『墓場の頭頂部』(#2000字のホラー)
僕の職場までの通勤路に墓地があるんです。
住宅街から少し離れた位置にあり、田んぼと畑に囲まれた墓地です。田舎には多いんですよ、そういう墓地。
僕は通勤のたび、朝夕とその墓地の前を車で通る必要があります。
しかしながら、墓地は塀で囲まれてますからね。
中はほとんど見えません。
背の高い墓石の頭が塀の上にチラチラ見えるぐらい。
だから「墓地の前を通るなんて嫌だなぁ」とさえ思っていませんでした。
気味が悪いとか、そんなこともなかったですね。
しかしある朝・・・出勤の時間でしたから、早朝の7時過ぎだったと思います。
塀の上に墓石の頭が見えると言いましたが、その中に墓石以外のものが見えたんです。
黒い何かが光を反射している。
よく見るとそれは黒髪の人の頭です。
塀の向こうに、誰かが立っていました。
それだけなら何とも思いません。
「誰かが朝から墓参りしてるんだな」と思ったぐらいです。
しかし仕事が終わり、18時にまた同じ道を通った時、やはり塀の向こうに黒髪の頭が見えたんです。
しかも同じ位置に。
自分は「朝夕と熱心に墓参りしてる人がいて、たまたま時間が重なったのかな」なんて思ってました。
しかし、それから・・・墓場の前を通るたびその頭は見えたんです。
誰かがいつも塀の向こうに立ってるんです。
朝の5時も、深夜の0時も・・・。
昼は陽の光に照らされ、夜は車のヘッドライトに照らされて・・・墓石の間に黒髪の頭は見えました。
雷雨の日さえも見えたんです。
明らかに奇妙ですよね?
さすがに私は恐ろしくなって、通勤路を変えようか考え始めてました。
ただ、頭が見えるだけなので、塀の向こう人がどんな人なのかは分からない。
男なのか女なのか、着ている服さえも分かりませんでした。
そしてある日、また墓地の前を通った時です。
仕事で残業をこなした帰り道だったので、へとへとでした。
時間は既に深夜を回っていたと思います。
車のライトが墓地の方を照らした時、普段とは全く違うものが目に飛び込んで来たんです。
それは並び立つ墓石でした。
流石にぎょっとしましたね。
塀が無くなっていたんです。
墓地の塀が跡形もなく無くなっている。
そのおかげで普段は見えない墓石や備えてある花なんかがよく見える。
僕は「工事でもしたのかな」と思いました。
最初は驚いたけど、すぐに冷静になってきたんですね。
「墓地を改修する予定とかがあって、そのために塀を崩したのだ」と勝手に解釈しました。
きっとそうなのだと思うよう努めました。
しかし、すぐに別のことが頭に浮かんだんです。
「あの頭の主の全身が見えてしまう」
そう感じたんですね。
僕は墓場から出来るだけ目を逸らそうとしました。
見てはいけない気がしたんです。
あの人の身体を見てはいけない・・・そう思ったんです。
墓地でなく出来るだけ車道だけを見ようとした、その時でした。
「ほら、いつも塀のせいでちゃんと見えないじゃないですか」
突然、助手席から声がしたんです。
見ると、座席の上に黒い何かが載っている。
「あなたに見せたかったんです。わたしのお気に入りの場所だから」
それは黒髪の女の首でした。
助手席に女の首が載っていて、それが僕に話しかけてきたんです。
・・・その後のことは記憶が曖昧です。自分が悲鳴を上げたのだけは覚えています。
車は電柱に激突し、僕は気を失っていました。
警察官に助け起されるまで。
偶然通りかかった大学生が通報してくれたそうです。
大きな怪我がなかったのだけが幸いでしたね。
救急車に乗る直前、僕は墓地の方を見ました。
墓地の塀はしっかりそこにありました。
塀はあったんです。
墓石など見えませんでした。
それ以来、墓地の前は通っていません。
多少遠回りでもあの道は二度と通りたくありませんね。
しばらくして、友人が亡くなった時は困りましたよ。
埋葬されたのがあの墓地で・・・。
納骨に立ち会うように言われたので、断るのに苦労しました。
墓参りも毎回なにかと理由をつけて回避してます。
友人には悪いですが・・・。
僕はね、あの墓地を二度と視界に入れたくないんですよ。
また塀の上に頭が見えたりしたら嫌ですしね。
それに・・・自分があの墓地に足を踏み入れたとして、その時に「結構いい墓地だな」なんて思ってしまわないか心配なんですよ。
自分があの墓地の事を気に入ってしまわないか心配なんです。
もし気に入ってしまったら・・・あの首の女と同類になってしまう気がして。
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