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個人の宗教観として
生き続けるということが辛い人生だった
私にとって「生きる」とは
絶えず他者に否定され続け
どんなに言っても分かり合えず避難され続けるということだから。
そんな私が宗教というものに
「神」に救いを求めるというのはある種、当たり前のことだった。
色々な宗教をやっていたことがある
その度ぶつかって分かり合えず
「あー、やっぱりか…」
と絶望し、また場所を変え宗教を変えその都度渇望し必死になってその勉強をしたり通ったりしていた。
そんな私が罪友教会、進藤牧師の所へ通い続ける希望を見出したのは
いつかは牧師を目指したいと思っていた心に火がついたからだ。
肩書きよりも働きをしたい。
頭が悪くても想いは強く。
まだ何も進んでいない。
でも進みたい。
けど進めない。
どうせ無理なんじゃないかと思うことも多い
葛藤は常にある
そんな私は工事中なのだ