※ネタバレ注意※K2 484話『伸びる樹は』ドラフト指名の着信/譲介くんのスイートピー
K2 484話『伸びる樹は』
怪我と少年野球と鳴らない電話
残暑厳しい2024年の10月。
とある建設現場では空調服に身を包んだ作業員たちが今年のドラフト会議の話題に花を咲かせていた。注目はなんと言っても西海大翔洋高校の桐生正文。高校生離れした強肩とこれまで故障知らずという堅実なコンディション管理能力で各球団の1位指名が集まるのは確実視されていた。
ところが、作業員たちの桐生評はやっかみまじり。身体の管理を優先し、甲子園決勝で投げず結果的に西海大翔洋の優勝を遠ざけた桐生の姿勢が自分勝手だというのだ。
その時、黙ってドラフト談義を聞いていたひとりの作業員、森中が昏倒してしまう。高品総合病院に搬送された森中はステージ2の胃がんだった。手術すれば完治できる状態、しかし、「自分は終わった人間だから」と手術を拒む森中に困惑する一也。
実は森中は元少年野球のコーチだった。
彼が自暴自棄になった要因には、ある才能あふれる野球少年との思い出があって……
小ネタがいっぱい!
や、ややや野球回だーーーーーー!!!!
直球の野球回だ。
真船先生といえば野球ファンで知られ、ご自身もかつては草野球の名プレイヤーだったとか。今年2月のトークショーではかの水島新司先生率いるチームに勝ったこともあるとお話されていた(私は野球に昏いのだけど、水島新司先生のチームすっごい強いらしいです)。
スーパードクターKの時代から何かにつけ野球ネタのエピソードがあり、K2では減っていたものの今回は久々にド直球の野球回である。
小ネタもたくさん。
ドラフトに参加していたホワイトフォックスは一人先生と富永先生が北海道まで遊びに行った回でおなじみ。
見事、桐生正文の交渉権を勝ち取った甲府ヤンキースはスーパードクターK第20巻で、KAZUYAさんが道代ちゃんの旅館に逗留中に出会った星岡投手が東京アストロズからトレードされた先だし、当の星岡はなんと甲府ヤンキースのGMに就任していた。
そしてもちろん、レオポンKはシリーズおなじみの栄養ドリンクである。…初出では割と胡散臭いノリだったレオポンK、ドラフト会議をスポンサード出来る位の大企業に成長していたらしい。
ところで、西海大にも附属高校あったんですね。高品院長やクエイドの朝倉先生、富永先生など西海大卒のキャラクターのなかにも附属高校出身者がいるのかしら?
怪我をした正文くんを診察した、さとう整形外科の先生はどことなく中原とほる先生を思わせる雰囲気がある。
中原とほる先生はスーパードクターKの医療監修を務め、御年82歳で現役の整形外科医であり、つい先日『野球で語れ』という短編でプロ・アマ不問のマンガ賞を受賞したものすごい方でもある。
これも今年2月のトークショーで語られていたが、スーパードクターK連載中に真船先生が四国の中原先生宅を訪問した際、飲んで食べて大いにご機嫌だった中原先生が急患の一報入るや表情がギリリと改まり医者の顔で飛び出していったのが、道尾先生が初登場するK2初期の名作『麻酔』のイメージソースらしいです。
巧みな短編
ドラフトの電話かかってくるかもしれない、という昭和の定番ギャグがある。
10月になると、いい歳のおじさんが電話を眺めてはソワソワし、コール音にとびつく。様子がおかしい、どうしたの?と聞くと「いやぁ、俺へのドラフト指名電話が来るかもしれないからさ」→「今さらお前にかかってくる訳あるかい!」というベタネタだが、今回のエピソードはそれを本歌取りしたようで、すべてが「今さら」になり、人生を諦めかかっていた男がドラフトの日の電話で生きる気力を取り戻す。
森中の携帯電話は古い型で、ずっと機種変更もしていない。正文からの電話を待ち続け、自分が野球人であった日の最後の名残でもある。身を持ち崩して生活が困窮したであろう森中が、格安の携帯会社に乗り換えなかった心中も思うと、着信を受けるラストシーンの美しさに惚れ惚れとした。
森中の病気から、かつての怪我による挫折から、正文少年の怪我、その後の甲子園での桐生正文の決断…情報量が20Pのそれでなく、一也くんの出番がごく少ないことも合わせて独立した掌編のようである。
巧みな構成に深夜に何度も繰り返し読んでしまった。
なんでこれ20Pで済むのシリーズ、最近だと『T村女子会』とかもすごかったですよね。
これは私事なのだけど、野球あんまり好きじゃない。
なぜかというと、好きな番組を野球の延長で録画し損ねたとか、野球なら野放図に延長放送出来る特権性に腹立ってたとか、高校野球の応援に生徒を駆り出すこれまた特権性にムカついていたとか、まあ色々あるのだけど、甲子園出場を決めた地元の公立高のエースピッチャーが大会本番を前に疲労骨折でベンチを逃したというニュースを幼少期に聞いて、ショックを受けた影響が結構大きい。
気の毒というか、怖いというか、子供心にそんなこと起きちゃダメじゃない?…と混乱したのをよく覚えている。
以来、甲子園の試合が白熱したとニュースを聞いても、なんだかヒヤリとする気持ちが去らない。近年は異様な猛暑でもあるから余計にだ。
だが今回のエピソードで、自分の中の野球を忌避する気持ちの一部が少しだけ成仏した気がする。
譲介くんのスイートピー
原画展の描き下ろし、譲介くんが公開された。スイートピーだ!!
花のチョイスも嬉しいし、率直になんていい絵だろう…と思った。かすかにはにかんだような、でも堂々とした微笑みを浮かべて、スーツをパリッと着こなした譲介くんの姿が頼もしい。
スイートピーの花言葉は、
門出・別離・ほのかな喜び・優しい思い出・私を忘れないで・永遠の喜び
などがあるらしい。
どれも素敵ですね。
原画展の描き下ろし、あと何人いるのかな。
できれば宮坂さんと龍太郎も見たいなぁ。