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#10 怪我と傷。『ほったらかし』の利点。

 昔(昭和40年頃)は外で遊んで転んで、手足に擦り傷や切り傷を作ることが割にしょっちゅうありました。それほどやんちゃでもなかった私でも記憶があります。水道で傷口をすすいで、赤チン(マーキュロクロム。水銀を含む製品を規制する水俣条約で2020年12月に製造中止)を膝や肘に塗られていた。ちょっとませてくると、あちこち赤く染まるのが、カッコ悪い、恥ずかしい。そう言うと、代わりにヨーチン(ヨードチンキ)を塗られた。赤チンよりも、傷がしみて痛いから効くんだ、もう大きいんだから、みたいな誇らしげな気持ちも少しあったような。おぼろげに手足が、あの痛みを記憶しています。ざっくり皮膚が裂けていても、同じ対処をされて、『ほったらかし』に見えました。様子を見て、膿(う)んだり治りが悪ければ、病院へ行こうという対応でした。うちは医療機関ではなく、だいたいそんな風潮だったような気がします。

 現代でも傷口を洗うこと(洗浄)は基本です。救外ではブラッシングと呼んでいましたが、文字通りこすって砂粒や異物を取り除くことから始めます。自分が痛がりだから、やっててこちらまで痛みを感じるので、こっそり局所麻酔をしてから洗っていました。上司に注意されましたが、別にルールもマニュアルもない時代で、気に留めませんでした。ヒビテンアルコールを混ぜて少し赤くなった水を洗面器に満たしてゴシゴシと洗いました。

 ただし、創部(傷口のこと)を消毒・滅菌することについては、今日では有害とされています。アメリカ厚生局公衆衛生局の教えによると、皮膚の下を消毒すると、組織を障害し、壊死・不良肉芽・痂皮の形成を促し、かえって創傷治癒が遅延するのだそうです。ほんの最近まで、患者さんには毎日通院してもらい、創部を熱心に消毒していました。やらないと、逆に消毒もしてくれないというクレームにつながりかねません。さらに感染予防のために、抗生剤を数日内服してもらう、この習慣にも疑問符がついています。エビデンスは伝統的習慣を老害という名で一掃しつつあります。してみると、昭和の民間療法は結構正しかったのかもしれません。

 最近はエビデンスなるものを受け売りして、例えば採血前に皮膚を綺麗にするだけの消毒液も一切使おうとしない医療関係者も目にします。エビデンスを狂信せず経験に照らし合わせて、自分で改めて考えることにしています。

 創傷が治っていく過程を振り返りますと、縫合をすると大体は48~72時間で創面がひっつき閉鎖されます。その上から消毒するのは確かに意味がない。閉鎖されると滲出液も出なくなるので、ガーゼも必要なくなる。それは尤もだと思います。滅菌した手術用具で、ほぼ無菌状態での手術場で縫合した創部であれば、それで良いとは思うのですが、普通の傷はまた違います。

 何が違うかと言うと、『感染を危ぶむ目配り』です。

 戸外や普段の生活環境での怪我、普通はそういう創部が一般的です。汚染や異物が入っている前提で、先述の洗浄を行います。流水で十分にできるだけ洗います。生理食塩液推奨ですが、身の回りに普通ありません。流水の圧力は物理的な洗浄効果もあります。床ずれ(褥瘡)も同じですが、壊死組織や異物があると治癒を邪魔する。それらを洗い落とします。ここは理解しやすいですよね。

 それでもなお感染する場合はあると思います。人それぞれ免疫力は色々で、ある感染症に罹る方もいれば、平気な方もおられます。自分が糖尿病や肝硬変といった背景をもつなら、人より易感染性(病原体に感染しやすい、感染症が重篤化しやすい)という認識を持つのは有益です。

 そこで感染しにくい、感染を見つけやすい状況にしておくことを考えます。例えば、明らかに汚染がひどい傷、半日くらい時間が経った傷は感染のリスクが高い。そこで思い切って縫合せずに、2〜3日開けたまま様子を見ます。これをdelayed sutureとか二次縫合と呼んでいます。大きく開いていない犬猫の咬傷、複雑な洞窟(ポケットと言っています)があるような傷は、あえて切開をして、創を開いて単純化せよ、とまで大昔に教えられました。出口が先に引っ付いたら、異物や壊死や膿(いわゆる、うみ)が外に出にくなる、不利な状況をなくせ!という心です。

 一旦順調に見えて、数日以上経ってから、どうも1箇所皮膚のつき(癒合)が悪い、いまだに痛む、といったことがあります。びっくりされるかもしれませんが、縫合した糸が原因で感染し、下に膿が溜まる場合があるのです(縫合糸膿瘍)。こういう場合は治った傷を一部開いて、膿を出さねばなりません。

 言い換えると、プロレスや乱闘で作ったような、ぱかっと開いて出血している傷は派手ですが、早く処置できれば対処が楽です。出血が多いことは血行が良い証拠で、血行の良し悪しは治癒の決定的要素です。ですが、そのままでも開いたままでも、意外に治ってきます。生き物の再生治癒能力は驚異的です。何かで被覆して湿潤にする(『ラップ療法』で検索して下さい)のは有効ですが、蛋白合成が正常であれば、いわば勝手に治る、ちょっと手助けをする位でほったらかしにします。縫合して綺麗に治そうという観点とは真反対ではありますが。

 意外に思われるかもしれませんが、伝統的なガーゼは意外に創部を擦過する影響があり、擦れるたびに痛みます。組織を障害もしているのではないかと危惧します。滲出液(しんしゅつえき、創部からしみ出す体液や一部は膿)を吸収する目的なら、ソフトタッチで摩擦も少ない、尿パッドや女性用のパッドの能力は絶大です。創部にポンと貼るだけ。悪臭がない限り数日でも交換しなければ、自然に湿潤環境になり、上皮化(皮膚形成)に有利です。いい加減に処置されたと言われそうですが、その点を払拭する説明をしておきます。

 それほど滲出液がなく、創部が平坦な場所なら、市販の透明のシール( アルケアマルチフィックスロールテープ(商品名言ってしまいます)を貼っておけば、創部表面の摩擦がなくなります。接触による痛みもなく、創部の観察も容易な点で、褥瘡や表皮剥離に愛用していますが、効果に驚きます。結局、何もしない『ほったらかし』のがいいの?これらは非医療用品の市販品なので、価格が安いことも有利な点です。自己療法(セルフメディケーション)には必携の商品だと、在宅療養の皆さんにお勧めして、漏れなく好評を博しています。

 治癒が遅い、1〜2週間で治らない場合、何か邪魔をしている原因があるはずと考えて観察をする。稀ながら命に関わる物として、ガス壊疽とか激症型溶連菌感染症が上がると思います。これらは医師でもそれほど経験するものではありません。結局は治癒が遅い、他に原因がないのに全身状態が悪い、ことに気づくことからが、スタートです。

 とりとめない話になりましたが、日々発見がある創傷についてのお話でした。

2024年7月3日

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