母の恋バナを聞いた日
「もし、お父さんと結婚していなかったら、今頃どんな暮らしをしていたかしら…」
この言葉は実は以前にも母が言っていたのを聞いたことがある。
実家に帰省中のある日、
母は対面式のキッチンで夕飯を作り、
私は傍らのダイニングテーブルでお茶を飲んでいた。
両親はよくある職場結婚で、今年で結婚50年。
よくそんなに長く一緒にいられるもんだと、娘ながら関心してしまう。
特別ラブラブで仲良しというわけではないけれど
時々文句をブーブー言いながらも、まぁまぁ仲良くやっているように見える。
それはお互いへの優しさや我慢や気遣いのおかげだろうと思うけど。
会社には母が先に入社し、父はそのあとに新卒で入ってきた。
父が入社する前に、実は母には同じ会社にお付き合いをしている人がいたらしい。
彼はサブちゃんというあだ名の少し年上の同僚。
母いわく、ちゃんとお付き合いをしていたわけではないというが
母の実家にも何度か遊びにきて、祖父母にも気に入られてて
一緒に旅行をしたこともあったとか。
「でも、そういうことは何もなかったのよ‥ピュアだったからね。フフ…」
と母はちょっと照れて言ってたけど。
だから、父と付き合い始めたら周りの人から
「あなたはてっきりサブちゃんと結婚するんだと思ったと言われて
びっくりしたわ!」と。
まわりもサブちゃんもその気だったのに
母はのんきで恋に鈍感な乙女だったらしい。
旅行まで行ったのに、
サブちゃんが母を好きだったことは周りの人は知っていたが
サブちゃんは母にはちゃんと想いを伝えなかったってことなのか
とにかく、サブちゃんは父にあれよと先を越されて
母は父と一緒になった。
そのあと、サブちゃんはどうなったの?
と聞くと、サブちゃんは本社に移動して行ってしまったらしい。
「でも、すごく優しい人だった。ああいう優しさのある人と結婚してたらまた全然違った人生だっただろうねぇ。そしたらあんたたちは生まれてないけどね。」
とケラケラ笑う母がなんだか可愛かった。
誰にでも、あの人と結婚していたら…
と思い出す人がいるのかもしれない。
ふと思い出す人が心にいるのもいいなと思う。
誰と結婚するのか、一緒にその後の人生をどう展開していくのか。
人生で出会って時間をともにできる人は限られているし
その時の自分の気持ちに沿って、その時の最善を選択していかなきゃいけない。
つい先日、母の親友が離婚した。70代の熟年離婚。
もうひとりの親友も旦那さんと仲は良くない。
そう考えると、
途中は苦しいこともあったかもしれないけど、
両親を見ていると、結婚50年。
なんだかんだいっても、両親はお互いをケアしながら
わりと幸せそうに娘の目からは写っているのが
嬉しく、救いでもある。
「お父さんと結婚してまぁ、悪くはなかったかな。」
それが母の本音のようで安心したところで
ごはんが炊きあがったのを知らせるメロディが流れた。
この話は、聞かなかったことにしてよ!
とか笑いながら、母が作った美味しい夕飯を食べて
歳をとってきたからこそ、話せることも増えてきて
私にとってはうれしく思った夜だった。
でも、私の恋バナはまだ母にはできないなぁ。