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初恋の人がロリババァで大家族だった②

 ロリババァとドタバタな話を目指します。

※当記事、及び関連する私の著作物を転載した場合、1記事につき500万円を著作者であるFakeZarathustraに支払うと同意したものとします。

※本作品に於ける描写は、現実的な観点での法的な問題、衛生的な問題をフィクションとして描いており、実際にこれを真似る行為に私は推奨も許可も与えません。当然、その事態に対して責任も負いません。

※フィクションと現実の区別の出来ない人は、本作品に影響を受ける立場であっても、本作品の影響を考慮する立場に於いても、一切の閲覧を禁止します。

※挿絵はDALL·Eを用いています。


 それにしても……なんで彼女は僕を選んだのだろう?
 彼女に尋ねると、「そういうことをあけすけに聞かないで!」と叱られてしまった。
 文哉さんが言うには、「人間には見えない評価軸があるみたいですよ」と微笑んでいた。
 そういうものだろうか?

 中之条家の人々は、ヒナタちゃんを除けば皆、丁寧な言葉で歓迎してくれた。
 上品な人達だが、決して嫌味やお高い感じはしなかった。
 身なりはいいが、要は機嫌の良いおっちゃんおばさんと言う雰囲気なのだ。
 誰も彼も酒が好きで、あちらこちらで酒盛りをやっている。

 あちらではウィスキー、あちらではラム、そしてこちらではウォッカ。
 酷いちゃんぽんだなと思いつつ、カナエちゃんにお酒に誘われる。
 カナエちゃん行きつけのお店が屋台を出していた。
「カナエちゃん、而今あるよ!」
 大将は彼女の顔を見るなり声を掛けてきた。
「じゃぁそれとツブ貝(の煮付け)、どて(煮)、鮎(の甘露煮)頂戴!」
 カナエちゃんが元気よく頼むと、大皿から取り分けられたおつまみを手渡される。
 日本酒がコップに割とたっぷり注がれて、こんな高い酒をこんなに雑に飲んだら叱られそうだなと思った。

 席について話を始めると、こんな僕でも意外に話題が続いた。
 勿論、カナエちゃんがあれこれ気を使ってくれたおかげなのは間違いないのだけど。

 割と趣味のない僕でも世間並みの話題は持っているし、一応の社会経験はしてきている。
 一方、カナエちゃんはこんな身なりでも、最近の流行りから大昔の流行りまで何でも覚えていた。
 その話が面白くて、ついつい聞き入ってしまう。
「隼斗くんも何か面白い話ししてよ」
 そんなことを言われて、何かあったかと思ってしまう。

 僕は割と山奥の村の出身だから、コンビニに行ったのは高校生の頃が初めてだったなんて話をした。
 その時のお店は、当時地元向けのチェーン店で、今日日のコンビニのような華やかさはなかったけど、それでも田舎暮らしの僕には文明的な場所だった。
 友達と駄弁っていたのもいい思い出だし、不良に絡まれた思い出もある。
「まぁ田舎だったからね」

 カナエちゃんはそんな話を興味津々に聞いてくれる。
 カナエちゃんは神社のことがあるから、あまり遠くへ出かけることはないらしい。
 今まで何度も結婚と出産をしてきたし、戦後辺りから新婚旅行も行くようになったけれど、それでも行くところと言えば、範囲が限られていた。
 一番遠いのは、寝台列車で行った九州ぐらいだと言う。
 僕も割と出不精というか、旅行慣れしていないので、そんなに遠くへいかない。
 そんな話をすると、「新婚旅行楽しみだね」と眩しい笑顔で笑ってくれた。

 お酒も肴も美味しくて、ついついお代わりしてしまった。
 気分は上々だった。
 カナエちゃんがお酒を飲んで、少し顔を赤らめるのが堪らなく可愛く思える。
「ずっといっしょだよ?」
 カナエちゃんは潤んだ目で見つめてきた。
「あぁ。長生きするように努力するよ」

 祭りは盛り上がり、そして今日も鏡開きをやるという。
 親類に連れられて会場に行き、「新しい婿殿を讃えて」とまで音頭を取られてしまった。
 僕も不思議と悪い気持ちはしなかった。

 境内は大賑わいで、カナエちゃんは「こういう雰囲気が好きなんだ」と、枡を両手に持ちながら、恥ずかしそうに飲んでいた。

「婿殿は飲んでますか? さぁさぁ!」
 ソノ様も顔を赤くしながら枡をくいっと飲み干した。
「お陰様で」
 僕が笑うと、「ほら酒を持ってきて!」と他の親族に声をかけ、なみなみと注がれた枡がやってきた。
「元気な跡継ぎの前祝いだ! 乾杯!」
 と、二人して一気飲みした。
「ほぉ、いい飲みっぷりだねぇ。気に入った!」
 そう言って、更にもう一杯、更にもう一杯と盃が重ねられた。

 先にダウンしたのは……ソノ様の方なのだが、カナエちゃんも付き合っていたから、割とグロッキーになっていた。
 まぁ僕も意識が曖昧なのだけど。

 ソノ様は旦那さんが抱えていったし、ぐでぐでになったカナエちゃんは僕に抱きついて、「部屋まで行きましょう?」と、色っぽい目つきで訴えかけてきた。

 なんだかマズい気がしたが、しかし周囲の人間の視線が一気に変わった気がする。
 彼女を放ってはいけないだろう。

 僕は軽い彼女の身体を抱きかかえ、今朝の部屋まで戻っていく。
 部屋につくと水を飲まし、落ち着かせようとしたのだけど、カナエちゃんは僕のシャツの裾をひっぱって、「一緒に寝ようよ」と誘ってきた。

 僕は「いやいや」と必死に断ると、「だって法的にはもう夫婦なんだし」と言われる。
「でも、カナエちゃんってさ……」
 僕が言い出しにくいことを言おうとすると、カナエちゃんは「なに? この身体じゃダメなの?」とヒートアップした。
「そういうことじゃなくて!」
「でも、そういうことでしょう?」
 確かに図星ではあるけど、別段僕に、このくらいの女の子に発情する趣味はない。
 あぁヒナタちゃんが自覚しろと言ったのはこういうことなのだなと思った。

 押し問答をしていると、今度は泣き出してしまう。
 自分の体はこの姿から変えられないのだと。
 髪の毛も伸びることはなく、切れば元の長さに戻ってしまう。どれほど飲んでも、どれほど食べても成長できない。
 成長して老いていく身体が羨ましいと。

 そんなふうに泣かれてしまうと、僕は何も言えなくなってしまう。
「兎に角落ち着いて!」
 僕はもう一度彼女にお水を飲ませて、自分もお水を飲んだ。
 ふと息をつくと、彼女は勝手に眠っていた。

 僕はとりあえずシャワーを浴び、着替えて、そして再び境内に戻った。
 親族一同は「あぁ……」と残念そうにしている。
 何なんだよ、この人たちは……

 そうしていると、ソノ様の旦那さんも戻ってきた。
 彼は僕の表情を察して、「まぁ慣れが必要ですから」と笑った。

 シラフには戻ってないが、完全に落ち着いた僕は、文哉さんに今日は一旦部屋に戻ると伝えた。
「今週は忙しくなりますよ」
 文哉さんはニヤリと笑った。

 翌日、僕は随分と久しぶりに自分の部屋に戻った気がした。
 すると、自分のスマホに大量の着信とメッセージが入っていた。
 電源が切れていたので気づかなかった。
 スマホを充電しつつ、メッセージを読んでいると、カナエちゃんからの恨み節ばかりだった。
 アドレス教えた筈ないのにな……

 兎に角、出勤はしなくちゃだし、仕事があるからそれが終わったら神社に行くと伝えた。

 さて、会社に着いたら大事になっていた、すぐに役員に呼び出されて、いつからそんな関係だったんだと褒められた。
 褒めると言うにはやや圧が強いが、好意的な単語が並べられた。
 ヒラでは格好がつかないとばかりに、取締役に任命される。

 辞令はその日のうちに出て、僕は特に会社に役目のない役員となった。
 触らぬ神に祟りなしとばかりに、少し離れた席を用意される。好きな時に出社すればいいし、好きに退社すればいい。常識的な範囲で経費も落ちる。
 一昨日挨拶した総務課の女性は、いつになく丁寧だった。

 嫌味な先輩や面倒臭い上司も、あっという間に手のひらを返した。
 向こうも顔を合わせにくそうにしているので、簡単な挨拶と、事務所のデスクの片付けをした。
 引き継ぎで必要なことは、困ったらメールすると言うそうなので、他にすることもない。
 カナエちゃんから「すぐに会いたい」と来たので、すぐに戻るつもりで離席した。

 神社まで急ぐと、「遅い!」と怒られた。
 ソノ様も出てきて、「婿殿は妻帯者として自覚を持ってください」とお小言を貰った。

 昨晩のことを散々に言われて、「正体失った女性に乱暴する趣味はないから」と言うと、「じゃぁ、今から!」と酷い有り様だった。
「今まだ仕事中だし」
 ギリギリで躱すが、「婿殿はカナエが好きではないのか?」とソノ様にまで詰められる。
 そんな時に助け舟と言えるのかどうか、ヒナタちゃんの「日が高いうちからそんな話をするな!」の一喝に、全員は動きを止めた。

「カナエちゃんは好きだけど、そういう視線を向けられない」
 僕が正直に言うと、「じゃぁ、その気になるまで頑張る!」と大きな声で宣言した。
 遠くから「だからそう言う事を言うな!」と言うヒナタちゃんの叫び声が聞こえた。

「そうだ! 婿殿のご両親に挨拶しないとな!」
 ソノ様が我が事のように言う。
「カカ様は黙って!」
 とは言え、俺は困った。
 誰にどう挨拶すべきだろうか?

 俺には歳の離れた兄貴がいる。
 両親は俺が進学ぐらいの時期に相次いでなくなったので、兄貴が唯一の肉親というわけである。
 だが、その兄貴とは仲が非常に悪く、僕が進学したときに相続放棄と交換条件に学費を払って家から追い出したのだ。言わば手切れ金というわけである。
 田畑や家の事を考えれば、当時の僕は馬鹿な決断をした。だが、今となってはそうとも言えないなと言う思いもある。
 進学がなければ俺はあの田舎の家で、兄貴に馬鹿にされながら、土建屋か何かで安い仕事をしていただろう。

 敢えて連絡が取れるのは、田舎の隣の村に住む叔父ぐらいだろう。
 親の墓参りも、叔父に気を遣って貰って漸くできるぐらいだから、叔父夫婦には頭を下げにいく必要もあるだろう。

 二柱の神様に促され、僕は叔父に連絡を入れる事にした。
 懐かしい田舎の方言が飛び出してくる。
 久し振りだ、元気にやっているか。そんな言葉を交わし、本題に入る。

 叔父は素直に喜んでくれて、結婚式には絶対に行ってやると笑った――問題はその祝言が今週末なのだけど。

 叔父は性急な結婚に驚き、しかし予定は何とかすると答えた。
 だが、両親に挨拶は必要だろうと言ってくれる。
「明日なら時間が取れるが?」
 こっちの都合のことも気にしてなのか、どうなのか分からないが、しかし唯一のチャンスはそこしかないようだった。

 僕は叔父に何度も礼を言って電話を切った。
 招待状の送付には叔父夫婦の分も滑り込ませ、さて、明日は早朝から出なくちゃなと嘆息した。

「じゃぁ、私も行かなきゃ!」
 ソノ様はそれを聞くと、自分の子供や孫に指示を出したのだった。

「そろそろ僕は会社に帰りますよ」
 捨て台詞のようにして立ち去ろうとすると、「終わったらこっちに戻ってきてよ!」と叫ぶように呼びかけられた。

 さて、会社に戻ったところで仕事がある訳ではない。
 僕は言わばこの会社に於いて人質のようなものだ。
 邪険に扱う訳にはいかないし、かと言って下手な仕事を頼む事も、もっと言えば何らかの権力を与えるわけにも行かない。

 だから僕はただただ席に座っているしかない。
 否、最悪出社さえしなくたっていい。
 偶に、会社に属しているのだという顔をしてくれればいいのだった。
 取締役とは言え、決議には同意する旨の書面にサインが必要だったし、色々煩雑な誓約書にサインさせられた。

 休むも出社するも特に連絡は必要ない。
 パソコンを立ち上げれば、社内ツールで在席が分かるというだけである。

 だから翌日のことも、報告する相手がいない。
 役員になると言うことは孤独になる事だ――というのは、些か意味が違うだろう。
 だがしかし、社内で孤独なのは間違いない。
 少なくともただただ無駄に役員報酬を手に入れるお邪魔虫に成り下がったのだから。

 パソコンを落とし、ロッカーにしまうと、今が三時半だろうと午後四時だろうとお構いなしに出て行く事が出来る。
 周囲の人間は普通に仕事をしている。
 僕が居残ったところで意味はないが、しかし複雑な気分にさせられた。

 神社に戻ると「お帰りなさい!」とカナエちゃんの元気な声が響いた。
 精々、小一時間程度の事なのに。

 中之条家は、その諸々の特殊性から、お手伝いさんと言える人がいない。
 この辺の大地主であり、幾つかの大会社のオーナーであるこんな家が、大家族で家事を切り盛りしているというのは些か面白かった。
 ソノ様だろうとカナエちゃんだろうと、或いは当主だろうとあの副社長だろうと、手が空いていて当番が来れば仕事をする。
 祭りの時に使っていたホールは、この家にとっては食堂である。

 ソノ様の夫婦、その子供がカナエちゃんを除くと六人。その配偶者が四人で、その夫婦の子供で独立していないのが五人。カナエちゃんの子供が三人、配偶者は二人で、独立していない子供が三人である。
 そこに、お手伝いさんとは違って、事情があって住み込みをしている巫女の女性が二人。
 僕とカナエちゃんを含めれば二十九人と言う訳である。

 更にその親族ともなればもはやねずみ算だ。
 カナエちゃんに「マジで覚えてるの?」と聞くと「これでも神様の端くれなので」と恥ずかしそうにしていた。
 うーん可愛い。

 何にせよ、綺麗なテーブルクロスと、大皿と、とりわけの皿とお茶碗。お箸。
 次々に準備が整う。
「何を見とれてるの? 自分もするんだからね?」
 カナエちゃんの孫の一人が笑っていた。

 こういう家だから、上座とか下座とかうるさいんだろうなと思っていたら、言わば上座の位置にさっきの孫の子が座っていた。
 通りかかった文哉さんに、座り順があるのか聞いたら「そんなものはないけど……カナエ様の隣じゃないと拗ねるでしょうね?」と笑われた。

 そこから雰囲気で着席していく。
 この家族のルールと言うと違うだろうけれど、誰一人「叔父」とか「孫」みたいな言葉を使わない。
 それは繋がりがかなり乱脈になるからだ。
 祭りの時でさえ、遠い親戚同士を紹介するときに、「えーっと、カナエ様の曾孫の……でしたっけ?」みたいな話をするぐらいだ。
 自分が家系図のどの辺にいるのかは理解しているようだが、それはあくまでもソノ様なりカナエちゃんなりとの距離感と言う意味だったりする。

 冷静に考えて七十過ぎのお婆ちゃんとヒナタちゃんが兄弟であり、六十過ぎのカナエちゃんの子供が、ヒナタちゃんの甥になるのだから、そんな説明は無駄なのだ。

「文哉さーん! ウチの子呼んできて!」
 当主に対して甥の嫁がこうなのだから、相当に自由なのだろう。
「ほらほら、隼斗さん、箸を配って!」
 追い立てられるままに手伝いをしていく。

 大きなサラダボウルを持って来たカナエちゃんが、「ここに座る?」と尋ねる。
「あ、あぁ」
「じゃぁ、隣!」
 カナエちゃんがにひひと笑うと、反対側にソノ様が座った。
「あらら、嫁が婿殿に取られましたね」
 あの副社長を他の家族がいじる。
 彼が笑っていると、「ソノちゃんのとなりー!」と小さな子が座った。
 頭を掻きながら、ソノ様の前に座る。
「あなたも不憫ね」
 ソノちゃんが笑うと「僕には娘がいますから」と笑い、ヒナタちゃんを呼んだ――のだけど、同年代の他の子と別の場所に座ってしまった。
「あとで見てろよ」
 副社長はソノ様に微笑みかけると、「あーこわい」と僕の肩に手を掛けながら笑った。
「カカ様! 子供の旦那に手を付けない!」
 カナエちゃんがむくれたところで一同が笑った。

 そして、その一瞬で声が止む。
 ソノ様が「いただきます!」と言って、皆も「いただきます」と唱和して食事が始まった。
 一品一品の食材は良いものだろうけれど、格別凝った料理がある訳ではない。
 少しグレードの高い家庭料理という感じだ。
 思い思いにとりわけ戴く。
「隼斗くん、唐揚げ取って!」
「ソノ様、その皿、こちらに回してください」
 楽しい食卓。
 こんな食事はいつぶりだろうか?

 温かい。ただひたすらに温かい気持ちになったのだ。

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