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叙述トリック練習


 「もういるのか、早いな。どれくらい待った」
 「ほんの少しだけ」
 嘘だった。待ち合わせ場所のこのカフェには、その仄暗い店内の居心地がいいことも理由に、約束の時刻よりかなり早めに入店していた。
 「それなら、早めに報告と確認を終わらせよう。今回のボロ屋敷には妖怪の類はいたか?」
 「はい、家の外見に反して1体だけいました。人型の幽霊です。それとその側に、関係があると考えられる白骨化した死体が1つ。霊は無事に無力化できていると思いますが、確認をお願いします」
 出会い頭には、それはそれは驚いたものだ。なにせ誰も寄りつかない苔むした屋敷だったからな。相手は全く表情を崩していなかったが。
 「私は一応、無傷です」
 「大体わかった。今回の現物であるその背後霊は、お前に移したもの、というわけだな?」
 大柄の男は私を指差しながら言った。


 「ばれちゃしょうがないな〜」
 ずっと前から席についていた青年の背後、別の席で人目も気にせず寛いでいた、いかにも育ちの悪そうな少女の霊。その霊が、大柄の男へと向き直る。
 「バレるもなにも、私には見えているからな」
 大柄の男はほんの少しだけおどけて言う。
 渦中のその少女が、幽霊であることをふまえて喋っているのだろう。
 「ありゃりゃ、最初からとは。まいったね、こりゃあ」
 「どうでしょうか」
 「悪意は感じない。それに、話も通じる。扱い方さえ間違えなければ、害はないだろう」
 その言葉を聞くと、青年と少女の霊は、ほっと胸を撫で下ろす。
 「ただし、検査を受けることが義務付けられているから、その際に同行してもらう必要はあるがな」
 「理解しています」
 本来ならば、確保した幽霊は身柄を拘束して身体検査を行う。しかし、この霊は背後霊だ。青年に移動先を決定されるこの少女にとっては、青年が動かなければどこへもいけない。裏返せば、青年さえ動くのであれば、どこへでもいけるのである。
 「さて、こんなところか。ご苦労だった。報酬はいつもの口座に振り込んでおく。検査の日程は後日連絡を」
 「はい。お疲れ様でした」