う事もないし、財力だ権力だで復讐してくれるだなんて話もない。淡々と聞くだけだ。
文哉さんは「まぁ大変だったけど、これからはいい事ばかりだから」と静かに笑ったし、「なにせ神様に見初められたんですから」と運転の若者も答えた。
そして、横のカナエちゃんは「私が幸せにするんだから覚悟してよね」と頬を突いてきた。
高速道路を走り、山奥のICで下りて一山越えると、僕の懐かしい村へと到着する。
一応、鉄道は走っているし、村役場のある土地ではあるが、実家の方はそこから少しばかり山に入ったところだ。
叔父は村の中心地近くに居を構えていて、突然のことなのに苦にもせず笑顔で迎えてくれた。
「結婚とは目出度いな! それでお前の嫁さんって誰だ?」
と、言う所で僕の後ろからカナエちゃんが顔を出した。
叔父は何かを察して、奥へと通した。
特に何に触れる事もなく卓を囲む。
取り敢えず、叔父と叔母を文哉さんと運転の若者、そしてカナエちゃんに紹介し、二人にはこちら側三人を紹介した。
叔父は「年下が好みだと思ってたけど、年上と結婚するとはな」と呟いた。
「隼斗、お前……お前が思っている以上に大変な事だぞ」
叔父は静かに語りかける。
文哉さんは「お分かりになりますか」と尋ね、叔父は「昔、少しばかり縁があってね」とぶっきらぼうに答えた。
「昔のことはいいじゃない?」
叔母が話の切っ掛けを探していた。
叔父は「あぁ」と難しそうな顔で答えると、カナエちゃんに向き直した。
「隼斗のことをどうかよろしくお願いします。
あなた様ならば何もかも分かっておいででしょうし」
と伝え、「式場はどこだ?」と尋ねてきた。
それからは結婚とか、神様のことを抜きにして、地元の話をあれこれする。
近頃めっきり人が減ったとか、特産品のあれを買った方がいい、これはいい土産になるとか言う話。
そんな話をしながら歩いて少し行ったところにあるお寺へとやってきた。
叔父は先に言って住職に話を付けてきたらしい。
「カナエ様、こちらは大丈夫です」
カナエちゃんは「昔はそういうのもなかったのに」と呟きながら、お墓の方へと歩いて行く。
手入れの行き届いた先祖代々の墓がある。
「俺と、お前の兄貴がいなくなったらこの墓は誰も手入れしなくなるだろうな」
叔父は淋しそうにつぶやき、「まぁ、その頃には、もうここもお前とは無関係だろう。気にする事はない」と続け、そして花を手向け、線香を焚き、そして手を合わせた。
静かな時間だった。
ガキの頃の様々な記憶が甦る。
あぁ、両親はいい両親だったなぁ。
カナエちゃんはそんな僕を泣きそうな顔で見つめる。
「大丈夫。大丈夫だから」
僕は作り笑顔を作った。そして、彼女の頬を手で包み、「ありがとう」と伝えた。
小さな帰省はこれで終わった。
その日の夜は、持ち帰ったつまみでまた酒盛りになったのだけれど。
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