オナクラ
(ガチャ…)
「はい〜もしもし、女の子クラブ(略称・オナクラ)で〜す」
「あ、あの〜すいません」
「はい〜?」
「今週の土曜日のメイク教室に行きたいんですけど…」
「はいはい、午後4時から始まりますので、それまでに受付していただくようになってま〜す」
「その4時って少し過ぎたらマズイですかね」
「…と、申しますと?」
「ちょっと地方から伺うので、間に合わなかったらと思いまして…」
「あ〜…それだとどのくらいのお時間に来られます〜?」
「5時とか…」
「あ〜それだとメイク指導もだいぶ進んじゃってる感じになっちゃうかも…」
「わかりました!なるべく早く行きます!」
「4時少し過ぎる位ならギリギリ間に合うかも知れないけど…」
「頑張って仕事終わらせて早く行きます!」
「では、お待ちしてますね〜」
「宜しくお願い致します!」
という、確認の電話をした。
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〜数日後〜
「ふ〜、時間は間に合ったけど暑いな…」
日中はすでに初夏の陽気に段々と背中が汗ばんできた。
新宿駅に着いてからも、かなりの割合でミニスカートの人達が目につく。
無差別テロのように生足絶対領域を撒き散らし、ジッと見ているだけで罠にかかってしまいそうな暴威は、世の男性を常に苦しめる。
「おまたせ〜!」
一人では不安なので、御苑前で仲の良い女装娘ちゃんと待ち合わせをして案内をしてもらう事にした。
「今日はヨロシクね」
「この先は私のテリトリーだから任せて」
新宿二丁目に慣れた彼女に道案内を任せ、なんとか午後4時前に到着する事ができた。
外見からは何の店か分からない建物の階段を2階まで上がる。
そこからエレベーターで4階のフロアまで上がると…
「いらっしゃいませぇっー!」
日中からやってるポップな居酒屋かと思うくらい威勢の良い挨拶で、長髪の男性スタッフの方が迎い入れてくれた。
「何名様でしょーっ!?」
「あっ、あの…二人…」
「はいっ、こちらどうぞー!」
メイク教室の受講者である旨を伝え、受付で入場料金の支払いを済ます。
すでに数名のフェミニンな感じの若い男性が薄ピンクのソファーで待機しており、テーブルの上にはスタンドミラーやメイク道具が並べられていた。
「じゃ、そこの空いてる所に座って下さーい」
我々はメガネをかけた若い子の隣に座り、緊張しながら開講を待った。
「え〜4時10分頃から始めたいと思いますが、メイク道具持ってない方は〜…?」
店長さんが各々の状況を聞いて、道具等が必要か否かを確認している。
自分は一緒に来た頼れる相棒のメイク道具を貸してもらうことになった。
受講者は私達を含め5〜6名いるが、割と皆んな手慣れている様子で本当の初心者は自分だけだと気がついた。
「大丈夫?若い子ばかりで気後れしてない?」
優しい相棒が声をかけてくれる。
「全然平気よ」
嘘をついた。
これは一人では無理だ。
こんな初心者オヤジが若い子に混ざって溶け込めるわけがない。
付き添いで来てくれてありがとうと、心から感謝した。
「え〜、それじゃそろそろ始めますね〜」
私は初心者ということで、メイクの流れが項目ごとに記載された2枚の用紙を頂いた。
「では、まず①のベースメイクから…」
そこには洗顔から乳液、化粧水を顔に塗ると書いてあった。
「はい、これね」
相棒がテーブルに乳液と化粧水を用意して置いてくれる。
もし、当日こちらに用意がなくてもスタッフの方が一通りのメイク道具は準備してくれてあるみたいだ。
なんと素晴らしいことでしょう…
「じゃあ、手のひらに浸けて顔全体的に広げて下さいね〜」
見様見真似でやってみる。
なんか顔に張りが出た気がする。
「次はコンシーラーを塗りま〜す」
肌色というかベージュの液を指で顔に塗り拡げていく。
まさに顔に塗り絵をするための、ベース(土台)を作っているようだ。
「え〜、じゃ次はファンデーションなんだけど…ヒゲが少し出ちゃってるかな〜」
店長さんは私のアゴが薄青くなっているのを指摘してくれた。
「あ…朝剃ってきたんですけど…」
「ヒゲってね、皆んな苦労するんですよ。じゃあね、私のコレを少し取って薄く塗ってみて下さい」
店長さんが差し出してくれた化粧品は、三善というメーカーの舞台役者さんなどもよく使用する赤いドーランだった。
「これをヒゲの部分に薄く塗って…」
「ぷっwwお猿さんみたい」
「いや、そっちこそ!笑」
相棒と二人で顔を見合わせ笑い合う。
「その上からファンデーションを上塗りして隠す感じにするんだけど…ファンデーションは粉かな?リキッドかな?」
「えっと、クッションタイプだから両方兼ね備えた物ですね」
「なるほど、そのタイプが普段は使いやすくて良いと思います。でも、今日はこのクリームタイプを使ってみて」
私達は店長さんが出してくれたクリームを、赤くなった顔の部分に塗っていった。
「スゴい…」
「目立たなくなったね!」
こういった技術はメイク慣れした熟練の方に指導して頂けなければ知り得ないことなのだろう。
知識を教えてくれる事は、非常に有り難いことである。
ヒゲの濃い私達が店長先生の御教示を真剣に聞いている中、そんな事をする必要のない若人達は、すでにアイメイク手前まで仕上がっており、和気あいあいと各々のメイク道具について話をしていた。
「あっ、それ私も持ってる!」
「これとか一回も使ってないw」
「結構増えてきちゃったから、お店に寄附したいんですよね〜」
私が彼らくらいの歳の頃は、メイク道具なんて興味すらなかったな…
今は男性も「美」を必要とする時代。
脱毛、肌のケア、眉やヒゲの手入れ、体重と食生活の管理。
女性に負けないくらい自己管理能力を持った男性がたくさん生まれている。
性別など関係ない。
綺麗は正義なのだ。
「次は、眉毛を描いてみましょう」
ここで私は自分の眉毛をマジマジと見た。
すると、両眉毛ともに数本の長くてハミ出た毛が出ている事に気がつく。
「あ〜…気がつかなかった。家で切ってくればよかったな〜」
「まあね、普段からメイクしてないから仕方ないですよ。そのくらいならメイクやウィッグで隠せるし、気になるようなら後ろの化粧台にハサミあるんで、後で整えて下さい」
「は〜い」
この眉毛の事もそうだが、最初の乳液を顔につける時から気づいていた事がある。
それは…
俺、老けたな〜( ;∀;)
こんなに至近距離で自分の顔を見ることなんて、ほとんどない。
せいぜい、鼻毛を抜く時くらいだろ。
それが、今日は顔の細部までじっくりと長時間見る羽目になっている。
知らぬ内に出来ていた小ジワや、シミ。
キレイとは言い難い額や、頬の肉感。
目の下のクマ。
青紫色の唇。
なにより、顔色が悪い。
この顔面が女性のようになれるのだろうか?
例えば、全てのケアやメイク等が必要ない完璧な黄金比率を持つ整った顔を「0」とする。
化粧水や眉毛を整えたりする毎に、タスクが一つずつ増えてゆく。
その「0」から離れれば離れるほどタスクは多くなってゆく。
私などは、ゆうに100以上の項目をこなさなければならないだろう。
自分に気を使っている女性達は常に、それと闘っている。
そして、女装男子達はそれ以上にタスクと真っ向から向き合い、一つ一つこなしてゆく。
ちょっとエッチな事をしようと思ったら、プラス10位のタスクが増える。
より多くの「面倒」を抱えて美しさを手に入れていくのだ。
だから素敵に見えるんだよね。
私はどこまで手が届くのかな…
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〜小休憩〜
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煙草を吸い終え、フロアに戻ると店の有線から聞き覚えのある曲が流れてくる。
「……生きてくことは愛すること愛されることと〜♫」
glayの「春を愛する人」
私の好きな曲だ。
そういえば、店内に入ってからずっとJ-POPが流れているが、私の世代が懐かしいなと思う曲ばかりだった気がする。
たぶん、この曲も私と店長先生くらいしか知らないだろう。
私の相棒は聞いたことあるかな?って感じ。
他の若い子たちは多分わからない曲ばかり。
でも、なぜかそれが私には心地よかった。
このお店が私の味方をしてくれている様に感じたからだ。
『歳いってるからって、諦める必要なんてないんだよ。きっと、素敵になれるよ』って…
勝手な思い込みだけど、なんだか背中を押してくれた気がしたんだ。
「よしっ、やるか!」
いよいよ、アイメイクに取り掛かる。
店長先生が図で説明してくれた。
順番は上から、
①アイホール下から
②アイホール上へ
③涙袋(下に大きく)
④目尻(少し長めに)
といった感じで、色や描き方で個性を出していく。
私は先生に地雷系(ピンク系)か大人系(茶系)どっちがいいか聞かれた。
先生は自分の顔で左右のアイメイクを別々に描いて、とてもわかり易く見せてくれた。
「茶系が良いです」
「そうね、その方が似合うと思う」
私にそう言って微笑む先生の笑顔は、すでに可愛らしい女性のようだった。
相棒のメイク道具を借り、自分なりに懸命に目元を色付けてゆく。
時折、私に声をかけて応援してくれている可愛い相棒。
大好きだ。
glayと店長先生と愛棒に応援してもらいながら、なんとかアイメイクを完成させた。
「うんうん、いいじゃん!」
「お、可愛い…」
先生や相棒がお世辞でも褒めてくれたことが嬉しかった。
生まれて始めて自分が「可愛い」という言葉の対象に置かれたことが、ドキドキしてフワフワして不思議な感覚だった。
あとは、付けまつ毛をと思っていたのだが初心者には付けるのも難易度が高いし、剥がれかけた時も対処が難しいとのことで割愛し、色の悪い唇も先生の口紅を借りて濃いめに仕上げ、頬に多少のチークを塗ってメイクは終了となった。
「さて、いよいよウィッグと洋服を選びましょうか!」
先生は私に合いそうなウィッグを選んでくれた。
「じゃ、こっちの化粧台の前に座って」
先生にウィッグネットを渡され、それを頭に被り髪をネットにしまい込む。
「じゃあ被せるね〜」
先生が私にウィッグを被せ、位置を調整しブラシで髪をとかしてくれる。
鏡には長い髪の毛を解かしてもらっている私が映っている。
そこには、男ではない私がいた。
自分では表現し難いが、とても臆病だけど一縷の望みを抱え、この場所へとやってきた迷い子が救われたような…
誰にも言えない悩みを抱えていた子が、この鏡の前で明るい未来への扉を開いたような…
そんな光景が脳内に飛び込んできたんだ。
私もその沢山のポジティブな意志を感じたせいか、自分の姿を見てウットリとしてしまった。
「私……可愛い…」
この瞬間を、きっと私は一生忘れないだろう。
「洋服はどんなのが良い〜?」
「年相応の物を…」
私がそう言うと、奥の方から数着持ってきてくれた。
「このワンピース着てみます」
「そのカーテンの奥で着替えてね〜」
カーテンで仕切られた更衣室で、人生初のワンピースに着替える。
シューズも借りれるので、欲をかいてヒールの高い靴を履いてみた。
恐る恐るカーテンを開け、フロアに出ると相棒と先生が待っていてくれた。
そこで出た言葉は…
「授業参観…笑」
「うんwwいそ〜」
好意的に捉えよう。
オジサンからオバサンにはなれたのだ。
「お名前はどうする?」
私の女装ネームか…
「う…ウメで…」
「ウメ?それじゃ、オバサン通り越してお婆さん…」
「それ以上言ったら、月に変わってお仕置きするわよ」
「あ…はい。とても良い御名前だと思いますよ…( ͡°ᴥ ͡° ;)」
「そうでしょ〜」
まぁ、名前については単純にペンネームが「海人」なので、それが女になって「海女(ウメ)」ってだけである。
それはさておき、ウメは着慣れない服に気もそぞろだった。
ワンピースで下半身がヒラヒラして冷えたせいか、尿意をもようしてきた。
「ちょっとトイレ…」
私はヒールを履いた足をガクガクさせながらトイレへと向かった。
便座を前に頭が錯綜する。
「あれっ?どうやってすればいいんだ?」
気持ちは女性に近づけたが、身体は男のままなので、いつも通りすればいいのだが、何故か少し戸惑いを感じてしまった。
下着も女性物を履いているので混乱する。
「いいや、普通にしよう…」
私は思いきりワンピースの裾を捲り、無事に事をなした。
洗面所で手を洗いながら鏡を見ると、自分の目が赤くなっている事に気づく。
2時間以上も小さな鏡を見てメイクしていたからな…
目が疲れたんだろう。
思えば相棒も会った時、たまに目が赤くなっていることがあったな…ご苦労さまm(_ _)m
フロアに戻ると沢山の可愛らしい女の子達がキャピキャピしながら自撮りしたり、お話ししたりしている。
「だ、誰だこの娘達は?」
とても可愛らしいルームにフィットした、若くて花のある娘達が楽しげにはしゃいでいる。
数時間前ははしゃぐ事などなく、男の子特有の素っ気ない喋り方をしていたというのに…
あのときの男の子達はここにはもういない。
「私も写真撮ってみようかな…」
私が化粧台に座り、スマホのカメラで角度などを見ていると、一人の女装さんがライトをあててくれた。
「こうしてライトで明るくすれば、肌も白く見えてシワとかも隠れて見えますよ」
「あ、ありがとうございます!」
私は女装さんの助けを借り、何枚も自撮りをした。
奇跡の一枚が撮れる事を信じて…
「ねぇ、ウメさん。お店もオープンしたみたいだから2階行ってみる?」
相棒がフロアの移動を提案してくる。
「うん。行く」
私はこのお店で、とある事を考えていた。
それをする為に来たと言ってもいい。
今からそれを実行しよう。
②へ続く。。