サービスデザイナーになった頃の私が、どうやってビジネスを学んだか。
私が「サービスデザイン」というものをやるようになった頃、一番苦労したのは、経営や事業全般に関する知識の不足でした。
それまでは、コンテンツディレクターとして会社案内や広報誌など印刷媒体の企画制作に携わってきた人が、いつの間にか、新しいプロダクトを開発して事業化させようとかそんな会話が交わされる場面にデザインの専門家として関わるわけですから。特に何もよりも「ビビった」のは、相対するクライアント企業の担当者の立ち位置です。コンテンツディレクターの頃は広報・宣伝等いわゆるコーポレート部門の方からいただく「どうしたら読まれる媒体をつくって社内外の人に喜ばれるだろうか」という課題に対して、的確なアウトプットを提案すれば価値が発揮できていました。しかし、サービスデザインの仕事では、同じクライアント企業でも向き合う相手は新規事業開発部門や経営層クラスの方、ご相談いただく内容も「数年後にXXXXの事業化を想定している。顧客視点で伴走してほしい」というような次元の大きな話。当然、最初の頃は、相手の求めることが理解しきれない状態で、どんな提案、いや、会話をすれば良いかすらわからず戸惑いました。それも当然です。社会人になってから、企画・編集・デザイン・進行管理、それしかやったことのなかった当時の自分は、経営層や事業責任者の視座などわかっていなかったのですから。
そのあとの自分は、「デザイナーであっても、より”広義のデザイン”の分野で活躍するのであれば経営や事業のことを知らないと戦えない」という危機意識の下でひたすら書籍を読みまくり、なんとかプロジェクトリードを担当できるレベルにはなりました。
そして、ちょうどその頃「DX」という単語が一般に膾炙しはじめ、社会全般に向けて「高度デザイン人材」「デザイン経営」などビジネスにデザインを活用すべきという趣旨の提言が数多く発信されました。また、DXや事業開発に関わるビジネスパーソン全般が持つべきスキルや基礎知識が「デジタルスキル標準」という形で公表されました。この「デジタルスキル標準」では、ビジネスアーキテクトやソフトウェアエンジニアと並列でデザイナーのスキルが定義されており、その中にはデザイン技術だけではなくビジネスに関する様々な知識も多く含まれてます。
この時期になってようやく、これまで自分が頑張ってきたことは、世の中の流れと符合しても間違っていなかったな。と思ったものです。
さて、当時の自分が、経営や事業のことを学ぶために、どんな学習方針をたて、どんな書籍をインプットしたのか振り返っておくことは、僭越ながら今後、スキルの拡張を考えられているデザイナーの皆さまの参考になるのではと思い、この記事を書くことにしました。デザイナーといっても正確には私自身は「コンテンツ分野(印刷媒体等)のディレクター」から「サービスデザイナー」への転身でしたが、いわゆるプロダクションワークのデザインだけではなく、より広義の分野でも活躍されたいと考えてる方全般に対しても応用できる部分があるのではと考えてます。お役に立てれば幸いです。
それではまず最初に、デザイナーは経営や事業のことを、どの程度学んでおけばよいのでしょうか?
所属組織や専門領域によって一概には言えませんが、私の考えでは、サービスデザイナーの場合だと、「経営層や事業責任者クラスの方とまともな会話ができる」が目指すべき水準だと思います。
「まともな会話ができる」ためには次の三つが「学びのゴール」になります。一つ目は、「経営活動・事業活動における一般的によくある悩みや課題を知っている」こと。つまり経営層や事業責任者の方がどういう課題意識を持たれているのか、その立場や視座を少しでも理解することです。次に、「経営活動・事業活動で用いられる一般的な戦略や打ち手を知っている」こと。戦略や打ち手とは例えば、音楽におけるコード進行や将棋の定跡と思っていただけるとイメージが湧きやすいでしょうか。コードを知らなくても曲は書けるし、定跡を知らずとも将棋は指せますが、極めるためには型を知る必要があるのと同じです。
そして最後に三つ目は、「経営活動・事業活動になぜデザインが必要なのかを語れる」ことです。少し雑な言い方をすると「なぜ、経営や事業にデザインが必要なのかを”デザインのデの字も知らない人”に対してでもちゃんと説明できるか」ということです。この三つ目のゴールは特に重要なので後段でも詳しく述べます。
それでは、三つのゴールに向けて、自分はどう学んだのかをお話しします。
1、経営活動・事業活動における一般的によくある悩みや課題を知っている
当たり前ですが、このゴールに達するには、まずは日々のビジネスに関するニュースをキャッチする習慣をつけることからです。ただ、その際、よくある悩みや課題の背景に存在する「しくみ」を理解しておくと良いです。ここで言う「しくみ」とは、事業の課題であればビジネスモデル、経営の課題であれば組織デザインを指します。
私の場合は、ビジネスモデルのパターンについては、
・ビジネスモデル全史(三谷宏治著、ディスカヴァー・トゥエンティワン・2014)
・ビジネスモデルの教科書 経営戦略を見る目と考える力を養う(今枝昌宏著、東洋経済新報社・2014)
を最初に読みました。この二冊以外にもロングセラーとなっている「ビジネスモデル2.0図鑑」(近藤哲朗著、KADOKAWA・2018)など同じような趣旨の書籍は他にも多数刊行されてますので、まずはそういう書籍を読んでおくと良いです。
次に、組織デザインのパターンについては、
・組織デザイン(沼上幹著、日本経済新聞出版・2004)
・経営組織論 はじめての経営学(鈴木竜太著、東洋経済新報社・2018)
をまず読みました。これも同じく似たような趣旨の書籍は他にも多数出てますので、読みやすいと思ったものから読んでみてください。
なお、「ビジネスモデル」も「組織デザイン」も、キーワードで検索するとおすすめ書籍が10冊くらい出てきますが、片端からたくさん読破することを目指すのではなく、まず2冊か3冊読めば十分です。同じテーマで3冊も読めば、その後は概ねどの本を読んでも共通して基本的なことが理解できると思いますので。
ビジネスモデルと組織デザインのパターンを理解したうえで、日経のメディアなどで発信されている日々の情報をキャッチする習慣を身につけると、普段の仕事で直面したり話に聞く課題に対しても「あ、この企業の課題はあの有名企業のパターンに近いな」「この事業はこういうビジネスモデルだから、おそらくこういう課題が存在しそうだ」という感じで土地勘らしきものが備わってきます。
2、経営活動・事業活動で用いられる一般的な戦略や打ち手を知っている
次は「戦略」「打ち手」です。これもビジネスモデルや組織デザインと同様、まずは広く・浅くで良いのでできるだけ網羅的に書いてそうな本を読んで全体像らしきものを把握するのが良いです。私の場合は、
・経営戦略全史(三谷宏治著、ディスカヴァー・トゥエンティワン・2013)
・世界の経営学者はいま何を考えているのか(入山章栄著、英治出版・2012)
が、最初の頃に読んだ書籍だったと思います。
広く浅く全体像を知ると、「戦略」「打ち手」のいわゆる「定番」と言えるような知識・概念・フレームワークなどが理解できてきます。例えば、マイケル・ポーター氏による「ファイブフォース分析」、クレイトン・クリステンセン氏による「ジョブ理論」、野中郁次郎氏らによる「知識創造企業」などが割と一般的に膾炙されているでしょうか。私の場合、全体像を把握したあとは、上に挙げたようなキーワードに関連する書籍を興味のあるものからひとつひとつ読んでいきました。
また、同じく「定番」を抑える意味では、グロービスMBA関連書籍も良いです。事業開発に関わることが多いサービスデザイナーの場合だとこの中でも「経営戦略」「事業戦略」「事業開発マネジメント」「マーケティング」あたりが必須の守備範囲かと思います。
さて、ここまでに書いた要点を概ね抑えれば、少なくとも経営や事業開発等の現場で交わされる会話に「ついていける」程度の自信は持てるようになるかと思います。ただ、「ついていけた」としても「まともな会話ができる」ためには、「デザインの専門家として有益な発言できる」ことが欠かせません。そのために必要なのが最後のゴール、
3、経営活動・事業活動になぜデザインが必要なのかを語れるようになる
です。
これは「普通にサービスデザインなどの専門書を読めばいいのでは?」と思われたかもしれません。ただ、ここで注意が必要なのは、そういう専門書は、デザインの専門家の視点から、ある程度、デザインを知ろう・学ぼうとする意思がある人に読まれることを前提に書かれている(と思われる)ため、そこに書いてあることをそのまま現場で説明しても、相手には響かない場合もあることです。
デザイナーは仕事柄、クライアントや関係者に対して「顧客(ユーザー)の視点に立つことが大事なんです」ということを主張することが多いです。私もそれに異論はありませんが、ここで冷静に考えるべきことがひとつあります。そもそも、経営や事業の、しかもマネジメントや決裁者クラスの方が「顧客視点の大切さ」を理解してないことなど本当にあるのでしょうか? 組織・財務・市場などいろいろな背景が絡み合うなかで優先順位をつけて意思決定に臨まれる立場にある人の視座を理解せずして、我々デザイナーが、あまり建設的ではない「そもそも論」を主張してしまってないか、この点は謙虚に内省が必要だと思います。
そういう意味で必要になってくるのは、デザインの専門書ではなく、アカデミックな分野で中立的(かどうかはわかりませんが)にデザインを研究されてきた方による書籍です。ここでは
・デザイン、アート、イノベーション 経営学から見たデザイン思考、デザイン・ドリブン・イノベーション、アート思考、デザイン態度(森永泰史著、同文舘出版・2020)
・デザイン経営(鷲田祐一著、有斐閣・2021)
・デザインマネジメント論(八重樫文・安藤拓生著、新曜社・2019)
の3冊を推薦します。
「デザイン、アート、イノベーション」はデザインの効用だけではなく限界にも冷静に言及されている点が興味深かったです。また、「デザイン経営」は日本企業にデザインが定着しにくい構造的課題にも踏み込んで解説されている点が非常に役立ちました。
これらの書籍はいずれも、デザインの重要性を語りつつも、読者を「デザインだけ」の土俵には引き擦り込まずに、経営の視点から冷静にデザインというものの相対的な意義を解説されてます。
このような書籍を読んで、「なぜ、経営や事業にデザインが必要なのか」を自分だったらどう人に説明するか? 思考訓練することをお勧めします。それが仕事でいろいろな人と話していく際の自信につながるでしょうから。
今日は、スキル拡張を考えているデザイナーの皆さまに向けて、経営と事業に関する基本的な知識の学び方と推薦書籍を、自身の個人的な経験に基づいてまとめてみました。
ここで書いたこと以外にも、社会実装、ビジネスアーキテクト、テクノロジー、エンジニアリング、プロジェクトマネジメント、社会学や経済学など、さわりだけでも抑えると良いテーマはたくさんありますが、ここから先は皆さんの目的意識に照らし合わせて個別に深耕していただくのが良いかと思いますのでここで締めます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?