西尾維新&岩崎優次『暗号学園のいろは 4』雑感
第二十六号『先んずれば暗号を制す』
暗号学園に眠る暗号資産500億モルグを発掘するための眼鏡兵器……の所有権を巡って繰り広げられるクラス対抗暗号バトル、その名も学年大将念々対戦。
兵長試験を勝ち抜き、学級兵長に就任したいろは坂いろはが所属するA組(無差別解読クラス)の対戦相手は、東洲斎一派との因縁を窺わせる縊梨慕率いるE組(潜入捜査クラス)。
5vs5の勝ち抜き戦となる最初のクラスマッチ、しかしE組の先鋒を務める蜂起星千変万歌(ほうきぼし・せんぺんばんか)の姿が見当たらず……?
初戦のA組選抜メンバーはいろは坂いろは、沼田場愁嘆、夕方多夕、徐綿菓子、東洲斎享楽。
東洲斎さんの要望によって東洲斎派の4人が占める形に。
彼女は縊梨慕について、私達4人にとっては顔も見たくない相手であると前話で述べていたが、それでも決闘・決着を望んだということか(本当に顔を見たくないのか、東洲斎さん、縊梨さんとの対面時はずっと目を閉じている……)。
……前巻の感想記事でここで言う4人とは3人組+縊梨さんのことなんじゃないかと予想していたけれど、この様子だと沼田場さんを含めた4人になるのかな。
そんな彼女達を擁しての第一戦は実に衝撃的な幕引きであった。
一言でまとめるなら味方に回した夕方多夕も恐ろしいという話。
E組の策略で疲弊させられたいろはに代わる形で蜂起星さんと対峙したわけだけど、先鋒・夕方多夕はさながら先鋒・安心院なじみ級の絶望感である……。
(先鋒・いろは坂いろははそれはそれで先鋒・球磨川禊みたいなものだが)
46音の半分の音で質問と回答を行うゲーム『失言半減質疑応答』にていろはを完膚なきまでに封じた夕方さんが、今回の54文字の問題文に回答するために立方体を組み立てるタイムアタック『キューブ9×6(クロック)』を、事前に見える半分の文字だけで組み立てるまでもなく──瞬殺。
(幕間の東洲斎先生曰く「別の競技にしてしまった」)
「駄目に決まってるじゃんあのヒトに 言葉を半分も渡したら…」
もはや夕方さんを己と対等の生物と見做せなくなりつつある様子のいろはだが……見せる言葉の数で人物の格を表現するのが実にスタイリッシュ。言語バトルとしてのめだかボックスの、正統後継者だ。
第二十七号『生兵法は暗号の元』
念々対戦・A組vs E組の先鋒戦は、夕方多夕の活躍によってA組が先勝。
次に対峙するは沼田場愁嘆(A組)と華衣謬(E組)。
蜂起星同様、思わぬところから姿を現した華衣は、次鋒戦のルールとして、1人の出題者と4人の回答者、それから1人の潜入者(スパイ)からなるパーティゲーム『抱き合わせ答え合わせ』を提案する。
今回はA組選抜メンバー5人の中で唯一、これまでスポットが当てられていなかった沼田場愁嘆のターン。
全身に包帯、右眼に眼帯。いろはに語った入学の動機は「友達に誘われたから」。マダミス時のスキルは『記憶喪失』。それから兵長試験最終盤から東洲斎さんとの親密な間柄が示されている、「しゅーたんみたいにしたくないでしょ いろは坂いろはを」発言などなど、訳あり・意味深の極みのような彼女。
その謎が全て明かされたわけではないけれど、大きく掘り下げられた回である。
なんと記憶喪失(健忘)は偽りで、その正体は東洲斎さんの義妹だったとは……(驚きポイントは後者)。
下の名が享楽と愁嘆で共に感情を表す熟語になっていたのが伏線だったらしい。実の姉妹ではないということなので、名前の統一感は今のところはあくまで作劇上の記号と捉えるのが妥当か。
本話での「ところであなた達誰だっけ?」という台詞は、は、第二話でいろはに対して
「ところであなた誰?」と言っていたのに掛かっている。単純に関わり・関心の薄さからくる反応だと受け取っていたのだが、改めて振り返ると、健忘少女というキャラ付けを行っていたんだなと。
「そして安心した E組ってもその程度なんだね
A組への理解が浅過ぎる」
ここでA組へのと言っているのが熱いポイントで、彼女が東洲斎さん達身内だけではなく、クラスそのものへの情があることが窺える。
ゲーム内で東洲斎派が盤石のチームワークを見せていたことに対して疎外感を抱いていた
いろはへのメッセージにもなっているし、接点の薄い2人の即興の連携こそが、A組の内部情報を深く把握する潜入兵・華衣謬を出し抜き、ゲームに勝利する鍵でもあった。
……いやしかし華衣さん、中々面白キャラであるというか、『失言半減質疑応答』や『筒抜ポーカー』のときにも潜んでいたなんてとんでもないな。
ここまでの2戦は、E組が変装や調査力といったクラス固有の強みをもって主導権を握りつつも、主題である暗号バトルに関しては無差別解読クラスのA組が上手、といったパワーバランスになっている。
先鋒戦が衝撃の圧勝なら、今回の次鋒戦は、拮抗した名勝負だったというか、伏線を張りつつ、高度な読み合いを経た上での、意外性と納得感が両立する着地が心地良い、魅力的な一戦だった。
試合後に縊梨さんが、いろはと読者が知らぬ、徐さんに関する重大情報を告げる形で次話へ続く。
東洲斎さんが沼田場さんの件を学級兵長であるいろはに伝えていなかったことについてウキウキで口撃したりと、この人、話を重ねるごとにどんどん性格の悪さが浮き彫りになっていくな……。
第二十八号『戦地に働けば角が立つ戦場に棹させば流される戦時を通せば窮屈だとにかく乱世は住みづらい』
E組学級兵長・縊梨慕の提案により、中堅戦は副将戦を兼ねたタッグマッチに決定する。
各々が設営準備に取り掛かる最中、徐綿菓子について縊梨に問われるいろは。
かつての徐を知らない彼のために、縊梨と沼田場愁嘆は、互いの立場から過去を語り始める。
それは3年前、当時同僚であった縊梨と徐が、東洲斎家の軍需企業『踏襲図(キックアタックプランニング)』に潜入し、軍事機密の漏洩を図ったというもので……?
冒頭で沼田場さんの自己紹介Xワード。
健忘は偽りでも、頻繁に病院通いしていた様子。「しゅーたんみたいにしたくないでしょ」がまだ謎だからな……。
「大切な家族は?」「姉」……夕方さんと似たようなことを……。
本編は異様異様(いよいよ)、東洲斎派と縊梨さんの因縁に差し掛かる。
沼田場さんの語りと縊梨さんの語り、どちらが真実で、どちらを信用すればいいのか、という星6問題。
「どちらにも正義があって、どちらにも矛盾がある」という凍の解説以上の解答が難しいな……。
まず、東洲斎さんが彼女なりの意志と使命感をもって企業内で兵器開発に取り組んでいたというのは彼女の性格上頷ける話ではあるし、その一方でそれを非人道的な児童労役だと断ずる縊梨さんの発言にも正当性は大いにあるだろう(詳細は不明だが、人道的な非殺傷兵器ってのもなんだか胡散臭い……)。東洲斎さん達と同じく当時中学生のまだ善悪の区別のつかない子供である縊梨さん達が潜入工作に関わっていることにも疑問が残るが……。
「縊梨は徐を囮にした」「徐が率先して縊梨を逃した」──「徐は東洲斎の側近に置かれ以来腹心の友である」「徐は奴隷となるべく洗脳を受けた」というのも、立場で見方が変わるという側面が大きいというか……改心させる・絆されるというのも洗脳と同じようなものなんじゃないかという話は『めだかボックス』でもあったけれども。
そして過去の徐さんの姿が判明。
現在、クラスで唯一のベリーショートという個性を持つ彼女だが、当時は髪を長く伸ばしていた──失言半減質疑応答での、「徐綿菓子のヘアスタイルをどう思いますか?」という夕方さんの質問はこの件に由来していたのか。
西尾維新作品では、登場人物が心機一転する際に断髪を行うというイベントがそれなりの頻度であるわけだけれど、徐さんもその例に漏れず(軍事機密は漏らしたが)、東洲斎さんの側近として生まれ変わるべく、自らの意志で現在のスタイルを選んだのだろうなと思う。
ラスト、またもやE組側が仕掛けた第三の暗号バトル『逆転イミテーションゲーム』に臨む、東洲斎さんと夕方さんの覚悟の決まりようが凄まじい。
彼女達3人の間に確固たる絆が存在することが、わずかな独白で激烈に示されている。
それから、徐さんといろはの関係──現在の2人が互いをどう思っているのかが描かれている点にも注目したい。
まずは徐さんに完全に心を許しているいろは。二度にわたってダンスバトルを繰り広げた仲ということで、彼からすれば、下手な言葉よりも強固なエンパシーを感じているのかもしれない。
そして徐さんのいろはへの思い。(こんなときいろは坂いろはだったら…)といった、一瞬彼女の心によぎった独白から、いろはのことを、逆境を打破する象徴的な存在として認めていることが窺える。彼が自身や東洲斎さんが課した暗号バトルに挑む姿や、兵長試験を突破し学級兵長にまで成り上がる様を間近で見て、思うところが少なくなかったのだろう。
様々な思いが交錯する、苦しくも熱い回だった。
第二十九号『敵を知り己を暗号化すれば百戦して危うからず』
中堅・副将戦はA組・東洲斎享楽&徐綿菓子、 E組・縊梨慕&氾濫原はんなりによるタッグマッチ。勝負内容は、カメラ・オブスキュラを通じて投影された暗室の外の2人の徐綿菓子のどちらが本物かを判別する変則暗号バトル・『逆転イミテーションゲーム』。
東洲斎は、氾濫原はんなり、更にはもうひとりの隠し球である氾濫原らんばだが変装している可能性がある中で、本物の徐綿菓子を見抜くことができるのか。
冒頭の扉絵でE組の選抜メンバー5人が集結。
振り返ると大将の縊梨さん以外、全員真っ当な姿の現し方をしていない……。そこは流石の潜入捜査クラスといったところか。
氾濫原はんなりとらんばだは双子の姉妹(前者が妹)で、はんなりが縊梨慕の影武者で、らんばだがはんなりの影武者という、組み入った関係性。縊梨さんとの付き合いの長さはどれほどだとか、どんな人生を送ってきたのかとか、ますます謎めいた2人だ。
過去と現在で異なる顔を持つ徐綿菓子をめぐって、本物か否かを問うという、テーマ的にもとてもあざやかな決着。
東洲斎さんとしては、友人の真実の姿を見誤るなんてあってはならないし、宿敵である縊梨さんを相手に、そしてA組の副将として、複数の意味で絶対に負けられない一戦だったのだけど、瞬時に正答を見抜く解法に辿り着く思考の速さはまさしく彼女の本領発揮であった。
「過去の綿菓子(わたし)も現在の綿菓子(わたし)もどちらも本物──
だなんていかにも 徐綿菓子の言いそうなことだ」
(綿菓子って名前とその読み、「私」「過去」と掛かっていたのか……)
そして事実上、東洲斎さんよりも更に早く、一瞬で正答を見抜いていた縊梨さん。
徐さんに加え、はんなりやらんばだといった2人の仲間のことを熟知していた分でもあるのだろう。
露悪的な口振りが目立った彼女だが、学級兵長という肩書きに違わず、仲間思いな人間性が窺える──ラストの判断然り。
過去の徐綿菓子も現在の徐綿菓子も等しく真実の徐綿菓子であるならば。現在の仲間である東洲斎さん達の徐さんへの思いも、かつての仲間であった縊梨さんが徐さんを思い続けていることも、どちらも真実だったというわけだ。
それにしても、A組選抜メンバーの東洲斎さんへの信頼・親愛がすごい。
自己紹介Xワードで東洲斎さんを書くレベルの愛を示している夕方さんと沼田場さんに、冒頭で「私の東洲斎様ですから」と勝ち確信している徐さん、果てには「あなたが死ねって言うなら喜んで死ぬけど」なんてあっさりと爆弾発言をかましてのけたいろは。
(第2巻時点でいろはの東洲斎さんへの好感度はかなり高かったのだけど、それに加えて退学を引き止めてくれたことが非常に大きかったんだろうなと思う)
この漫画って実は東洲斎さんハーレムなのでは……?
ところで、本巻で行われたE組との対決は、これまでの暗号バトルから少し趣向を変えてきているように感じられる。
具体的に述べると、個人戦からチーム戦へと切り替わったことで、暗号の本来の役割である、伝わるべき相手だけが読み解けるもの、といった部分を軸とするフェーズへと移行しているのかなと。
夕方さんがチート過ぎて別の競技にしてしまった先鋒戦はともかく、次鋒戦ではいろはが沼田場さんのメッセージを(敵に勘付かれることなく)読み取ることが重要だったし、仲間の暗号通信をヒントに真実を判別する今回の中堅・副将戦は言うに及ばずだ。
また、暗号とは特定の仲間に解かれるためのものであるならば、学園内で暗号バトルが行われる理由というのも見えてくるというか、そういうことなんじゃないか。
……うん。最終的に、学園の全員が仲間になると捉えるならば。
そんなわけで、この先、E組がA組と共闘するような展開があったら嬉しいし、熱いよなと思う。
蜂起星さんとか、念々対戦では盛大に咬ませ犬(蜂?)として終わってしまったけれど、格好良く活躍できそうな能力を持っていることだしね。
ラストにて今後の対戦相手の候補であるB組の生徒達が顔を見せる。
A組とE組の対戦を偵察しながら暗号文で会話をかわす児戯野御辞儀(じぎの おじぎ)、焦茶砂々(こげちゃ すなずな)、域城或國(いきしろ あるくに)、得手仕手クオッカ(えてして -)、そして兵長の陸繋島とんぼ(りくけいとう -)の5人。
なんか明らかにクマがいるんですけど……。
得手仕手クオッカ……クマなのにクオッカ? 得てして喰おっか?
いろはとマダミスで争った目々蓮馬酔木さんがクマのぬいぐるみを眼鏡兵器としていたように、これもまた、クマの着ぐるみという形の眼鏡兵器なんだろうか。
彼女を筆頭に、B組の面々は動物を模した飾り付けを装着している。一体どのようなクラスなのか、果たして……?
(今気づいたけれど、タイトルは東洲斎スラングだな)
第三十号『軍事費高きがゆえに貴からず』
洞ヶ峠凍は食堂にて、自分に宛てられた血文字の暗号文を入手する。
匿名希望に暗号を解読してもらい、向かった先は学園の全生徒の墓石が建てられた外出制限エリア・暗号墓地。彼女はそこで、D組の学級兵長・柘榴口接吻(ざくろぐち せっぷん)からある取引を持ちかけられ……?
ここに来て洞ヶ峠凍の自己紹介Xワードが公表される。
東洲斎さんといろは坂同盟の残り2人を差し置いて、先にM組の彼女が来るか。
久しぶりのCG(シィジイ)と共に眼鏡を外した凍の姿も描かれる。眼鏡をかけているときは鋭い眼差しが印象的な彼女だけど、素顔は結構あどけない感じだ。
本編は、いろは不在で話が進行する、ちょっと珍しい回だった(最後にちょっとだけ登場するけど)。
「人類と戦争は不可分だってよく言うよな
テクノロジーや学問や医療や政治はたまた騎士道の発展は 戦争なくしてありえなかったって。
正しいぜ だが一方でこうも言える
命を脅かされない平和な時代なくして スポーツや音楽や美術やダンス 何より純愛は生まれなかった」
「俺は技術屋で発明家だからよ インターネットやスマホのない現代なんて想像もできねーし 戦車とかミサイルとか普通に格好いいって思うんだよ
一方で俺は天才だから 戦火に巻き込まれたアルキメデスに 思いを馳せずにはいられない」
柘榴口接吻とのやりとりの中で明かされる、凍の思想、そして戦略(ゆめ)。
第二話で彼女は、いろはに対し、500億モルグで世界の戦争の半分を停めたいと述べていた。
一方で東洲斎さんは彼女のことを、世界の戦争を倍に増やしかねない戦争屋と称していた。
どちらが正しくてどちらが間違っているのか、なんていうのはE組戦の徐綿菓子の件にも通ずるけれど、彼女よろしく、どちらの言うことも間違っていなかったというわけだ。
第七話でいろはが朧さんに対して啖呵を切った際に述べた戦略(ゆめ)──世界で起きてる戦争を全部停める──は、凍の思想が発端であるけれども、しかし本話で明かされた凍のあまりにもぶち抜けた戦略は、彼のそれとは決して相容れるものではなく……。
その意味でいろはと凍、東洲斎さんが現在結んでいる同盟関係は、あくまで一時的なもので、遠からず内にひび割れてしまうかもしれない。改めて、「確かに私達にも戦略(ゆめ)がある それは人には言えないような戦略(ゆめ)かもしれない だからこそ言わなくても それをツーカーで察してくれるチアリーダーにリーダーで いてほしいものよ」という第二十二話での東洲斎さんのいろはへの願いが重く響いてくる。
ともあれ。
凍がいろはに語った戦略は、完全な嘘ではなくとも裏があった。
その一方で、凍がいろはに乗ったこと、懸けたことは、決して偽りではなかった。
何より、戦うことなく戦争に勝つという彼女の戦略(ゆめ)は、紛れもない理想(ゆめ)、すなわち本心であり。
信用ならないが信念はある、そんな洞ヶ峠凍のことが好きになる、そんな話だった。
暗号墓地なるものの存在しかり、不穏な未来を醸し出しまくっている本話だけども、いつになく爽やかでスタイリッシュな読後感で、これまでの中でも個人的にかなりお気に入りのエピソードである。
……ところで、ラストで2人仲良さげに会話しているいろはと東洲斎さん、良過ぎません?
何を話していたかまでは不明だけど(多分今後の念々対戦のことだと思う)、もう普通にお友達じゃん。
第三十一号『二次ある戦争は三次ある』
クラスメイトの牡丹山春霧と雁音嚇音によって、D組とF組、B組とC組が同盟を結んだことを伝えられたいろは。
来るべき決戦に備え、最強メンバーを結成することを強いられた彼が、加入を依頼した相手とは……?
前々話で陸繋島さん率いるB組、前話で柘榴口さん率いるF組が勝ち上がってくるフラグが立てられていた中でのまさかの総当たり展開。
『めだかボックス』でも強過ぎる主人公(サイド)が善性につけ込まれ薬物で弱体化させられたり、場外乱闘で削られたりしていたけれど、こちらの強力な主人公サイドに対する対策としては、実にこの学園らしさのある展開である。真っ当というか、暴力的ではないというか……いや数の暴力ではあるのだけども。
窮地のいろはに手を差し伸べるべく現れたのは、あらかじめ温存メンバーとして控えに甘んじていた要塞村鹵獲と匿名希望。
要塞村さんの説得力と匿名さんの胡散臭さの対比よ。「かつての悪役が改心しもって戻ってきたど!」はちょっと面白過ぎる。
そして始まる決勝メンバー選考。成績優秀者・実力者として雁音さんや真蟲犇蝌蚪、小芝井さん達の名前が挙がる──後から判明する、いろはが兵長試験で勝ち抜いたマダミス班の死のブロックっぷり。
最後のひとりとして、いろはが夕方さんを選出したのは、実力を考えるとこれ以上なく相応ではあるけれど、応じる理由がない夕方さんに対して、かつて屈辱的な引き分けを喫し、トラウマに陥るまでに至った失言半減質疑応答で決闘を申し込むという覚悟の入りようが凄い。
ラスボスを前にラスボスよりもやばいであろう相手と戦うという……(何気に夕方さん本人も決勝の相手を弱い者呼ばわりしているし……)。猛毒をもって毒を制す?
失言半減質疑応答・再戦は本話内にて決着。
(それまでいろはと共にいた縁ちゃん、牡丹山さん、雁音さん、要塞村さんが夕方さんのいる食堂まで付いてきて勝負を見守った中、匿名希望だけさりげなくいなくなっているのが実に彼女らしい)
今回は赤ちゃん用ルールにより、好きに23音を選ぶことができたいろはが、裏技を駆使する形で──心を抉ってきた夕方さんに対して心を抉り返す一手を返し、無事勝利をおさめる。
……以前夕方さんにボコボコに打ち負かされ、「もう二度と負けない!」と誓ってからのいろは、実際ここまで無敗なんだよな……。
しかし改めて、夕方さんの東洲斎さんへの激情とそれ故のいろはへの態度を思うと、当初は仇で、後に仲間になった徐さんが2人に割って入っているのは凄いことなんだなと。E組戦に参戦したのも徐さんのためだと判明しているし……2人の仲が深まるに至る劇的なエピソードでもあったのだろうか。
無事メンバーが揃い、次回は決勝戦。E組戦の開始が本巻の冒頭であることを踏まえると尚、凄まじいテンポと密度を感じさせられる。
本筋の他にも、牡丹山さんの豊かなリアクションや縁ちゃんの髪で眼鏡兵器を再現しての「あ。」「いしーこーるどりーでぃんぐ…」、当たり前のように机裏に潜んでいた華衣さんなど、脇の人物達の魅力を大いに楽しめた一話だった。
こうして主役級ではないクラスメイトに焦点が当たる機会があると楽しい(約一名、クラスメイトですらない人がいますけど)──何より雁音さんの再登場が嬉しい。ナチュラルに凍とワンポイントレッスンで通信しているのが笑える(ここしばらくのワンポイントレッスンは、カメラ・オブスキュラに因んで拡大されたり、匿名希望が登場したりと実に弾けている)。他のクラスメイト達と比較して、冷静に状況を分析する姿勢が見えたり、かと思えば彼女なりの使命感なのか、失言半減質疑応答の戦況次第では2人の間に割って入ることを考えていたりと、彼女の様々なキャラクター性に触れられた満足感があった。
第三十二号『健全なる精神は健全なる戦争に宿る』
念々対戦はいよいよ決勝戦を迎える。
A組、BC連合軍、DF連合軍の6名×3、総勢18名の生徒達の前で、A組教官・肉枝搾、C組教官・育雛醇乎、D組教官・払沢文挟(ほっさわふばさみ)が、決勝の題目である『三竦み(トリレンマ)捕物帖』のルールを説明し始める。
カエル(A)、ナメクジ(BC)、ヘビ(DF)の3チームに分かれ、獲物と捕食者、看守役と捕虜役、それから即興の暗号バトルが入り混じった、知力・体力・アドリブ力が問われるこのゲームを、いろは率いるA組は無事勝ち残ることができるのか。
チームA組はいろは坂いろは、東洲斎享楽、夕方多夕、濃姫家雪、要塞村鹵獲、匿名希望の6名。こうして書き並べると錚々たるとしか言いようがない面々だ。
対するBC連合軍は第二十九話で観戦していたB組の5人に、C組の学級兵長である夜鳴鶯アンヴァリッドを合わせた6名というアンバランスな構成。……夜鳴鶯アンヴァランス?
一方のDF連合軍はD組から3名、F組から3名とこちらはバランスが良い。兵長以外は皆新キャラ──B組と違い登場すらしていなかったので。F組は皆同じ被り物をしていて見分けがつきにくそうである。
ちなみにD組の払沢先生は膾商さんの自己紹介Xワードの頁などに登場していた女性だが、ここで初めて台詞が用意された。
今回はルール説明メインの回なので、相対的に語りどころは少なめなんだけど、飛び級の女児である夜鳴鶯アンヴァリッドが圧倒的な身体能力を披露すると共にいろはが彼女の苗字に聞き覚えのあるような反応をみせたり、得手仕手クオッカが実はクマではなく人間であるという驚g……極めて常識的な事実の判明、F組が匿名希望すら恐れる拷問御免隊であると明かされたことなどは、試合展開のみならず今後の物語にも連なる重要な布石になってきそうである。
(A組にも拷問が得意なお方が約1名ほどいますね……)
あとは、育雛教官が述べるように、ゲームを通じて、ルールを覚えていく感じでいいというか、尻尾をつけたいろはがかわいい、寝そべる匿名希望がかわいい、夜鳴鶯アンヴァリッドがダウナーかわいい、カエルとヘビとナメクジは同じくらいかわいい、などといった要点を押さえておけば、問題なくゲームを楽しめるであろう。
第三十三号『戦車三様』
念々対戦・決勝、3チームに分かれた三角鬼ごっこ『三竦み捕物帳』がついに開幕。
ナメクジさんチームに属するB組の域城或國(いきしろ あるくに)、児戯野御辞儀(じぎの おじぎ)、焦茶砂々(こげちゃ すなずな)は、標的であるヘビさんチームに属するF組と思わしき覆面を目撃する。独自のフォーメーションを組みつつ、さっそく襲撃をはかる3人であったが……?
「名乗る程度(ほど)の美少女やおまへんわ。」
匿名希望、問答無用の大暴れ回。
兵長試験では強敵として立ち塞がり、代名詞でもある何でもありでいろは達に牙をむいた彼女が、今度は味方として敵サイドを驚愕させ、蹂躙する……その様は、ある種の爽快感に満ち溢れている。
これが味方になった前章ラスボスの頼もしさ……!!
B組の3人も、言動の雑魚キャラっぽさに反して、徒党を組んで個人を襲撃することで時間制限のある暗号バトルに優位に立ち回るという、かなり合理的な戦法をとるというクレバーさを見せているのだけど(作戦の考案者は兵長かもだけど)、監視員の華衣さん(この人また出てきた……)や幕間の東洲斎先生が述べるように、常に多数を敵として立ち回ってきた彼女に対しては、相手が悪かったとしか言いようがない。
そもそも捕食者である彼女を、獲物と誤認したのが運の尽きだ。
本人曰く、F組とツテがあるとのことで、匿名希望だけに特命クラスの関係者であるようだ(読み返したところ、三十話の時点でF組との関係を匂わせていた)。謎多き彼女と謎多きクラスの間柄が気になるところである。
それにしてもB組の3人、リアクションもその喋り方(焦茶砂々の「マジでやがるか何者だ!?」が好き)も、暗号バトルで敗北したときに頭の装飾がいろはの髪飾りのごとく粉砕するところも、いちいち個性的で面白いな。
何気に観戦時、夕方さんはもう出ないと述べた当人である域城或國が「誰よもー 夕方多夕はもう出まいって言った奴ー」なんて責任転嫁じみた発言をしているのも笑える。
児戯野御辞儀はA組を所詮はお勉強クラスと見下す発言をしていたけれど、こうして各クラスの生徒が他クラスに対しどういう印象を抱いているのかがわかるのも興味深い。B組は身体能力というか、野外での実践スキルがものを言いそうな印象だ。何せクマがいるくらいだし(?)。
ともあれ、匿名希望の言いなりの駒と化した彼女達の明日は如何に。
第三十四号『一期当千』
ヘビさんチームに属するD組の柘榴口接吻、亜鉛亜鈴(あえん あれい)、骸骨雀メタンガス(めんがたすずめ -)の3人に囲まれた濃姫家雪。
窮地に陥った彼女はしかし、依然として優雅な所作を崩すことなく……?
B組のリアクションや喋り方が面白いと言った矢先、もっと強烈なお方が出てきたのですが……。
亜鉛亜鈴さん、何でも死に絡めた口調になるのは(遺言解読クラスだ死?)いいとして、即死死地埋葬は流石の死吹製作所もびっくりだよ。
前話の匿名希望が捕食者として暗号を解答する側だったのに対して、本話の濃姫さんは被食者として暗号を出題する側に回る。30秒間で3人分、その場にあるものだけでどんな暗号を作成するのか──彼女が繰り出したのは、かつていろはが彼女との暗号バトルの題材に用いた、音楽にまつわる暗号だった。
それも圧巻としか言いようがない完成度……暗号解読バトルという作劇上、これまではどうしても回答者側が勝利する展開になりがちだった中で、それを解読不能に陥らせるのとはまた異なる、こうした変化球をもって出題者側の勝利を描いてくるとは……!
(出題者側が勝利した例としては、本巻の徐綿菓子vs氾濫原はんなりもまたこれに該当するか)
見事なまでの作問能力を披露した濃姫さんを前に、度量評価A+の柘榴口さんはおろか、度量評価C−と評された亜鉛亜鈴すら退(しりぞ)いたわけだけど、その気になればゴネることも可能だった中で、しかしそれぞれの度量にかかわらず認めることができるのが、本学園における暗号兵ということなのかもしれない。
敗北を? 否、相手を。
こういうのは敗者の評価も上がるよね。
思えば本巻は最初から最後までA組無双が繰り広げられている──たゆたんに始まりのんのんに終わる──けれど、初期からあれだけハイレベルな暗号バトルが描写されてきたことが、ここにきてA組のレベルの高さに対する圧倒的な説得力に結実している。
中でも濃姫さんは、敵方の学級兵長を退けるという、ある意味夕方さんや匿名希望以上の大手柄を果たしてのけた。学園創設一族の現当主としての格の違いを見せつけたわけだ。
しかしそう順当には行かない『三竦み捕物帳』、前話でナメクジさんチームの3人相手に無双していた匿名希望がヘビさんチームの捕虜と化し、拷問御免隊ことF組の3人に囲まれているという新たなピンチを迎える形で次巻に続く。
「凡ミスやがな」「助けに来んといて」
……彼女の信用ならなさ、ここにきて仇となっとるがな。
おまけ4コマは前巻と同じく4本。今回はE組メインだ。
『大変万歌』……「(病院送りにした)知り合いに聞いてきた」。「リポグラムって知ってる?」が拷問ワードになるのは多分この漫画だけだよ……。
『潜入ビュー』……華衣さんの面白さが天井突破しておる(机の裏にいるのに)。しかもこの人、よく見るまでもなくかわいい。
『おもむろな過去』……一文字違い。ラスト2コマは恐らくわざと余らせている。美男美女……いや美女美女……いや美男美男?
『縁ちゃんといろいろ!』……牡丹山さん朧さん羊狼川さんの活躍も見たいな……。後者2人はアクション面でも活躍しそう。そしていつもの惚気&照れ。ありがとうございます。
イースターエッグ解説は徐さんが担当。最後の「過去も現在(いま)も未来(さき)のために」という言葉は彼女だからこその重みがあり、込み上げてくるものがある。
次巻も楽しみ! 本誌アンケ入れながら待つ!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?