積んで Re:トリック 7
たとえ被害者でも当てずっぽうはいけません
「それ、解答じゃなくて、質問ね?」
「はい。すみません、思っていたよりは難問ですから」
「まあいいわよ。答えてあげると『イエス』ね」
「繰り返しお尋ねします。推理の過程が滅茶苦茶でも当たっていたと考えていいんでしょうか。言い換えると、ダイイングメッセージの解読だけが当たっていて、犯人が認めたというような」
「それもありです。何度も言ってきている通り、ダイイングメッセージの答が分かるのは被害者だけです。綿貫正治は犯人だけれどもダイイングメッセージの意味は分からないから、葛城の説明を聞いて犯人と名指しされたことで納得せざるを得なかった。こう解釈してくださいな」
部長はご機嫌になっているらしく、声が弾んでいる。トリックに関してこういうやり取りをすること自体に楽しみを見出しているのかもしれない。
「僕が綿貫の立場なら、納得しません」
「ふうん? それは犯人であるからこその悪あがきではなくって?」
「ええ。何故なら」
僕はためを作った。解答に自信はある。犯人の立場になって考えれば、そして被害者の立場になって考えれば、答は明らかだった。
「被害者の藤倉泰造は、犯人が誰なのか知りようがない。違いますか」
ずばり言ってみた。横田先輩は口角を上げて、ますます愉快そうな表情になった。
「そう? 詳しく説明してちょうだい」
「もちろんです。藤倉は持参したペットボトルに仕込まれた毒によって死にました。この場合、藤倉が犯人を知り得る場合はどんなケースが考えられるでしょうか。一つしかあり得ません。犯人がペットボトルに毒を入れるところを目撃した場合のみです。いえ、まあ厳密さを求めるのでしたら、犯人が毒を投じるところを目撃した第三者から話を聞いたというケースや、たまたま何らかのカメラで録画されていたといった場合もありますけど、根本的には同じです。犯人がペットボトルに毒を入れたことを知っていなければならない。
でもこれっておかしいですよね。犯人が毒を入れたと分かっているペットボトルに、誰が好き好んで口を付けますか?」
「確かに、あり得ないわね。被害者には自殺願望があったとしか思えない」
「しかし自殺なら、わざわざ犯人を告発するメッセージを遺すことはない。たとえ犯人に何らかの恨みがあって罪を被せたいんだとしても、本当に殺される必要はない。自殺願望があってなおかつ犯人に罪を被せたいのなら、犯人が行動に出るのを悠長に待たずとも、自らが他殺を装った自殺をすればいいんです。お話になった事件では、犯人が罪を認めているのだから殺人が行われたのは確定した事実ですよね。藤倉の偽装自殺の線は除外できます」
「何かを入れられたのは見て知っていたけれども、何を入れられたのかまでは知らなかったとしたら? まさか毒じゃないだろうと思って気にせずに飲んだらそのまさかで、死に際になってあいつめ~ってなったのかも」
チャーミングな口調で言って、ウインクまでしてきた部長。いくらそんな態度を取られたって、譲りませんよ。
「いやいや、それも不自然でしょう。部長なら、知り合いがこっそり、部長のペットボトルを開けて何かを入れ、また元通りにするという一連の動作を目撃したら、どうしますか? 黙って飲みます?」
「うふふ。飲むわけないわ」
素直に肯定する横田部長。さっきの反論は、分かっていてわざとやったんだ。人が悪い。
「うん、もういいわ。ワトソン君、合格よ」
部長が僕に言い渡す。素っ気ない口調なのに、人が悪いと思ったばかりなのに、それを一瞬で忘れさせる笑顔で。
「基本的な能力が確かめられたところで、私達が実際に体験した話をしてあげます」
上から目線だけど、気にしまい。横田部長の方が探偵や推理能力において、僕よりも確実に上なのは認める。
「折角だから、これも先ほどと同じように考えてもらいましょうか。多分、そう長くは掛かりません」
「いいですよ。部活の時間内に収まるのなら」
「あら。用事でもあるの?」
「たいした用ではないんです。帰りに買い物を頼まれているだけです。玄関の電球が切れているとかで」
「偶然ね」
「はい?」
偶然と言われた意味が分からない。目で問い返す僕に、部長はゆっくりと返答した。
「これから話す事件では、外灯の一つが点灯していなかったことで、犯人の姿を鮮明に捉えられなかったの」
「へえ? ダイイングメッセージの関わる事件で、目撃者がいたんですか」
「目撃者と言っても、生で見たというのではないわ。被害者の落としたスマホがたまたま、ダイイングメッセージの書かれる様を動画として記録したのよ」
「少し前に僕が挙げた防犯カメラのケースと似ていますね」
「かもしれない。とにかく聞きなさい」
横田部長は事件の概略を語り始めた。
「亡くなったのは大学一年生の時田かえで。あ、そうそう。今回もダイイングメッセージ絡みの事件だから、関係者の名前は基本的に本名よ」
「承知しています」
「場所は大学の所有する施設SH会館で、炊事選択や宿泊可能な二階建ての建物。短期の合宿や打ち上げを行いたい学生に貸し出すのが主な用途ね。時田の所属するボードゲーム研究会も事前に申請してちゃんと許可を得ていた。名目はボードゲーム研究のための一泊二日の夏合宿だけど、突き詰めれば遊び。何時間ぶっ通しでボードゲームをやったらどのくらい戦跡に影響が出るかなんてことを調べていた。参加したのは被害者を含めた研究会のメンバー十名で、男六人女四という構成。前の年度までは和気藹々としたグループだったのが、時田の入会によって、バランスがちょっとおかしくなった。時田はかわいらしくて男を惑わせるタイプだったそうよ」
部長は何故かそこで言葉を区切って、僕の方を見た。
「そういうタイプに会ったことある?」
「あるような気はしますけど、僕には縁がないな。どうせあれだ。彼女のいる男を見たら、自然とその男を奪いたくなる厄介な性格の持ち主なんでしょ、その時田さん?」
「そうね。奪いたくなるは言い過ぎかもだけど。仲を壊してリセットしたくなるキャラクターだったらしいわ」
どっちも似たようなひどさだ。
「無論、入部当初はそんなキャラだって分かりはしないから、周りの先輩男子部員はちやほやした。三名ほどが被害者に参っちゃったみたいで、元々部内で親しかった女子とぎくしゃくし始める。詳細は省くけれども、そんな風にして被害者は主に女子部員から恨みを買っていた。
事件が発生したのは一日目の夜中で、周りの者が気付いたときには明け方になっていた。SH会館を裏口から出ると海岸まで続く遊歩道があって、その途中で時田かえでが倒れていた。待ち合わせをしていたのか、たまたま夜風に当たりに出たのかは不明だったけれども、亡くなったのは午前二時前後と判明した。
そしていよいよお待ちかねのダイイングメッセージ」
横田部長は嬉しそうに言った。好きではないトリックについて語っているはずなのに、声や表情その他仕種に、楽しんでいるのが現れているような。
「死因は側頭部を細長くて固い物で殴られたことと推測され、事実、頭部から激しく出血していた。その血を使ってコンクリート舗装された道に書かれていたのが『はるかわ』の四文字。それとそのすぐ近くに血を強くこすったと思われる楕円形をした痕跡もあった。ボードゲーム研究会には春川定一という男子部員がいて、時田の最新の彼氏だという噂があった。当然、最有力容疑者と目されたんだけど、そこで登場するのが最初に話した動画。再生してみると、一部の外灯が消えていたせいもあって分かりにくかったものの、大写しになった被害者の指が『いなむら』と書くのが確認できた。稲村保奈美というメンバーがおり、春川の元カノでもあった」