植物から始まる異世界スローライフ!! 【創作大賞2024 漫画原作部門】
第三話
この日、ママにキッチンの使用許可をもらい。エルブ原っぱで新しく見つけた木と実を使い、実験している。その私の足元をクネクネ、スリスリする黒いもふもふがいた。
「……ちょっとアール君! 私の足に尻尾を絡ませて邪魔をしないで、あやまって踏んじゃうって」
「エルバ様、これは邪魔をしているのではありません。危険な実験をする、エルバ様を止めているんです」
自分を"監視役"だと言い。私がする事に目を光らせて色々注意してくる……もふもふ黒猫さんである。
この、黒猫のアール君との出会いは一週間まえ。
私は新作の"コメ団子"を食べながら、いつものエルブ原っぱにきている。
「おいしい! この新作モチモチ団子を作った人に感謝!」
この魔法都市に住む実験好きな魔法使い、魔女、亜人達はコメ草が食べられると知ったやいなや。ぼた餅、野菜などの具をたっぷり挟んだお焼き、せんべい……いま私が食べているモチモチ団子……などなど。元から栽培している食材を掛け合わせて、新しい商品を産みだしている。
――怒涛の勢(どとうのいきおい)とは、これの事ね。
いまに異世界風のカツ丼、親子丼、牛丼……ドリア、シチュー、カレーと、いった私が食べたい食べ物が、知らないうちに出来ているかもしれないくらいの勢いだ。
まあ、カレーはターメリック、クミン、コリアンダー……とか? スパイスがいくつも必要だから、いますぐ作るのは無理かな。
異世界の植物でそれらしい香草、薬草が見かかれば話は別だけど。でもコムギン、小麦粉はある。あとバターと牛乳があればシチューができる。
「ん?」
エルブの原っぱを探索中、足元に一センチくらいの丸い赤い実が落ちていた。私はしゃがんでその実をつまみ「博士、この実は何?」と博士に聞いた。
《これはシュワシュワの実と言います》
シュワシュワの実?
博士、食べられる?
《はい、食用ですが。そのまま、実を食べるのは危険です》
――なに? 危険な食べ物?
匂いは無臭、この赤いシュワシュワの実が気になる。
しばらく悩んだすえ……好奇心は勝ちマジックバッグから水筒を出して実を洗い、ペロリと舐めた……。
お、おお、舌の上で名前のとおり"シュワシュワ"する。
しかし、このシュワシュワはどこかで味わったことがある。
「あっ!」
そこでピンとひらめき、その実をポチャンと水筒に落とした。すると、水筒のなかでシュワシュワ、パチパチ聞き覚えがある音がする。
私の記憶が間違っていなければ!
「いただきます!」
私はシュワシュワ入りの水を一気に喉に流しこんだ。
シュワシュワ、喉を炭酸を飲んだときの爽快感が過ぎていく。
「「お? おお――! ……やっぱり! 温いけど炭酸水だ!!」」
――私のひらめきは間違っていなかった。
で、この実はどこから転がってきたの? と、原っぱを見渡すと。近くの低木(ていぼく)――私の腰くらいの木にその赤い実はみのっていた。
博士に低木の名前を"シュワの木"だと教えてもらい。
"タネ"をもらって畑に植えると、ページの一角にドンとシュワの木が実った。
(ほぉ、いつもの一マスとは違い、低木(ていぼく)は四マス必要なのかぁ……リンゴの木とか、果物の木はまるまる一ページ使うのかな?)
そうだ、博士。
シュワシュワの実効能は?
《整腸作用、腸内環境を整えます》
ほほう、お通じがよくなるのか……飲んどこ。
「プハァ、ひさしぶりの炭酸はうまし!」
"いつでも炭酸水が飲める!"と喜ぶ私は、後ろから鋭い視線を感じた。――だれ? だと振り向くと。もふもふの黒猫が1匹、尻尾を揺らし、草の陰からこちらをジッと見ていた。
――私が一人原っぱで、ゴゾゴゾしているから気になったのかな?
異世界の猫ちゃんか……この子の尻尾が二本だ可愛い。もふもふ、ふわふな見た目の猫ちゃんにのほほんと声をかけた。
「君はどこからきたの?」
私が猫ちゃんにそう聞くと。黒猫はいきなり"キッ"と膨らみ威嚇して、バシバシニ本の尻尾を地面に打ちつけ。
「君はここで変わったものを食べて毒、麻痺になったのにもかかわらず。――また、調べもせずに食べているのです? ……あなたは学習しないバカですか!」
「…………ええ?」
いきなり"もふもふ黒猫ちゃん"に怒られた。
可愛い、黒猫ちゃんに怒られた……。
いや、それよりも。
「……ね、ね」
「ね?」
「「猫が人の言葉をしゃべったぁ!」」
「え? ……知らないのですか? きょうびの動物、猫だって言葉くらい話しますよ」
「うそ? 黒猫ちゃん以外にも言葉を話す動物がいるの?」
「ええ、おります」
――おお、さすが異世界!
今度、お隣のカトリーナお姉さんが飼っている"チビドラゴン"と、ナナばぁーの"子トラ"に話しかけてみよう。
「(ボソッ)……まあ、嘘ですけど」
「ん? なにか言った?」
黒猫ちゃんは目を細め。
「いいえ、何も言っておりません。……ところで、あなたのお腹の具合はどうなんですか?」
「私のお腹の具合?」
意味がわからず首を傾げると、黒猫ちゃんは長い尻尾をパシパシ地面に叩きつけて。
「気持ち悪くないか? 痛くないか? 聞いているのです。そんな得体の知れない"シュワシュワ"する不思議な物を飲んで、お腹が痛くないかを伺っているのです」
――得体の知れないシュワシュワ?
あ、そうか……この黒猫ちゃんは私の心配してくれているんだ。――なんて優しい黒猫ちゃんなんだ。
「ありがとう、黒猫ちゃん。この赤い実は食用だから食べても平気なんだよ。……そうだ、あなたも気になるのなら"シュワシュワ"飲んでみる? ぜったい、びっくりすると思うよ」
と、私は黒猫ちゃんの返事を待たず。マジックバッグからコップを取り出し、シュワシュワをそそいで目の前に置いた。
目の前――地面におかれシュワシュワ音がなる、コップの中身を、黒猫ちゃんはいぶがしげに見つめた。
「ふぅ、未知なる体験――(ゴクッ)大丈夫、僕に毒は効きにくい、なにごとも体験あるのみです! ……摩訶不思議(まかふしぎ)なシュワシュワ……いただきます」
オズオズ、ピンク色の舌でシュワシュワをペロリ舐めた。その、とたん――頭から猫ちゃんの毛が"ぶわあっ"とふくらむと、それはいっきに尻尾まで走り抜けた。
猫ちゃんは瞳を大きくして。
「お、おお――こんなの初めてです! 面白い、舌と喉がシュワシュワいたします!」
(おお、いい反応!)
気に入ったのか、黒猫ちゃんはシュワシュワを一気に飲んでくれた。そして、ペロペ口舌で口の周りを舐め、毛繕いをはじめた。
(可愛い、スマホに撮りたい! 猫の仕草って可愛いなぁ。前世、猫を飼いたかった……鳴き声も、もふもふも、見ているだけて癒される)
この子を撫で回したい。
家に連れて帰って一緒のベッドで眠りたい。
朝になったら、ぷにぷにの肉球で起こしてもらいたい。
――されたら、どんなに幸せだろう。
「フフ。……エルバ様、えんりょせず僕を撫でてもいいのですよ」
――え、今、私の名前を呼んだ?
「どうして、名前を知っているの?」
「名前? エルバ様は知らないのですか? 今、この魔法都市サングリアであなたの事を、知らない人はいません。なにせ、エルバ様はコメ草の食べ方をみつけた有名人です」
――私が有名人? コメ草の食べ方はみつけとというか……博士が教えてくれたんだけど。
「ちまたで"エルバコメ"と名前のついた商品が配られました」
「「え、エルバコメ!」」
だから、さいきん外出するとみんなが……優しい瞳でみてきたんだ。
おむすび食べる? とか、お団子どう? とかもあった。
「……でも、そのネーミングは照れちゃうなぁ」
「フフ、実に面白い……エルバ様、僕は"かれこれ"暇を持て余しておりました。実によい暇つぶ……いいえ、エルバ様とお知り合いになりたいです」
今、私のことを"よい暇つぶし"と言ったな。
まあ、黒猫ちゃんは可愛いから、いいけど。
「そうです! 手始めに僕に名前をつけてみませんか?」
「黒猫ちゃんに名前?」
――僕に名前をつけてみませんか?
黒猫はそんな事を私に言った。
「私が黒猫ちゃんに名前つける? あなたは名前がないの?」
「はい、いまの僕には名前がありません」
いまは名前がない? と、なると猫ちゃんには昔は名前があったけど……いまは訳があって、その名前が使えないとか?
はっ! 亡くなってしまった、元の飼い主にしか呼ばせたくないとか?
重大じゃない、私が名前をしっかりつけてあげないと。
――このときの私は、この名前付けがいかに重要で、大切なものなのか勉強不足で知らなかった。
「君の名前は……」
心地よい風が頬をなでるエルブ原っぱで、私は黒猫ちゃんの名前を真剣に考えていた。
「よし、決めた。見た目が黒いから、黒ちゃんなんてどう?」
「却下で!」
「え、お断りありなの?」
「はい。自分の名前ですので、よい名前がいいです」
そんな、きらきらな瞳で見ないで……元の飼い主さんよりいい名前なんて――プレッシャーが。
「うぬぬ……」
トム、却下。
ぽぽ、却下。
しげぞー、却下。
「エルバ様は名付けの、センスがありませんね」
「ひどい、これでも……真剣に考えてるのに!」
まめ吉、ココ、またゴロー、モチ太郎……全部ダメ? だんだん黒猫ちゃんの額の、模様が"ローマ字のR"に見えてきた。
「アール君はどう?」
「アール……いい名前です」
アール君の名前を、黒猫ちゃんは喜んでくれた。
「つぎに人差し指を、僕の前に出してください」
「人差し指? はい」
何も考えず人差し指をだすと、猫ちゃんはその指をガブリと噛み付き、指から流れた私の血をペリッと舐めた。
「え、ええ――私の血を舐めた? な、なんで?」
驚く私とアール君の真下に、赤黒な魔法陣が現れて消えた。