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西尾維新『モルグ街の美少年』雑感
目的ではなく、夢とも言える。
還暦を超えてまでまだ夢があることはお追従でなく素晴らしいと思うけれど、しかし十四歳の誕生日にわたしがそうしたように、大紬氏にも諦めてもらおう。
夢を見ることは美しい。
しかし夢を諦めることもまた同様に美しい──
アンコール! もう一度きみと 謎解きだ!
美少年シリーズ第12弾。
と言っても、美少年シリーズは前作『美少年蜥蜴【影編】』で完結と銘打たれており、本作は番外編的な立ち位置となっている。
完結したはずのシリーズの続編が刊行されることは、予告された内容と異なる新作が刊行されるのと同じくらいには、西尾維新作品にはよくあることである。『ダ・ヴィンチ』の作者インタビューによると、アニメの放送と同タイミングでシリーズを完結させる予定だったが、かなり先行してしまったため、アニメに合わせる形で再び一冊書くようになったとのこと(アフレコスタジオでの第一話の収録からインスピレーションを受けて執筆に至ったという裏話も)──語り部の瞳島眉美さんに至っては、小説の冒頭でアニメの番宣と言い切ってしまっている。物語シリーズもびっくりなフリーダムさだ⋯⋯。
おおまかなあらすじとしては⋯⋯、あらゆる推理小説に登場する密室を展示した万国密室博覧会──通称・大密室展に、オリジナルの5つの密室をショートケーキ館という名の館の中に──館と共に築き上げた異端の建築家・大紬海兵。
しかし、彼は館を完成させた直後、『私は密室の中の密室で死にたい』と孫娘の大紬麦に言い残し、失踪してしまう。
美少年探偵団は、指輪学園に所属する孫娘から行方不明になったおじいちゃんを探して欲しいという依頼を受け、その手掛かりを探るべく、5つの密室の謎に挑む。
依頼人の大紬麦さんはこの巻で初登場した新キャラであるのだが、アニメ版でも顔を出していたりする──『D坂の美少年』編にて、生徒会選挙に立候補したひとりで、眉美と沃野禁止郎が対面するバックで演説を繰り広げていたのが彼女である。
比等(ひとう)九夜(きゅうや)
大紬(おおつむぎ)麦(むぎ)
逸月(いつつき)投銭(とうせん)
アニメでは他の候補者の名前も登場。
字面的に、西尾維新さんが考案した名前だろう(西尾維新さんはドラマ『掟上今日子の備忘録』においてもオリジナルキャラクターの命名に関わっている)。
比等九夜は「ひ『とうきゅう』や」→「投球」、「九夜(きゅうや)」をひっくり返して「夜九(やきゅう)」となることから、原作で眉美が言及していた野球部キャプテンであると思われる。後は「等比級数」とも掛かっている?
逸月投銭は「一騎当千」と選挙だけに「当選」を掛けているのだろうか。それと投げ銭。こちらは場面によって名前が「役銭」になっていたり、あるいは旧字体の「役錢」になっていたりと、名前をよく間違えられる人物であるらしい。
⋯⋯話を本作に戻して。
作中でも眉美が言及しているけれど、美少年探偵団が依頼人から依頼を受ける形で行動するのは、実はかなり珍しい(第1巻と、後は『美少年蜥蜴』くらいだろうか)。
そんな特例な導入だが、しかし内容まで特例かと言うとそうでもなく、むしろ、団員全体で意見を──個性を出し合って謎を解決していく様は紛れもなく美少年探偵団のスタンダードと言えよう。
美少年探偵団の面々は、僕が書く小説の登場人物としては非常に珍しい、団体行動ができる人達なので、書いていてなかなか新鮮でもあります。
(西尾維新『ぺてん師と空気男と美少年』あとがき)
何らかの意図を込めて設計された5つの建築物の謎を解き明かすというのは、第5巻『パノラマ島美談』と同じ形式になるけれど、建物ひとつにつき2人で突破していたあちらに対し、今回は6人全員が集まって(密室に閉じ込められて)1つずつ挑んでいく。差別化されているというか、どちらかと言えば今回のほうが普段っぽい感じがする。
力学の密室。
心理学の密室。
生物学の密室。
音楽の密室。
無学の密室。
5つの密室にも、それぞれ名称が付いている。
⋯⋯この中だと、個人的には「音楽の密室」が好きだった(殺意の高さが)。
ひとつひとつの密室の仕掛け自体は、いざ明かされてみるとあまり複雑ではなく、ややあっさりしているのだが、やられたのは何と言ってもラストの種明かしである。密室の真相が判明してからの一連の流れは西尾維新作品の真骨頂の一つとも言える意外性の感動を味わえた。本当に気持ちのいい変化球を投げてくれる。
例によってエピローグも素晴らしく、本編の遥か先の未来から、とある喪失を経た後の眉美が、過去を振り返る形で締め括るラストがしんみりとくる。
⋯⋯時系列。
ここからは少し余談になるが、本作に関しては、これがちょっとややこしい。
まず、冒頭で眉美は本事件を指して、『地獄の美少年師』事件と『黄金美少年』事件の狭間にある知られざる第密室事件と述べているが、そもそも両端の事件自体書籍化されておらず、読者には知られざる事件である。
更なる続刊のフラグを立てているのか、時系列を意図的にぼかしているのか、第1巻における『大雀蜂事件』や『増殖教室事件』のようなフレーバーなのか。
いずれにせよ、前巻にして最終巻である『美少年蜥蜴』から地続きと言うわけではなく、それよりずっと前、眉美が探偵団に所属してから多少馴染んだ頃らしいのだが、気になるのがおよそ一点。登場人物の、呼称について。
眉美は元々、他のメンバーから苗字で呼ばれていたのだが(リーダーはフルネームだが)、第4巻『押絵と旅する美少年』の頃には、既に名前で呼ばれる関係へと進展していた。
一方で本作での眉美は苗字で呼ばれている。眉美が加入してまだそんなに時間が経っていないことを示しているのだろう(あとは作者がアニメ第一話のアフレコにインスピレーションを受けたことに起因している?)──少なくとも『押絵』より前の出来事になるか。
一方で、眉美側としては、例によって団員たちを「不良くん」「生足くん」などと独自のニックネームで呼んでいるわけだが、美声の咲口先輩に対しても「先輩くん」と呼んでいる。
眉美が彼を先輩くんと呼ぶようになったのは『押絵』のエピローグでのことなので、若干時系列の辻褄が合わなくなってしまっている。⋯⋯もっとも、彼ひとりだけ咲口先輩と呼び続けても、なんか不憫ではあるが⋯⋯。
一体どういうことだとやや困惑したけれど、これに関してもまた冒頭で眉美が「隠蔽工作に走ったことにより、シリーズ内に若干の矛盾が生じてしまった」と述べており(本作は眉美が執筆しているといった体をとった小説である)、ここで言う矛盾とはこのことを指しているのかなと思った。そして新たに、意図的に時系列を混在させている疑惑が生じた。
ちなみに、指輪創作は本作でも眉美を「まゆ」呼びしている──彼が彼女を初めてそう呼んだのは『押絵』の後の『パノラマ島』でのことじゃん! と思うところだけど、そう言えばアニメ放送前に公開された第一弾PVで「探偵団は探偵団でも、まゆ。美少年探偵団だ」と発言していた。その台詞はアニメ本編には存在しないのだが、物語の時系列的にはこれが最古のまゆ呼びとなるのだろう。
まあ、まゆ呼びに関してはファンサービスだろうな⋯⋯。
⋯⋯と、本編についてはそんな感じで、リーダーが謎解きに貢献できないままに物語の中核を担ったり、不良くんが斜に構えながらもストレートに格好良かったり、先輩くんが「手柄を横取りする」という新たなキャラ付けを(眉美から)付与されたり、生足くんが過去を(眉美に)捏造されたり、天才児くんが不意にドキっとさせに来たり、眉美がいつも通りの自由さ(クズ)を発揮したりと、探偵団のみんなとの再会が嬉しい物語だった。
ここからは後半の『美少年耽々編』について。
こちらは探偵団の団員達が美術室で繰り広げる日常的な談話集。
短々編を捩ったタイトルからわかるように、一編一編は6〜7ページほどの掌編であるのだが、眉美+男団員2人の、全10通りの組み合わせが網羅された豪華仕様。
近い時期に執筆されている同作者の似たタイプの作品として、コミカライズ版『化物語』特装版の書き下ろし特典の短々編が存在するのだが、あちらが主人公・阿良々木暦とヒロイン一名による1対1の会話劇であるのに対し、こちらは合計3人が議題に参加しているところに、この美少年シリーズらしさが表れているように思う。
(ところで、「短々編」で検索してもぱっと見、物語シリーズを始めとした西尾維新作品しか引っかからない。まるで短々編という言葉自体、西尾維新さんが生み出したかの如く、である)
一編ずつ軽めの感想を。
『どうでもいい耽美』
眉美+不良くん+先輩くん
一見気兼ねなく行えそうな「どうでもいい話」をしようにも、何がその人にとってどうでもいいかは人それぞれであり、それゆえに人が何を軽視しているかが露見してしまうリスクを孕んでいる⋯⋯というテーマそのものが興味深い話。
どうでもいいものって何だろう。
『大阪城の耽美』
眉美+不良くん+天才児くん
「大阪城を建てたのは誰?」という意地悪問題を真面目に捉えて、仕事と手柄、個と全、群生、集団性、社会性の話へと展開していく。
ラストで天才児くんについての驚きの新情報。
⋯⋯天才児くんは殆ど喋らないがゆえに喋るところをピックアップされがちなんだけど、耽々編においては一言も口にしていない。たしか西尾維新さんは彼について、集団・チームなんだから喋らない人間だっているはずだしいてもいい、みたいなことをインタビューで述べていて、キャラクターの饒舌さを売りとする著作を書き続ける氏のこの発言に強い感銘を受けたのだった。でも後から見返してみるとそういう意味での発言ではなかったかもしれないという、『化物語(上)』あとがき現象。
『決闘の耽美』
眉美+不良くん+生足くん
西尾維新作品においてたびたび見られる強さ論、勝負論の話(近い時期だと『化物語(14)特装版』の『きすしょっとランキング』も強さと勝敗の話だった)。
「トラとライオンはどっちが強いの?」みたいな感覚で不良くんと生足くんを勝負させようとする眉美の性格よ。
この耽々編はいつもに増して、眉美が本当に生き生きと話を回していて最高である──キャラクターの性格の悪さまでも読み心地の良さにしてしまえる作者の手腕あってのこの面白さだろう。
ところで、耽々編での生足くんは眉美を眉美ちゃんと呼んでいる。『押絵』によると最初に眉美を下の名前で呼び出したのは彼とあるが。
『モルグ街の耽美』
眉美+リーダー+不良くん
本タイトルに因んでのエドガー・アラン・ポーと江戸川乱歩のある逸話にまつわる、名義貸しと仕事の話。やや『大阪城の耽美』と関連している。
⋯⋯リーダーがエドガー・アラン・ポーを把握していたので、『屋根裏の美少年』の後のエピソードになるのかな。
『ないものねだりの耽美』
眉美+先輩くん+生足くん
己の美点と、相手の美点の話──持つ者と持たざる者、持つことと持たないことの話。
処女作『クビキリサイクル』冒頭では「才能が一つ多い方が、才能が一つ少ないよりも危険である」というニーチェの言葉が引用されていることに始まり、そういう才能論、天才論は西尾維新作品のお家芸と言ってもいい(『西尾維新作品の好きな言葉〜才悩編〜』(仮題)という記事をそのうち書きたいな⋯⋯)。
西尾維新さん本人も「失うことは得ることと同じというのは、『クビキリサイクル』以来書き続けている修辞法」と昨年のインタビューで発言しており、このあたりの思想は美少年シリーズにも深く反映されているように思う。
お金持ちや美形だって悩みを抱えていて欲しいといった怨念を滲み出す眉美だけど、世の中には「自分よりも何かを持っている」者達に対して「何が辛いだ、お前は十分恵まれているだろうが」と言って彼らの苦しみを一切認めない人間もいるので、その点持つ側の苦悩を想像できる眉美はクズだけど心優しくもあるよなと思う。あるいは怨念を抱きながら手を差し伸べられる女の子である──美少年である。『押絵』での彼女の決断は、本当に美しかった。
ところで、生足くんのロリコン弄りと先輩くんの反論について、眉美がアニメ版でカットされるやりとりだろうと述べているが、先輩くんはアニメ版でも無事(無事?)ロリコンの汚名(汚名?)を着せられることになった。
幸いにも(幸いにも?)、ナガヒロリコンなる異名が公共の電波に流れることはなかったが──呼んでいれば、きっと浸透しただろうに。
『眠りの耽美』
眉美+生足くん+天才児くん
そのまま、眠りの話。
1日に2万字、あるいはそれ以上の文字数の文章を生成する西尾維新さんが、(高頻度で旅行を繰り返しながら)非常に規則正しいスケジュールで生活しているように、どんなに眠ってなさそうな奴でもちゃんと眠っているんだよ、的な。
ナポレオンだって風呂で寝てるしね(どこぞの吸血鬼によると)。
孤島のテントで美少年5人に混じって雑魚寝する中学生女子だっていることだし。
『志望動機の耽美』
眉美+リーダー+生足くん
生足くんが美少年探偵団に入団した経緯について。
とんだ爆弾情報である。これまた強烈なエピソードを⋯⋯。
『誕生秘話の耽美』と合わせて、生足くんのバックグラウンドは近年の西尾維新作品ならではの黒さに溢れていた。
『バンドの耽美』
眉美+先輩くん+天才児くん
バンドをしようとする話であり、メッセージの伝えかたについての話。
音楽に感銘を受けたとしても、その音楽の歌詞の内容が正しいことにはならないし、正しいとか正しくないで音楽を語るのか、みたいな。ちなみに私は音楽を聴きながら歌詞を把握することができない。
眉美が合唱コンクールについて触れていたことから、この話は多分『押絵』の後。耽々編は必ずしも近時期の話ではないらしい。
『将来の夢の耽美』
眉美+リーダー+先輩くん
第1巻に回帰したようなテーマである。
眉美のように親に反対される夢を持つ子供もいれば、逆に親に応援される夢を持つ子供──親に決められた夢を持つ子供もいる。
夢を諦めた人もいれば、夢を諦めない人──夢を諦められない人もいる。
そのすべてのケースにおいて、是非は決められない。夢を諦めることは必ずしもネガティブなものを意味しないというのが、『きみだけに光かがやく暗黒星』という物語だったように。
ところで、本エピソードにおいてリーダーは、将来の夢は名探偵であると述べているが、アニメ放送中のCMにおいて、「美少年探偵団で一番の『名探偵』は?」との問に対して、眉美は「リーダーってことにしておくわ」と答えている。
名探偵を志す美少年も、誰かにとっては既に名探偵。本人の与り知らぬところで、夢が叶っていることもあるらしい。
『誕生秘話の耽美』
眉美+リーダー+天才児くん
ラスト。誕生日の話。
誕生年月の早さでマウントを取ろうとしたり偏愛するほうを選ぼうとしたりする眉美の性格の悪さが最後まで(最後なのに)絶好調だった。
ここまで時系列についてあれこれ言ってきたけれど、この話に関しては、作品世界と現実世界が混在して、ありえない時系列を形成している。本来その時期に眉美は美少年探偵団に存在しないはずなのに。なんてフリーダムな。最初から最後まで。
⋯⋯というわけで、美少年探偵団を存分に堪能できる耽々編だった。本編と合わせて、美少年シリーズをこの一冊で体現していると言っていいくらい、充実したボーナストラックだった。
以上、南北!