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また会える #リライト金曜トワイライト

お得意先の会社の通路で女性とぶつかりそうになって慌てて謝ろうとした瞬間、「すみません」じゃなくて、こんな言葉が出たんだ。

「え? なんでここにいるの」

持っていたたくさんの資料を落とさないように必死で抱える君と、僕が、至近距離で向かいあっている。その言葉は二人同時に出た言葉だ。


僕たちは中学の同級生で、君は口かずが少なくて背の低い女の子だった。でもときどき僕を見上げる君の瞳がとってもきれいだったことをよく覚えている。僕の初恋の相手。大好きな子だった。


君は僕から少し距離を取るように後ろに下がってから表情をゆるませた。

「えっと、少し前からここで働いてるの」

そう言ったあとで慌てて言葉を付け足す。

「お茶くみみたいな感じ。ぜんぜん写真の仕事じゃないんだよ」

両手が本で埋まっているからか、「ぜんぜん」のあたりで頭を左右にふるふるとふっている。


僕たちの最初のデートは中学生の最後の頃で、赤穂浪士の討ち入りの日の12月14日だったからしっかり覚えている。僕も武士さながら意を決して初デートに向かったんだよな。

高校の時に行ったクリスマスの日のデートのことも記憶にある。高校生ともなるとお互い男女を強く意識している。それでも誘ったらひとつ返事で来てくれたんだから悪い感じでもなかったと思う。でもそのあと何度かデートしたけど流れてしまった。タイミングが合わなかったんだと思う。気持ちのタイミングか、状況のタイミングかは分からないけど、何かが僕たちをしっかり結びつけてはくれなかった。

運転免許試験場で再会したこともあった。ちょうど君の誕生日が近かったのを思い出して食事に誘った。君はフランスに写真の勉強に行きたいと話していた。その翌週も、一緒にご飯を食べた。会うたびに僕はドキドキしたけど、別に何も起こらなかった。

図書館で偶然会ったこともある。そんなふうに僕たちは何度も偶然の再会をしたし、デートらしいこともした。でもいつもドキドキするだけで、僕たちは何も始まらなかった。


大学の写真科を出た君だったけど、写真の道に進むのはやっぱり難しいんだろうなと、君がとんでもないと言わんばかりにふるふるふる頭を見ながら思う。

僕はというと、広告関連の会社に就職してハードな日々を送っている。会社に行きたいと思える日が一日もなくて、ストレスばかりが積み重なっていた。直属の上司は突然怒るようなワケがわからない人だし、10歳以上離れた先輩たちはガラが悪くて昔かたぎの広告マンばかりだった。一緒に愚痴を言えるはずの同期たちはバタバタと倒れてやめていった。毎月120時間以上残業し、僕の手には蕁麻疹ができていた。紙袋を持つと取っ手に血がにじむほどのひどい症状だ。

こんな自分の現状を僕は君に気づかれたくなくて、赤黒くなった紙袋の取っ手を慌てて握りしめる。

「また会えたね」

そう言って微笑む君はあの頃から変わっていないな。そしてこの後、僕たちは食事に行くんだろう。そういうのもきっと変わらない。さらにその後の僕たちがどうなるのかもきっと同じだろうね。でもとりあえず、まるで決まっていたかのように僕は言う。

「夜ご飯でも一緒にどうかな?」


あれから4年が経った。

僕は転職し、当たり前に休めるようになった休日に渋谷の本屋をうろうろしている。趣味のコーナーをなんとなく見ていると、写真集が並んでいるのが目に入ったから、そのなかから1冊を手に取った。

その写真集に、彼女の名前を見つけた。

何冊もある写真集のうちから、偶然手に取ったのが彼女のものだったなんて驚いたし、君が写真集を出せるだけのカメラマンになっていることにも、すごく驚いた。

写真集は盲目の人をテーマにしていて点字がすべてのページに書かれていた。どれも素晴らしい。彼女のあのきれいな瞳を通して撮られた写真たちは、あたたかく優しい光を放っているように見えた。

君は夢を叶えたんだね。

一緒に乾杯をしたくなった。

メールアドレスは知っている。でもどうだろう。出版日を見てみると、すでに1年が経っている。いまさらおめでとうと連絡するのは遅すぎるだろうか。

ともかくも彼女の写真集を買って外に出た。隣接するカフェに入り、写真集を広げる。僕は普段はコーヒーを買うんだけど、彼女が好きだった紅茶を選んだ。彼女には連絡せず、僕一人でお祝いをしよう。少しドキドキした。写真から何か聴こえてくるように感じたからかもしれない。

少年から青年に変わる頃の初恋の人は、惑星の楕円軌道のように現れた。僕はけっこう(かなり)好きだったんだけど別に何も起こらなかった。僕も彼女もいつももう一歩を踏み出さなかった。たぶんそれぞれが、ドキドキするので精一杯だったのかもな。

再会や偶然はひょいとやってくる。いつも心がグラグラする。それを何と呼べばいいのかずっと解らなかった。運命でも縁でもない。だけど、これはもしかしたら、現在進行形の恋なのかもしれない。


この歳になっても、まだ僕は独身だ。

彼女はどうだろう。

メールアドレスは知っている。そう、知ってるんだよな。



こちらの企画に参加しました。

こちらの記事をリライトいたしました。

【追記】

<この作品を選んだ理由>
題名がシンプルだったので、なんとなく私でもリライトできるような気がしました。
読ませてもらったところ、じれったい感じの恋が描かれていて、じれったいのが好きなので私なりに書いてみたいと感じることができました。

<フォーカスした箇所>
「瞳」のきれいな彼女が「盲目の人」をテーマにした写真を撮っているということが印象的で、ストーリーの中でその要素をフォーカスしたいと感じました。彼女のきれいな瞳(きれいな心)を印象づけたくて。

<難しかった点>
原作をリスペクトする書き方ができているかがちょっと分からないです。
池松さんがどの箇所にこだわっているのか、つまりどの文章は残したほうがいいのかをうまく見つけられているのかなぁと。
時系列が難しく感じられ、どこの時間を中心に書けばいいのかに何度も迷いました。

<所要時間>
およそ2時間半。

<感想>
仲良しさんが企画に参加されているのを見て、私もチャレンジしてみようかなって思ったものの、ちょっと途中で断念しそうになりました。半分くらいで。仕事を後に回して私ってば何をしてるんだろうと思いつつも、やっぱりやりかけた限りはやり遂げようと書き上げました。はぁー難しかった。でもいい勉強になりました。参加させてもらって、ありがとうございました。



お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨