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多重特異性抗体・T細胞エンゲージャーの開発動向2024年12月
日経バイオテクを読んでいると、T細胞エンゲージャーに関する記事を頻繁に見かけます。
そこで今日は、以下のリンクに示す2つの記事についてまとめてみました。
T細胞エンゲージャーとは
T細胞エンゲージャーは、がん治療を目的とした多重特異性抗体(bispecific antibody)の一種で、以下のような特徴があります:
- 二重特異性抗体:片方の抗体はT細胞上のCD3分子を標的とし、もう片方はがん細胞の特異的な抗原(例:CD19)を標的にする。
- 機能:この抗体は、T細胞とがん細胞を物理的に近づけ、T細胞を活性化させてがん細胞を破壊する。
- 実用化例:「ビーリンサイト」(一般名:ブリナツモマブ)は最初のT細胞エンゲージャーであり、B細胞性急性リンパ性白血病(ALL)に適応される。
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開発状況
治療領域
- がん領域が圧倒的に多い:
- 全348件中331件(95.1%)ががん治療を目的。
- その他の適応症(炎症・免疫疾患、代謝性疾患、感染症など)は少数。
臨床試験段階
- 348件の開発プログラムの内訳:
- 第1相試験:48.9%(112件)
- 第2相試験:38.9%(89件)
- 第3相試験:10.5%(24件)
- 承認申請中:1.7%(4件)
- 初期開発段階(第1相・第2相)が多いですが、承認された製品も増加中。
地域別の開発動向
- 中国がトップ:
- 中国:57件(22.5%)で、アメリカ(55件、21.7%)を抜く。
- グローバル開発:138件(全体の約40%)。
- 日本:17件(6.7%)とやや少ない。
- その他(EU、韓国など)も開発を進行中。
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市場動向と競争力
1. 市場規模の拡大:
- T細胞エンゲージャーは新規モダリティとして注目され、がん治療の市場で拡大が予想されています。
- 2023年度には既に年間売上高が10億ドルを超える抗体医薬品が複数誕生。
2. 中国の台頭:
- 中国企業が多くのプログラムを牽引しており、他国企業への競争圧力が増加。
- 中国発の創薬が強化される中、日本企業との競争力の差が懸念される。
3. 非がん領域の可能性:
- 現時点ではがん治療が主流ですが、自己免疫疾患や感染症治療への応用も期待されています。
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今後の展望
- 非がん領域での応用拡大:
- 現在は免疫疾患や感染症での承認例はありませんが、将来的には応用範囲が広がる可能性が高い。
- 日本企業の戦略:
- 日本企業が中国企業と連携することで、技術革新や市場競争での優位性を確保する動きが注目されます。
- 臨床試験の進展:
- 初期段階のプログラムが多いため、これらが後期段階に進むことで、新たな製品が市場投入される期待が高まります。
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結論
T細胞エンゲージャーは次世代のがん治療薬として、特に中国が開発をリードしています。がん以外の疾患への応用や、日本企業が競争力を高めるための戦略が今後の重要なテーマになるでしょう。
T細胞エンゲージャーの開発動向と現状
1. 概要
T細胞エンゲージャーは、二重特異性抗体を用いてT細胞を腫瘍細胞に誘導し、殺傷を促す免疫療法の一種です。現在、標的抗原として最も多いのはCD3×BCMAであり、この分野では3剤目が承認審査中です。
2. 主な標的抗原
- 最多:BCMA(18件)
- 次点:CD20(17件)、CD19(13件)
- その他:GPRC5D、Claudin6、HER2など
BCMAは、B細胞の成熟や生存に関連し、多発性骨髄腫などの血液がんで高発現が確認されています。
3. 抗BCMA×CD3 T細胞エンゲージャーの主な製品
1. Tecvayli(テクリスタマブ)
- 開発企業:ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)およびGenmab
- 承認状況:2022年に欧米で条件付き承認、2024年に日本で承認申請
- 特徴:第1/2相試験では奏効率63%、完全奏効率39.4%を示す。
2. Elrexfio(エルラナタマブ)
- 開発企業:ファイザー
- 承認状況:2023年に欧米で迅速承認、日本でも2024年に承認
- 特徴:主要試験で奏効率61%、副作用は比較的軽度(CRSと神経毒性が主)。
3. リンボセルタマブ(REGN5458)
- 開発企業:リジェネロン
- 承認状況:承認申請中だが、製造施設に関するFDAの指摘で審査が保留。
4. CAR-T療法との比較
- CAR-T療法(例:アベクマ、カービクティ)は高い有効性を持つ一方、コスト(3,000万円以上)や製造時間の問題があります。
- T細胞エンゲージャーはこれらの課題を軽減し得る治療法として注目されています。
5. その他の標的を持つT細胞エンゲージャー
- Talvey(タルケタマブ):GPRC5Dを標的とし、多発性骨髄腫に対する治療効果を確認。
- Imdelltra(イムデルトラ):DLL3を標的とし、小細胞肺がんに対する迅速承認を取得。
6. 今後の展望
二重特異性抗体は血液がんにおいて大きな成果を上げており、現在は固形がんへの応用も進んでいます。また、三重特異性抗体の開発が進んでおり、さらなる治療効果が期待されています。
ちなみに何のために三重にする必要がるのでしょう?
三重特異性抗体(tri-specific antibody)の設計は、治療の効果をさらに高めるために考えられています。二重特異性抗体(bi-specific antibody)に比べて、三重特異性抗体には以下のような目的や利点があります。
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1. より精密な腫瘍攻撃
三重特異性抗体は、複数の標的を同時に認識することで、腫瘍細胞への選択性を高めます。例えば:
- 一つ目の標的:T細胞(CD3など)を活性化。
- 二つ目の標的:腫瘍特異的抗原(例:BCMA、CD19、HER2など)に結合。
- 三つ目の標的:腫瘍マイクロ環境(例:免疫抑制因子や血管新生因子)を攻撃または回避。
これにより、腫瘍細胞への正確な攻撃が可能になり、正常細胞への影響を減らすことが期待されます。
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2. 複雑な腫瘍環境への対応
腫瘍細胞は多様な抗原を持ち、これが治療抵抗性の一因となります。三重特異性抗体は、複数の抗原を同時に標的とすることで、腫瘍の多様性に対応しやすくなります。例えば:
- 腫瘍が異なる抗原を発現する場合に対応(異種性の克服)。
- 複数の分子経路を同時に遮断することで、腫瘍細胞の回避メカニズムを抑制。
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3. T細胞活性の向上
三重特異性抗体では、T細胞活性をさらに強化する設計も可能です。たとえば:
- 一つ目の標的でT細胞を活性化(CD3結合)。
- 二つ目の標的で腫瘍細胞を認識(BCMAなど)。
- 三つ目の標的で、補助刺激分子(例:4-1BBやOX40)を介してT細胞の機能を強化。
これにより、T細胞の増殖やサイトカイン分泌を促進し、腫瘍に対する攻撃力を高めます。
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4. 固形がんへの適用
固形がんは腫瘍微小環境の免疫抑制が強いため、治療が難しいとされています。三重特異性抗体は以下のようなアプローチで固形がん治療に挑みます:
- 一つ目の標的で腫瘍細胞を認識。
- 二つ目の標的でT細胞を活性化。
- 三つ目の標的で腫瘍微小環境(例:免疫抑制性マクロファージやTGF-β)を制御。
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5. 複数の治療作用を1つの分子に統合
従来、複数の抗体や薬剤を併用していた治療を、三重特異性抗体1つにまとめることができます。これにより:
- 治療の複雑性が軽減。
- 患者への負担が低減。
- 製造コストの削減。
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課題
- 開発や製造の難易度が高い。
- 免疫関連の副作用(サイトカイン放出症候群など)が増加する可能性。
- 標的選択や用量設定の最適化が必要。
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三重特異性抗体は、腫瘍治療の新しい地平を開く可能性があり、特に複雑な腫瘍環境や治療抵抗性に対処するための有望なツールとされています。