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二人でならきっと。

ひとりで夜のベンチに座った。あたりを照らしてくれるのはベンチのうしろにある街灯だけ。

ほんのりとした明かりが私の背中を照らす。私の涙はこちら側の闇に包まれる。止まらない涙を誰にも見られないこのベンチは私の避難場所。

あなたと出会ったのはこのベンチだった。

夕方遅くにここで、ひとりで本を読んでいた私の隣にあなたが座って話しかけてきた。イヤホンをして音楽まで聞いていたのに、その私を覗き込むように話しかけてきたから、私はちょっと怖くて警戒心をもった。そんな出会い。

あなたは私にこう話し始めた。

「僕の話を聞いてくれませんか。僕の話を聞いてくれる人がいなくて、少しの時間を僕にくれませんか」

そのとき私は暗くなってきたので本を読むのをやめようかとちょうど思っていたし、聞くだけでいいならとも思った。それに私も寂しくて、誰かに話を聞いてもらいたいといつも思っていたから、つい頷いてしまったんだろう。

あなたの話は20分ほど続いた。不幸な生い立ちや孤独な気持ち、職場でのストレスなど一つ一つを苦しそうに話す。

そして話し終わったあなたは静かにこう言った。

「僕の苦しみなんて、もっと大変な人と比べたら大したことはないんですよね」

私は何も答えられなかった。もっと苦しい人は確かにたくさんいるけれど、あなたはもうギリギリのところにいると感じたから。あなたにとっては逃げ道のないつらさなんだと私には伝わってきて、私の一言があなたの人生を左右するかもしれないと思ったから口をつぐんだ。

私は黙っていた。でもずっと横に座っていた。

静かに闇が広がりはじめ、二人の影が足元に伸びる。

長い沈黙があったあとで、あなたは私に聞いた。

「あなたは大丈夫?」

自分に質問されるとは思わなくて私は動揺した。でも「大丈夫」と答えた。私は大丈夫なはずだ。

そうしたらあなたはとてもとてもうれしそうな顔で「よかった」と言ってくれた。

私は思わずあなたを抱きしめたくなった。こんなにつらいのに私の大丈夫を喜んでくれるあなたの優しい心を抱きしめたくなった。いまにも消えそうなあなたが愛おしくなった。さっき出会ったばかりの知らない男性を抱きしめたくなるなんて私も心はよくないらしい。

そのあとあなたは私に丁寧にお礼を言って腰を上げた。去っていくあなたの影が私の影と一瞬だけ重なる。あなたの影が闇に飲み込まれていく。私はまたベンチにひとりになった。

また会えるかな。そんなことを思った。

その日以来、私は何度もこのベンチにやってきた。心がつらくなるとここに来て、あなたのあのときの「よかった」の言葉と優しい笑顔に包まれる。

ねぇ、あなたはどこにいるの?

生きてる?

いま私の前はまっくらな闇。がんばって前を向いてるのに闇しか見えない。

私の後ろは少し明るいって知ってるけれど、振り向く勇気がないんだよ。

あなたが生きてるなら、また一緒にこのベンチに座って今度は二人で後ろを振り向いてみようよ。二人でなら明かりを見る勇気が出るかもしれないからね。

私はずっとここで待ってるよ。

あなたが私を求めてまたこのベンチに来る日をね。


#短編小説 #掌編小説 #ベンチ #光 #影の物語

こちらの企画に参加させてもらいました。

ベンチの写真は好きです。お昼の温かい光に包まれるベンチが特に好きですが、こういう暗闇のなかのベンチもなんだかいいですね。


お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨