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変身⑤(終)
目覚めたらケモ耳少女になっていた男性の話。
※当記事、及び関連する私の著作物を転載した場合、1記事につき500万円を著作者であるFakeZarathustraに支払うと同意したものとします。
※本作品に於ける描写は、現実的な観点での法的な問題、衛生的な問題をフィクションとして描いており、実際にこれを真似る行為に私は推奨も許可も与えません。当然、その事態に対して責任も負いません。
※フィクションと現実の区別の出来ない人は、本作品に影響を受ける立場であっても、本作品の影響を考慮する立場に於いても、一切の閲覧を禁止します。
※挿絵はDALL·Eを用いています。
それから少しずつ、本当に少しずつ状況は良くなっていく。
内職の件だって、山県さんが注力して元に戻ったし、収入面での支援も受けられる。
市は商店街一帯をオルタス問題重点特区にした。
条例にしても、特区の件にしても、全て全国に先駆けて行った。
重点特区といっても、特に普段と変わらない。
自警団の役目にお墨付きが与えられて、オルタス差別に対するトラブル対応に対して、市と県警が法的な後ろ盾になると言うことだった。
オルタス入店に積極的なお店は"全ての人に差別的ではない店"という称号(フレンドリー小売業認定)が与えられる。
正確に言えば、プラスアルファ車椅子がどうとか、筆談が出来るとか、小さな子供が泣き始めても追い出されないとか、そういう条項も加わっての認定ではあるけれど。
なので、随分と街も歩きやすくなったし、出入り出来るお店も増えた。
近くの小さなお店では、お酒を飲んでもいいと言われる。嬉しい限りだ。
こんな形で、みんなと祝杯を挙げられるとは思わなかった。
そういうこともあって、市はオルタスにフレンドリーな街とされることになった。
それを"理解"したのだろう。国は自治体から「なんとかして欲しい」と言われていたグループホームを移転させる計画を打ち出した。
その中には"発症者の人権に憂慮する市民"が暴れ回っていた、例の区も含まれていた。
勿論、それでもなお差別は存在する。
だけど、移転してきたオルタスにとっては天国のような街だという。
街の地価はずっと値上がりしていたし、市営の施設の更新時に、高い地方交付金を支払ったと言う。
十五階建てのマンションおよび複合施設が建設され、途中の階に幾つかのグループホームを分割して設置できるようにした。
このことから分かるけれど、国としてはオルタスを集中管理したいらしい。
ここに来ても、オルタスと言う言葉だって全国区ではないし、条例を指して「あの街には流石に観光に行けないわ」と堂々と言う人もいる。
ただ、私達が実感しているのは、この街の中でささくれ立っていた何かが、少しずつこそぎ落とされている感じだ。
勿論、それはオルタスサイドの感想に過ぎないけれど、でもトラブルが明確に減っているのは確かなことだ。
オルタスが集まるとなると、それで商売を始めたらどうだろうか? と言う話が出てくる。
それは山県さんも温めていた構想の一つだ。
オルタスが運営する飲食店をやろうと言う構想を打ち明けられる。
山県さんが言うには、オルタスは総じて料理が上手らしい。
それは自炊以外の方法でご飯を食べられないと言うのが原因ではあるけれど、長い間そういう生活をして、そして時間に余裕があるとなれば、料理に凝り出すのは確かなことだ。
それは私達の"お弁当"が立証したことでもあるし、他のグループホームでもアテンドをしたボランティアさん達が口を揃えて美味しいと言っていたことがことが根っこにある。
ボランティアの半分は山県さんの会社の従業員であり、食のプロである。
そういう人たちが認めるのだから確かなことなのだろう。
市は国に先んじて事業支援策を制定した。
勿論、この辺は国のやり方に不満を抱いていた製薬会社やシンクタンクの懐柔も理由の一つではある。
市は秘密裏に国からオルタスを遠ざける計画を持っている。
そうすれば、製薬会社の事業所を市内に誘致することさえ可能性として見えてくるからだ。
全てはお金の為と言う側面はあるけれど、それでも国のやり方よりもずっと温情がある。
国の制度で年金が絞られる問題に対しては、お店の利益を市の開設した基金に移し、それをオルタスの為に使うと言う方法で解決した。
そして、無利子で当面の運営費とお店の設置費用を貸してくれる――製薬会社の支援ではあるけれど。
この街に移ってきたオルタスの中で、一緒に働きたい人を募ってお店を始める準備を始める。
お店のデザイン、制服のデザイン、料理のジャンル。
いろいろと考えていく。
各地からオルタスが集まって来ているので、日替わりで地方の料理を取り入れようと言う話になる。そういう定食屋さんだ。
服は割烹着をデザインに入れたフリフリのメイド服になっていて、これが本当に可愛い。
私だって可愛くなっていいんだと思った。
準備は整っていく。
同じ苦しみを味わった仲だ、他のグループホームのオルタスとも交流が出来てくる。
楽しい。
人生が楽しく感じる。
それからは様々な苦労はある。
お店に対する嫌がらせは日常茶飯事だった。
お店で難癖を付ける客はちょこちょこいる。
犬の毛をわざと混ぜた客がいたけれど、その時の出勤してる子と毛色が違うことを指摘されて暴れたなんてこともある。
事実無根のレビューを付ける人や、大声で嫌な会話をする人もいた。
市が法的措置と言うバックアップをしてくれて、そういうものは減っていった。
常連さんが叱ってくれることもある。
オルタスは集まってくるし、お店の成功を見て、一緒に働きたい人が次々に出てくる。
オルタスの定食屋さんは、商店街を中心に少しずつ増えていく。
定食屋さんは好評だ。
店によって雰囲気や傾向が違う。
「○○店は夜、ビールと一緒にいきたい」「××店はヘルシーで女性向け」「△△店はカウンターの店でいろいろ雑談できる」
そんな風にして、店の特色が生きている。
近頃は「オルタスが可愛すぎる」と言う理由で通ってくれるお客さんもいる。
一昔前ならばロリコンの誹りを受けただろう。
そういうところも一つの変化だ。
全ては順調だ。
悪いことは――悪いことは悪いことと認識できる程度に、常識が戻ってきた。それは歓迎するべきことだ。
それは悪いことではない筈だ。
最近の私達は、豊かさを実感している。
外に出る機会もずっと増えたし、入れるお店はどんどん増えていく。
オルタス同士の交流イベントも行ったり、オルタスがこつこつ作った工芸品やレース、小物なんかも買って貰えるようになった。
手慰みだって無駄じゃなかった。
そして、お互いにいろんなことを教え合って、ずっとずっと人生が充実していく。
もはやオルタスになったことが人生のいい意味での転機とさえ言える。
これは何も自分たちの力で手に入れたことではない。
様々な人が支えてくれた。
自分たちなんて誰も顧みないと思っていたけれど、いつかどこかで出会えるのだ。
そして、その時は奮起して、自分自身で立ち上がる必要がある。
そういうのは全て偶然だし、全ては運に左右される。
だけど立ち上がったのは自分だ。
私達だって出逢ったのが山県さんだったから救われた。
それが売春斡旋業者だった可能性もあるし、海外の研究者かもしれない。
そうだった場合の未来は……語るのはやめておこう。
敢えて私達のグループホームに入りたい子も出てきた。
今や新たに生まれたオルタスは――この街を常に目指すのだから。
努力が全てではない。
努力が常に実ることはない。
だけれど、自分が不遇であるなら余計に努力する以外の道はない。
人生の近道や裏技を探したって、人間としての正しさや、そもそもまっとうな稼業すら捨ててしまうことになる。
それが賢い生き方だなんてことはない。
どれほど努力が裏切られようと、努力以外に何の道があるだろうか?
人間万事、努力だけで生きることは出来ないけれど、それを拡大解釈して馬鹿にして、人生は産まれた瞬間に決まっているとか、悪い方法を使わないと人並み程度の暮らしも出来ないとか。
そんな生き方が立派だと思うのだろうか? 格好いい生き方、幸福な生き方は人それぞれだけれど、それは本当に最初に望んでいた人生だろうか?
人は望みのままに人生を歩むことは出来ない。
それは私も同じだし、むしろそんなことの方が普通だ。
でも、それでも外してはいけない道はあるのだと思っている。
上手く言えないけれど、それは多分、自己憐憫で自分の人生を誤魔化したり、"発症者"をいじめることで自己肯定することだったり、そういう"嘘"にあるのだと思っている。
今の生活には真実がある。
仲間が喜び、お客さんが笑い、笑顔で助けてくれる人がいる。
そういう真実に感謝して生きていく。
世界の真実、人生の真実なんて大体こんなものだ。
あっと驚く結末なんてない。
そして、自分が世界的な主人公にもならない。
だけれど、自分が人の人生の中のちょっとしたモブであると同時に、自分は自分の人生の主人公なのだ。
物語の主人公はいつだって思うとおりにならないものだ。
でも、その中で僅かばかりの幸福に手を伸ばす。
それが人生の尊さだ。
世界に裏切られ、社会に圧迫される人たちが世の中には沢山いる。
そういう人たちでも、手を伸ばし続ければ、遠からず救済される。
マスコミは何でも悪いニュースを過剰に取り上げ、人々の悪感情を焚き付けてお金にする人々もいる。
そんな悪魔に自分の未来を投影してはいけない。
交通事故死も凶悪犯罪の件数も減っている。
世界の貧困は過去二十年で半減している。
様々な病気が克服され、人々が生きていく道とその自由度は増している。
最善の未来が手に入るとは限らないけれど、その可能性がある限り手を伸ばそう。
オルタス差別のない世界は、遠い遠い先の未来だろう。
私達は今のところ死なないのが分かっている。
だから、そんな私達の声が、どれほど届くか分からない。
でも、絶望に打ちひしがれずに、ただただ笑顔を作ることで生きてきた。
笑おう。
世界は終わらないし、絶望に陥らない。
だからお願い。
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