『疾走ビデオ』(#2000字のホラー)
僕が大学生の頃の話です。
大学の近くにオフィスビルの廃墟があったんです。バブルの崩壊と同時にテナントが夜逃げをし、それ以来、何かの会社が入っても長続きしないということでした。
ある日、友人たちとそのビルを探検しようということになったんです。
いかにも暇を持て余した馬鹿な大学生の考えそうなことですね。
友人4人で、ある夜そのビルに忍び込む事となりました。
ビルの中はやたらゴチャゴチャしていましたね。
デスクやら書類やらが残ったままでした。
そんな雑然とした部屋の机の上に、何かがありました。それは古いビデオテープでした。
ラベルに「機密」とだけ書いてあります。
「機密だってさ」
「何が録画されてんだ?観てみようぜ」
僕も友人たちも興味津々でした。
「でもビデオデッキなんてないよ」
「俺、持ってるよ」
そう言ったのはB君でした。
映画オタクのB君はDVD化していない古い映画を観るために、ビデオデッキを持っていたのです。
廃墟から出ると、僕たちはB君の部屋でビデオを見ることにしました。
彼のアパートは廃墟から一駅ほど行ったところで、ちょうど近くでしたし。
B君の部屋に集まると、ビールなんて飲みながら早速ビデオの鑑賞会を始めました。
ビデオを再生すると、映像の中にどこかの部屋が見えました。
撮られた時間は夜らしく、月明かりの中に薄汚れた部屋の光景が映し出されます。
「どこだ、これ?」
映像が動き出します。
どうやらビデオを撮っている人が走り出したようです。
映像は激しく揺れながら、部屋を飛び出し、階段を駆け下ります。
そのまま建物から出て、夜の街が映し出されます。
しかし古い映像で、なおかつ揺れているので、それがどこなのか判別つきません。
ただビデオを持つカメラマンがすごいスピードで走っているのだけは分かります。
「なんだこれ、走ってんのか?」
「意味わかんねー」
「面白くも何ともないな」
僕たちは各々勝手な事を言いながら、しばらく眺めていました。
10分以上そんな映像が続き、半ば飽き始めた時でした。
「おい、ちょっと」
B君が言いました。
「これ、映ってるの、俺たちがさっき通った道じゃないか」
そんな馬鹿な、と僕は思いました。
しかし言われてみると見覚えがあります。
コンビニの光、信号機、パチンコ屋・・・確かに僕達が先程通った道です。
「古いビデオだぞ。何で先月オープンしたコンビニが映ってんだ?」
「でもこの道って見覚えあるよ」
思い返すと、映像が始まった部屋はビデオテープが置いてあった部屋だった気がしてきました。
あの雑然とした部屋です、
「ビルからこっちに近づいてきてるのか?」と僕は思いました。
そんな時、映像の中にB君のアパートが見えたんです。
カメラマンが走る速度を上げるのが分かりました。
まるでゴール前にスパートでもかけるみたいに。
ビデオを持つ誰かはアパートの非常階段を駆け上がり始めました。
僕は耳を疑いました。遠く、部屋の外から本当に階段を上がる足音が聞こえてきたんです。
階段を2段ぐらい飛ばして駆け上がる音。
スキップするみたいな、楽しそうな足音。
ビデオの映像通り、実際に誰かが階段を登って近づいてきているんです。
映像はついにB君の部屋の前に来ました。
同時に、どんどんどんと部屋の扉を誰かが叩きました。
「うわっ!」
「なんだよこれ!」
僕たちは激しく混乱し、口々に叫びました。
A君は顔面蒼白になりながら、ぶるぶると震えています。
多分僕も似たような顔になってたでしょう。
扉を叩く音は一向に止みそうにありません。
すると突然B君がビデオテープをデッキから取り出しました。彼はそのままテープを床に叩きつけたんです。
ビデオテープが割れ、中のフィルムが飛び出した時、扉を叩く音がピタリと止みました。
「どうなってんだよ・・・」
僕たちは何も言えませんでした。
そのまま部屋の外にも出られず、大音量で音楽を流しがら、酒をあるだけ飲み尽くしました。
ついさっきの出来事を忘れてしまおうと、過剰に陽気に振る舞ったりしましたね。
夜が明け、おそるおそる部屋の扉を開けましたが、そこには何の痕跡もなく、胸を撫で下ろしたのを覚えてます。
しかし、友人達との間でビデオの話がタブー扱いになっているのには別の理由があります。
そのしばらく後、僕はB君を街中で見かけました。
彼はどこかに急いでいるのか必死に走っていました。
「どうしたんだろう」と声をかけようとして、僕はすぐに思い留まりました。
B君は古いビデオカメラを持って、撮影しながら走っていたんです。
そしてB君は姿を消しました。大学も辞め、部屋も引き払い、実家にも帰らず、どこかに行ってしまったんです。僕たちには未だに何の連絡もありません。
彼はおそらく今も走り続けているのでしょう。ビデオで、撮影しながら。
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