人生において何に重きを置くか
最近悩みが出てきて久しぶりに書いてみようと思い、再びここに戻ってきた。
その悩みというのが「人は人生において何に重きを置くか」ということだ。
私が現在22歳だが、自分の人生を通して成したい夢がある。
それは世界の貧困をなくすことだ。
その夢は中学校1年生の時に発展途上国の現状が書かれた本を読んだのがきっかけだった。初めて自分とは全く違う環境の生活している人を見‘て、ものすごく心が痛くなった。日本とはあまりにも違う生活環境で、自分の生活がどれだけ恵まれているかがよくわかった。
それから発展途上国に興味を持ち始め、実際に現地に行ってみたいと思うようになった。そして高校2年生の時に実際にカンボジアに行き、ボランティア活動をした。
カンボジアを通して発展途上国の現状を目の当たりにした。
子供が学校に行けるように必死に働く親の姿や今日生き残るために必要な食糧費を必死に稼ごうとしている子供達。多くの人が貧しい暮らしをしていることを目の当たりにした。その現状を身とことで悲しい気持ちになったが、それ以上に感動したことがあった。
それは私たちが現地に来たことを拒まずに暖かく迎えてくれたことだ。
私たちが来たことで何かもらえるかもしれないと見返りを求めていたかもしれないけど、そんなことを感じさせないくらいの暖かさで迎えてくれた。
自分にとってその感動が人生においての転換点となった。
人は何のために生きるのか。それがわからずに苦しみながら生きてきた高校生活だったが、このカンボジアでの感動体験を通してその苦しみを払拭できた気がする。
人は誰しもが「愛」を求めているのと思う。
宗教チックだが、これが真理だと思う。
私はカンボジアの現地の人たちからものすごく愛をもらった。
貧しいながらも笑顔で溢れている彼らの姿を見て、今感じている幸せよりももっと大きな幸せを感じてほしいと思った。だからこそ私は誰もが教育を受け、暮らしに困らずに家族と幸せに暮らせる世界をつくりたい。
高校生の時の描いたこの夢を今でも変わらずに持ち続けている。
何度もバカにされてきたし、否定もされてきた。
それでも揺るぎなく、強く生きている。
この夢に向かって生きている今本当に楽しくてしょうがない。
私がここで伝えたいのは「人生において為に生きることこそが最高の喜び」なのではないかということ。
今の世の中を見ていると自分がお金を稼げればいい、自分の家族や周りの友人だけが幸せてあればいいと考える人が多いと思う。
確かに自分の幸せも大事だが、自分の幸せ以上に他人の幸せを考える人のほうが素敵ではないだろうか。
自分だけが大金を稼いだとしてもそのあとはどうする?
ただただ虚しくなるだけではないか?
それならそのお金を使って困っている人たちを救ったほうが何倍も幸せを感じれると思わないか?
これは単なる理想論かもしれない。
でも私は「為に生きること」が真理であることを本気で信じている。
最初は家族のために、会社の同僚、友人などのために何か行動してみるだけでもいい。
なんなら目の前の人のために何かしてあげれることはないかと考えてみるだけでもいい。一歩一歩進むことが何よりも重要だ。そしてそれを継続すること。
それこそが成功の秘訣であり、何より喜びを感じることだと思う。