魔女っ娘ハルカ⑱(小説)
私は部屋を片付け、荷物の整理していた。
と、いっても大した物は持ってきてはいないのだが、少しの間住まわせてもらった感謝の気持ちを込めて、男の一人住まいのアパートを布巾で隈なく掃除をした。
「台所はこれでよしっ…と、あとはトイレかな…」
立つ鳥跡を濁さず。
勝手にやって来て、勝手に出ていくんだもの、せめてお部屋くらいは綺麗にして飛び立たないとね。
「え〜と、トイレ用のブラシなんてあるかな…」
洗面台の下の物入れをゴソゴソとかきわける。
「…何を探してるの?」
「ん〜、おトイレ掃除する用具…えっ?!ヒロおかえり…いつ帰ってきたの?…」
いつもは仕事で19時過ぎに帰って来るはずの彼が、まだ昼過ぎなのにトイレのドア前に立っている。
「この時期は暇だから早上がりしたんだ。 ずいぶん部屋キレイになってるけど…ハルカが掃除してくれたの?」
「あぁ…うん!なんか少し気が向いたというか〜…ここに来て一ヶ月、掃除もしてなかったからね〜w」
私が少し動揺しながら答えると、ヒロはギュッと私の身体を抱きしめた。
「ありがとう…もう、出ていくんだね…」
「えっ………、うん…」
私はヒロに悟られたことに気まずさを感じ、気の抜けた返事をしてしまった。
「もし…もしね、ハルカがこれからしなければならない事に関して、本当に俺が邪魔なら黙って君を見送るよ。でも、少しでも…ほんの少しでも君と居てもいいのなら俺も一緒に行かせてほしい。」
「ヒロ…」
「分かってるよ、ここから先は君と君の家族の問題だって…でも、この一ヶ月の間俺も君と過ごしてとんでもない経験をしながら、少しだけだけど協力出来たかなって思うんだ。だから、最後までとはいかないだろうけど結末をキチンと見届けたい。ダメかな…」
「そんな、ダメだなんて…ここまで来れたのはヒロが居てくれたからだよ。きっと私一人では、何も出来なかった。実際、二十年以上も宝玉を取り返すことできなかったもの。だから、ヒロには本当に感謝してるよ。」
「本当に?俺で良かったの…?」
「うん。…ヒロ、一緒に来てくれる?」
「もちろん…次は地獄?」
「ううん、天国。」
私達はトイレの前で抱き締め合った。
………………………………………………………………………………
二人で一つのベットに横たわる。
仰向けになって目を閉じて、互いの手をかたく握ったまま深呼吸をする。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、行くよ」
「いいよ…」
「私達の故郷へ…」
二人の意識は身体を抜け、部屋を飛び出しアノ島へと向かった。
「わー!スゴい!」
「上から見るの初めてでしょ〜」
「確かに…」
「さて、どこに降りようか…」
「アソコは?」
「…そうね、二人の想い出の場所。」
私達は初めて顔を合わせた、あの場所に降り立つ事に決めた。
「ふう…着いた」
「なんか懐かしい…」
「この前来てそんなに経ってないのにね…」
「あ…あの時は、ごめんね。怖がらせちゃって…」
「俺の方こそゴメン。」
「ん?なんで?」
「パンティー覗いちゃって」
「…えっ、見たの?」
「見えたの、青いパンティーが…」
(バシッ)
「見晴らしが良い所に行こうか」
「…うん」
ケツを蹴られた俺と、ケツを蹴ったハルカは再度手を繋いで高台へと飛んだ。
「ん〜、割と風が強いね〜」
「でも、ここからの眺めは最高だね!」
「ほら、右下に熱帯魚の家もあるよ〜」
「あ〜行ったことある!キレイだよね〜」
「もう少し浅い岩場で、夜にヤシガニとか島ダコとか取って茹でて食べたな〜」
「イザリ(夜の漁)とかは?」
「いったさぁ〜グルクンもイラブチャーも一突きよ〜」
「流石、ウミンチュ!」
「えっ?私、名前教えたっけ?」
「ん?ハルカ以外の?」
「…私ね、本当の名前は海人っていうの。」
「かいと…」
「うん、入江海人。めちゃくちゃ海の人みたいな名前だよねw」
「素敵な名前だね…」
「ありがとう…ウミンチュだけどねw」
「カッコいい!w」
「どうも〜。しかし、暑いね…少し涼しいところ行こうか!」
「と、言うと…」
「クーラー効いてる所かな〜行くわよ!」
俺達は離れ孤島・奥武島へ飛んだ。
「見て〜!可愛い〜!」
「海中より良く見れるよね。」
「あ〜なんだか、私も泳ぎたくなってきたさ〜」
「じゃ、海行く?」
「うん!」
私達は歩いて、直ぐ側の海岸へ出た。
「しかし、いつ見ても変な岩場だよな」
「これはね、大昔に噴出した溶岩が固まって五角形や六角形の形の岩場になったんだよ」
「知ってるよ〜w」
「なによ…」
「泳がないの?」
「ちょっと人がいるから恥ずかしい…」
「いや、見えないと思うけど…じゃあ、アソコ行く?」
「アソコか…うん、行ってみる!」
また、歩いて戻り俺達は施設に入った。
「ここなら、泳げるんじゃない?」
「プールみたいな温泉じゃんw」
「ねぇ、入ろうよ〜ハルカ!」
「う〜ん…だって水着持ってきてないし〜」
「いいじゃん、とりあえず着てるもの脱いで〜ほら、裸の付き合いしようよ〜」
「やだっ…ちょっと、勝手に脱がそうとしないで…」
「ほらほら〜せっかくだし〜…」
(バチン!)
「さぁ、次はどこ行く?」
「ハルカの案内ならどこでも…」
「なら、アソコね…」
「もしかして…」
「行くわよ〜!」
頬を打たれた俺と、頬を打ったハルカは仲良く手を繋いでアル工場へと飛んだ。
「うっ…この匂いは…」
「ふふ…良い香りでしょ〜」
「…好きだな〜本当に」
「中に入ろう〜!」
「スゴい…壮観だな」
「これ、全部飲みたい」
「脳みそ溶けるぞw」
「瓶入れされてるね〜!」
「俺も島にいる時は結構飲まされたよ」
「私もシークワーサー入れて毎日飲んでた」
「ダメだ…我満出来ない…」
「おいおい、待て待て」
「だってコレ展示物でしょ、飾って置くだけじゃお酒が可哀想…」
「いや、ハルカが飲んだら味も何も無くなるから。それにコレ古酒だから値打ち物だよ」
「だから、飲みたいの。というか、飲むの」
「おいおい…従業員さんが見えないからって勝手に……マジかよ…」
「(グビグビ…ゴクゴク…)ぷふ〜!最高!」
「あ〜あ…飲んじゃったよ。」
「こんな高い泡盛、一度飲んでみたかったのよね〜もうね、全然違う。胃に染みる。」
「そうかい…良かったね」
もう外は日が暮れてきていた。
ここに何時間居たんだ…
「さて、イイ感じになってきたところで、ちょっとロマンチックなとこでも行く〜?」
「イイ感じw まかせるよ」
「よ〜し、次はアソコだ!」
ほろ酔いハルカは俺の手を握り、とある館へと飛んだ。
「ここね〜!」
「来たことある?」
「初めてだよ…」
「初めてか…なら、ヒロの初めていただきま〜すw」
「はは…酔ってるね。」
「ホタルの光に導かれに行きましょ〜!」
「き…キレイ」
「幻想的よね」
「ここまで沢山のホタルは初めて見た…」
俺達はしばらく、この光景にただただ見惚れていた。
「ねぇ、ヒロ…」
「ん?」
「ヒロってさ、私と過ごす前は休みの日とか何してたの?」
「ん〜そうだね、割と本読むの好きだから図書館行ったりとか、あとは映画見たりとかかな。」
「へ〜、そうなんだ!私も読書するの好き」
「おー!やっぱり気が合うんだね。あと、たまに文章書いたりもするな。」
「えっ?!自分で小説とか書いたりもするの?」
「いや、そこまでいかないけど…思ったこととか、感じたことを吐き出すように文体にしてストレスを解消したりしてたかな〜」
「へぇ〜、見てみたいな…」
「あはは…そのうちね。」
「ごめんね、いつも休み使わせちゃって…」
「いやいや、むしろ今までの生活より刺激的で楽しいよ!こちらこそ付いて来ちゃってごめん…」
「謝らないで…ヒロ…」
「だって…ハル……」
ハルカは俺の言葉を遮るように口づけをした。
とても優しくて柔らかいハルカの唇は、俺の寂しかった気持ちや自暴自棄だった心の闇を全て取り払ってくれるような気がする。
いつまでもこうしていたい
二人で誰にも邪魔されずに
ずっと、ずっと…抱き合っていたい
その想いとは裏腹に
刻一刻と二人を分かつ
試練の時が差し迫っている
そんな気がしていた…
………………………………………………………………………………
「いよいよか…」
「うん…」
「俺はどうすればいい?」
「近くで見守っていて…私がなんとかやり遂げるから。」
「わかった…」
「さすがに夜は暗いね…」
「一応は観光スポットだけど、夜なんて誰も来ないからね。」
「確かに…」
「元々、この沖縄各地にある城(グスク)は祭事に使われていた神聖な場所だから、跡地になっても土地特有の威厳は変わらないの。つまりね…」
「つまり…?」
「お迎えすれば、応えてくれる神様がいるんだよ。この島を…この国を守ってくれている神様が…」
空には満点の星空。
「スゴい…天の川だ…」
「凄いよね…こんなに無数の星々が宇宙には存在している。それを、私達は地球という自然豊かな素晴らしい星から確認している。」
「人間なんてちっぽけな存在だよね…」
「そんな事ないんだよ。私達は確実に未熟な生命体だけど、この宇宙から愛されるだけの存在であることは間違いないの…」
「宇宙から愛される…か…」
「うん。その愛される資格があるかを今から神様に問うの…」
「えっ…」
「大丈夫…私と貴方ならきっと大丈夫。」
「…ハルカ、信じてるよ。」
「私も信じてる。ヒロ…ここにいて。」
「わかった…」
ハルカは高台になっている地面にハンカチをひき、その上に宝玉を置いた。
ハルカが柏手を打ち、詞を唱え始めた。
神を呼ぶ儀式が始まる…
「高天原に坐し坐して
天と地に御働きを現し給う
龍王は大宇宙根元の
御祖の御使いにして
一切を産み一切を育て
萬物を御支配あらせ給う王神なれば
一二三四五六七八九十の十種の
御寶を己が姿と變じ給いて
自在自由に天界地界人界を治め給う
龍王神なるを尊み敬いて
眞の六根一筋に御仕え申すことの由を
受引き給いて 愚なる心の數々を
戒め給いて 一切衆生の罪穢の衣を
脱ぎ去らしめ給いて
萬物の病災をも立所に祓い清め給い
萬世界も御祖のもとに
治めせしめ給へと
祈願奉ることの由をきこしめして
六根の内に念じ申す
大願を成就なさしめ給へと
恐み恐み白す」
ハルカが祝詞を読み上げると同時に突然、星の瞬きは消え、空は厚い雲に覆われ、風が吹き荒ぶ嵐のような天候に様変わりした。
「これは…」
「御出でになるわ…」
曇天の雲間からは稲光が閃光を走らせ、ゴロゴロと雷鳴が響きわたる。
ただならぬ雰囲気が俺達の感情を、畏怖のものへと変化させてゆく。
「来る…」
(ガガガゴーーーン!!……)
稲妻が落ちる轟音と共に、あたり一面が真っ白な光に包まれる。
俺は目が眩み、目蓋を閉じたが再び目を開けると、そこには空一面を覆い尽くすような強大で恐ろしい存在がコチラを見ていた。
「………ウソだろ…」
「龍神様よ…」
その、あまりに圧倒的な威厳のある存在感に俺は言葉を失い、ただ呆然と立ちつくした。
『…余を呼び出したのは貴様か…』
龍神の言葉が腹の奥から響いてくる。
「お初にお目にかかります。私はこの島に生まれ育ち、霊道の修業を積んでまいりました入江家の者に御座います。此度は龍神様の宝玉を返上させて頂きに参りました…」
ハルカは膝をついて龍神に敬意を払い、口上を述べた。
『…そやつは…』
龍神が俺を見て、ハルカに問いただす。
「彼はこの宝玉を取り返す際に、協力してくれた私の大切な方です。」
龍神は少しの間を空けハルカにこう告げた。
『…ならば消す』
「えっ…」
龍神は俺にむかって少しずつ近づいてくる。
「なんで…?!なんでですか!彼は…彼がいなければ、その宝玉は奪われたままだったんです!それなのに、何故?!」
龍神は恐ろしい口を開け、唸り声を上げる。
その開け放たれた龍口には、俺を一瞬で消し去る為の光の波動が溜められている。
「ハルカ…やっぱり俺、邪魔だったね…」
俺は偉大な存在の前に、なぜか観念した。
この存在が俺を不要とするのならば、きっとそうゆう事なのだろうと…
「大丈夫!大丈夫だから、私が貴方を守ってみせる!」
ハルカは俺を両手で庇い、強大な神に立ち向かう。
「ハルカ…駄目だ!それでは君が…」
龍神は冷淡な眼光でコチラを見据え、牙の生え揃ったデカい腔内を剥き出しにし、俺達に向かって光の矢を放ってきた。
「危ない!」
とっさに俺はハルカを押しのけ前に出た。
龍口から放たれた光は俺の身体を貫き、俺は気絶するように前のめりに倒れた。
「ヒロ…ヒロ!!なんで…」
俺はハルカに抱きかかえられ、その腕の中でジッと彼女の事を見つめていた。
「ありがとうな…ハルカ…」
ハルカの綺麗な顔が雨と涙でグシャグシャになっている。
それでも、彼女は美しく見えた。
この娘と一緒にいれて良かった…
「ダメっ…!行っちゃダメ!ヒローー!」
俺はハルカの温もりを感じながら、静かに目を閉じた。
………………………………………………………………………………
(ピピッ…ピピッ…)
「ん〜…もう朝か…」
俺は目覚ましのアラームを止め、ベットから起き上がった。
「あれ…俺…一人だっけ…」
俺は何か大切な事を忘れているような感覚に陥り、しばらく動けないでいた。
「…夢?…いや…女の娘…誰だ?…あれ?」
大事な事を忘れたような、思い出せない幸せな記憶があったような、不思議な感覚に朝から襲われていた。
「どうしたんだ…俺は…」
頭を抱えて記憶を手繰る。
とんでもなく素晴らしい夢を見たのか、それとも潜在的になりたい自分を想像で思い描いたのか…それすら分からない。
ただ、何故か悲しかった。
最愛の人と離ればなれになってしまったような気持ちが、梅雨空の雨模様と酷似していた。