#47 新たな時間
高梨さんはとてもよく話す人だった。
学生時代には私にも仲の良い男友達が何人かいたけど就職してそれぞれ仕事で忙しくなって、仕事の後にご飯に行ったり飲みに行くのは自然と職場の人たちとになった。
うちの会社は終業後の交流がそれほど多いわけではないけど、中山さんを好きになってからは必ずそうした集まりには参加してきた。その他に仕事以外の関係で会う友達は女友達だけになってしまって、男友達との関係はほぼなくなっている。
だからこんなふうに恋人ではない男性と食事をするなんてとても久しぶりなことで、なんだか懐かしいような気持ちで時間を過ごしている。
高梨さんは営業マンだけあって、話が途絶えて沈黙になるようなこともなく楽しい話を次々としてくれた。どちらかというと人見知りの私がほんの一時間ほどで遠慮なく笑えるようになった。
中山さんと一緒にいるときは、私はこんなに笑っているのかな、とふと考える。中山さんを好きすぎる自分の感情をセーブすることに思う以上に神経を使っているのかもしれない。
「高梨、契約取れました! 乾杯!」
愉快そうにこの台詞を言って彼のビールジョッキを私のそれにぶつけてくるのはもう3回目だ。
「おめでとう!」
この言葉も3回目。私たちのその声のテンションは徐々に上がっている。アルコールの酔いも手伝って、すごく楽しい。
「商談に必要な大事な書類が鞄に入ってなくてね、おいおい、誰のミスだよって、いや、俺だよって心の中で一人ツッコミしちゃいましたよ」
高梨さんが表情をくるくると変えながら話すそんな仕事の失敗談とかに大笑いした。
それほど親しくないのに突然ご飯に誘われて、その真意が分からなくて少し戸惑ったけど、こうして来てみると高梨さんは本当に自分自身をお祝いしたくて、そのお供が欲しかったんだと思った。だからちょっと安堵した。
だって中山さんに悪いような気がしていたから。中山さん以外の男性と二人で食事に行くことに変な罪悪感が生まれていた。奥さんのいる中山さんに私がそんなふうに遠慮するなんて変なのに。
私は目の前で楽しそうに話す高梨さんを精一杯お祝いしてあげようと思った。こんなふうに会話を途切れさせることなく話せて、でも私を疲れさせない高梨さんはたぶんよく私の表情を見てるんだと思う。私の食事の進み方にもうまく合わせてくれているのを感じた。営業という職業柄かもしれないけど、とても気配り上手な人なんだろう。
あっという間に3時間近く時間が過ぎてしまっていたようで、化粧室に向かうときに壁にかかっている時計を見て驚いた。10時を過ぎている。上機嫌に飲んでしまったせいで足元が少しふらつく。
スマホを開いた。夜にこんなに長くスマホを触らなかったことは久しぶりかもしれない。画面には通知が1件入っていた。中山さんからのメッセージが届いている。
「ゆっくり話す時間がなくてごめん。今週時間を取れるかちょっと分からないけど、大丈夫な日があったら急になるかもしれないけど連絡します」
なんとなくひっかかるメッセージに思えた。今までだったら「次は火曜日に」とか言ってくれたのに、どうして「急に」しか決められないんだろう。ううん、理由は分かっている。奥さんの状況次第ということだろうな。
「分かりました。今日はお仕事お疲れ様でした。おやすみなさい」
そう返信したメッセージを酔った頭で読み返す。いつもと何も変わらない文面だけど、なんとなく硬い空気が漂っている。中山さんと話したい。この二日間、何度も湧いてきたその気持ちに重めの蓋をゆっくり被せた。
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どの回も短めです。よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を最初から追ってみてください。さやかの切ない思いがたくさんあふれています。
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