短編小説:踊る顔文字

        あらすじ

 寒い冬の昼前のことだった。学生の“俺”が門から一歩出ると、走ってきた小学生の坊主とぶつかった。慌てた俺だが、倒れた坊主は相当な寝不足だったらしくそのまま眠ってしまった。仕方なく自宅で休ませることにし、連絡先を知るためポケットを探ると紙片が出て来た。そこには顔文字をふんだんに使った、ラブレターらしき文面がプリントアウトされていた。だがラブレターにしては肝心な部分が抜けている。これは暗号かもしれない?

         本文

 いよいよだね。凄く楽しみ。最終確認の手紙だよ。(^_^)

 この間のテスト、どうだった? 私は社会がまただめでした。(;-;) あれだけ集中して勉強やったのに、前と変わらないなんて。

 気分転換に映画『ワーキングガール』見ました。これがいいんだあ。なみだなみだでした。(;◇;) アレックス=オニール、格好いいし。おすすめ。あなたも好きでしょ?(=O=)

 休み、デートしないときは何してるの? 野球もサッカーも、いつもメンバー集まるとは限らないよね。
 私はひまさえあれば、家でお菓子作り。この前は和菓子に挑戦。手順は簡単なのに、形を作るのが難しい。でも、ちょっと不揃いになったけれど、我ながら上出来。(^-^) 味もOK。それなのに、うちのお父さんと来たら、「甘すぎる」の一言。娘の努力健闘をたった一言で片付けるな、ばかやろー(キ゚O゚)って感じ。
 これであなたにまで「まじぃ」なんて言われたら、私ゃ泣いて怒るよ、もう。(H_H#) たのむからおいしいと言ってよ! 持って行くからね。

 それにしても、もうすぐやな季節が来るわねえ。花粉症だよ。あ~(==)、考えただけで、目がしょぼしょぼしてきた。(=_=) かゆいかゆい。
 薬飲んだら、まあまあきくけど、かわりにねむくなるんだよ~。(~O~)
 ……ふぅ。(-_-) ゆううつになるような話はやめやめ。滅入る。

 次のデートのこと考えよう。
 あ、新しい服を着ていくから、ほめるのを忘れないようにネ。

 それじゃ、またね。(^^) 二人きりで会うのが本当に楽しみです。
 忘れたり遅れたりしちゃいやだよ。(キTT)

           *           *

「ラブレター、だね」
「やっぱり、そう思うよな」
「誰かがこの坊主に宛てて書いたのか。羨ましいねえ。最近の小学生は進んでいる。それでも前夜は興奮して眠れなかったのかな」
「そういう訳か。勝手にぶつかってきて転んで、そのまま起きないから最初は焦ったぜ」
「結果論だけど救急車を呼ばずに家で休ませて正解だったよ。で、連絡先が分からないから持ち物を調べてみたと」
「持ち物と言っても身一つだったんでポケット探ってみたら、その紙切れが出て来た訳さ」
「ぶつかったときとそのあとの状況は」
「俺が家の門を出た途端、左からぶつかってきたんだよ。腰に衝撃を受けてよろめくほどだった。坊主の方はカウンターパンチを食らったボクサーの如くすっころんで仰向けに倒れた。声を掛けても起きない。この寒い中、表に放って置く訳にもいかず、家に運んだ次第だ」
「デートに急いでたのかねえ」
「恐らく。寝てるだけなら、さっさと起こしてやるか」
「……いや。大事を取ってもうしばらく休ませよう。簡単には体調は戻らないだろ」
「医学生のおまえの判断を尊重するが、坊主の相手はどうする」
「ん?」
「こいつの彼女が寒空の下、心配して待ってるだろ。おニューの服を着て手作りの菓子を持ってな。かわいそうと思わないか」
「なるほど。その子が坊主の家に電話しても、『もう出掛けたよ』なんて返事が待ってるだけか。電話と言えばこの坊主、携帯電話は持ってなかった?」
「なかった。転んだ拍子に落とした可能性も多分、ないと思う。家の前の道路をざっと見たからな」
「そうか。それで、今どき手紙なのかな。携帯電話を持っているのならデートの約束ぐらい、メールで充分」
「別に携帯電話じゃなくても普通に電話すれば済むことだぜ」
「親にも内緒なのかね。……うん? 何にしろ、手書きじゃないのはおかしい気もするな。このラブレター、プリントアウトした物だ」
「見れば分かる。どこのどいつが手書きで顔文字まで書くかよ、七面倒くさい」
「てことは、自宅にはパソコンがあるのか。やっぱり変だ。ネットに接続可能な環境であるだろうに電子メールでやり取りをしないなんて」
「女の子の家にはパソコンがあるが、この坊主の家にはないのかもしれん」
「じゃあ手書きでいいのに。まさか顔文字のためだけにワープロで打って、印字したとか」
「他に考えられない」
「いや、色々と想像はできる。たとえば……女の子の家にパソコンはない。だが、小学校でもIT授業をやろうっていうご時世だ。学校にはタブレットだけじゃなく、パソコンもあるだろう。そして、授業中にこっそり書いたラブレターをプリントアウトし、坊主に渡した、とか」
「ふむ。ないとは言えないな」
「あるいは……両家ともパソコンを所有しており、電子メールのやり取りも可能。この坊主は彼女からのメールを受信し、プリントアウトした物を携え、待ち合わせ場所に向かった、なんてのも考えられる」
「そうか。待ち合わせの場所や時間なんかをいちいちメモするよりは、印刷の方が早い……って、おかしいぞ、それ」
「どこが?」
「この手紙には、場所も時間も書かれてないじゃねえか」
「……そうだね。最終確認とか言ってる割には、何の確認にもなってない。愛情の確認か?」
「馬鹿」
「冗談だよ、気にするな。それにしても、よくよく見ればおかしな手紙だ。相手の名前も自分の名前も一切書いてない」
「いや、それは大した問題じゃないさ。二人の間だけで交わされる手紙なんだから、当事者にさえ通じればいい」
「経験者は語る」
「うるさい」
「おかしいのはまだある。今見つけたんだが、顔文字の使い方の一部が変じゃないか?」
「ああ。俺も気付いてたよ。『好きでしょ?(=O=) 』のマーク、意味が分からん。だが、間違えただけかもしれないし、気にすることないんじゃねえの」
「顔文字の不自然さは、そこだけじゃないよ。どうして『ばかやろー(キ゚O゚)』なんだ。怒っているときは、傷マークじゃなく、ぴきぴきマークだろ」
「傷マークに、ぴきぴきマーク?」
「キと#のこと。最後の文『いやだよ。(キTT)』も妙だ」
「ああ……。怒りを表すのは、確かにそうだな。だけど、それも単純なミスってことで片がつく」
「これだけ顔文字を多用しながら、あってもおかしくない位置に顔文字がないのも、不思議だ。『ほめるのを忘れないようにネ』の後ろには、ぽっと頬を染めた(^^)マークがあってもいいんじゃないかねえ。経験豊かな人の意見を聞きたいな」
「あっておかしくないが、うっかり忘れた、とか」
「君の見解を全て受け入れたら、ミスが多過ぎるんじゃないか? 彼氏のことで頭がいっぱいで舞い上がっていたにしても、ちょっとひどい」
「要するに何が言いたい訳? これがラブレターじゃないとでも?」
「それは分からないけれど、子供らしい、何ていうか、秘密の文章が隠されているんじゃないかと思う」
「秘密の文章……暗号か?」
「それだ。デートの場所や時間といった大事なことは、暗号になってるんじゃないか」
「何のために」
「万が一、友達に見られたときのため。経験浅くても、この程度は断言するぞ」
「ああ、そうか。それじゃあ、やはりこの手紙は、学校のパソコン室みたいなところで作られたんだな」
「そういう想像が、ぴたりと当てはまる。二人だけの秘密があった方が、より楽しいだろうし」
「しかし……どこに暗号があるんだよ。それらしきものはないぞ」
「それらしい暗号なんて下の下だよ。見た目が暗号っぽかったら、それを見た友達が怪しむ。ひょっとしたら暗号を解かれてしまうかもしれない」
「講釈はいい。一体全体、この手紙の何が暗号になんだ? あぶり出しとか言うなよ」
「言わないよ。顔文字が暗号になってると思う」
「……何で?」
「理由はない。ただ、他に思い浮かばないだろ? 消去法で顔文字しかないんだよ」
「うーん。暗号ならそれを解いて、秘密の文章を再現してくれないと、何とも言えねえな」
「やってみるか。解いてる内に坊主も目を覚ますだろう。書く物を」
「ちょっと待ってくれ。――これでいいな?」
「上等、上等。えーっと! 使われているのは……(^_^)(;-;)(;◇;)(=O=)(^-^)(キ゚O゚)(H_H#)(=◇=)(=_=)(~O~)(-_-)(^^)(キTT) の十三個。だぶりなし。顔の輪郭は全部に共通してるから、特徴にならない。つまり、無関係だと思うんだ」
「ふむふむ」
「顔文字の目と口、それに傷マークとぴきぴきマークが鍵だよ。そこでそれぞれを分解して、抜き出すことにするよ。目は^;=゚H~-Tの八つ。口は_-O◇と口のない“口無し”、都合五種類ある」
「ん? ストップだ。口にはもう一種類、半角のOがあるぜ。ほら、Oって」
「それについては、別に考えていることがある。口の種類の内、半角なのはそれだけだろ? 何か特殊な文字なんじゃないかな」
「ま、ひとまず、それでよしとしよう」
「口が五種類。五種類と暗号と聞いて、まず浮かぶのは、母音だよね」
「はあ? だーれも連想しないぞ。五種類と暗号でボインなんて」
「……こっちの母音だよ。ほら」
「ああ……それならそうと早く言ってくれ」
「日本語は五十音から成り立っており、母音と子音の組み合わせで表現できる。そう、ローマ字だ。小学校も高学年なら、ローマ字を習っているだろうね」
「パソコンを触れるような子供は、自然と覚えるかもしれないしな」
「口が母音なら、目は子音だろう。ただ、どの目や口がどのアルファベットかは、まだ不明。ここで注意したいのが、顔文字に付いた装飾。傷とぴきぴきマークの二種類ある。元々何らかの字を表す顔文字に、さらに装飾して別の字にする……これは、五十音での濁音や半濁音の働きと同じだね」
「傷マークとぴきぴきマークは、それぞれ丸か点々のどちらかってんだな」
「そうだよ。しかも簡単な推測ができる。暗号と言ったって国家に関わる大げさなものではない。なら暗号を作る人もなるべく覚え易い変換方法にしたいはず」
「覚え易いと言うと……」
「目や口の記号にランダムにアルファベットを割り振るより、一部でも関連性を持たせた方が覚え易い。キは ゚とT、#はHに付いてるよな。このHをそのまんまアルファベットのHにするんだ」
「だとしたら#は半濁音だな。半濁音はハ行にしか付けない。キは濁音。ついでに言えばTはTだと類推できる」
「同感。さらに付け加えるなら口のOは当然、母音としてのOを表すんじゃないかな」
「おお、それも言える」
「相槌が早いよ。次に着目したいのは (=O=)だ。唯一、口が半角の顔文字。口が半角ということは、他よりも小さいことにつながる。言い換えると、これは小文字を表現すのではないか?と推理するのは、さほど無理のない思考だよね」
「おお! 小文字ってのは、ぇ、っ、ゃ、ゅ、ょのどれかだな」
「まあ、ぁぃぅぉを使う人もいるけれど、一般的な文章には不要だろう。だから、(=O=) は小文字かつ母音がOとしていい。ぇ、っ、ゃ、ゅ、ょの中で条件に当てはまるのは、ょ、だけ。よって、= はYを表す」
「だいぶ分かってきたな」
「まだまだ。次は半角が小文字を表すことと、パソコンの特殊性を照らし合わせる」
「パソコンの特殊性? 難しげな言い回しだな」
「言いたいのは、パソコンで使う文字記号には、半角にできるものとできないものがあるってこと」
「ああ……口に使われている文字や記号の内、_と-とOは半角にできるが、◇は半角にできない」
「補足すると口無しも当然、半角にはできない。五つの母音の内、二つは半角にできない。ということは、◇と口無しは半角にする必要のない母音なんだよ」
「なーるほど。半角にする必要がない母音は、ぇ、っ、ゃ、ゅ、ょに使われていないんだから……Iだな。あれ? 一個しかないぜ?」
「うん。多分、もう一つはEなんじゃないかな。ぇは確かに必要だけど、YEで代用したんじゃないかと思うんだ」
「YEは普通なら、“え”だな。だが、“え”を表す顔文字は二つもいらないから、片方をぇにしたと」
「そう。実際、使われている顔文字には、(=◇=)というのがあるしね。ところで、顔文字でローマ字表現を行うとしたら、困ることがまだある。“ん”は顔文字にならないんだ。口無しにも母音をあてがったおかげで、“ん”は目だけにならざるを得ない」
「そうすると……YIを“ん”にするか」
「それが自然な発想だろうねえ。じゃあ、口無しと◇、どちらがIでどちらがEか? その判断のために、(H_H#)(=◇=)(=_=) を検討してみる。分かったところだけ変換すると、『P_ぇY_』か『P_んY_』になる。_には同じ母音で、AかUが入ると分かっているから、考えられる言葉をリストアップするのは簡単だよ。やってみよう。『ぱぇや』『ぷぇゆ』『ぱんや』『ぷんゆ』の四通りしかない。単語あるいは文章の途中だとしても、意味のありそうなものは、『ぱんや』だけと言っていいね」
「凄いな! てことはだ、(=◇=)が“ん”であると分かったばかりか、◇がI、口無しがE、_がAも確定だ。あ、残る-がUなのも決まった!」
「『ぱんや』は『パン屋』で当然、待ち合わせ場所だね。近所に『パン屋』と言うだけで通じる店があったっけ?」
「『パン屋という名のパン屋さん』てのが有名だぜ」
「多分それだ。では、(キ゚O゚) は“ご”“ぞ”のいずれかだが、そこから先は決め手なし。いずれにしろそのあとに『パン屋』とつなげるには無理がある。『ぞぱんや』や『ごぱんや』なんて聞かない」
「ないな」
「つまり、(キ゚O゚)と(H_H#)の間で、文章が一旦切れるんだ。(H_H#) 以下の文は、パン屋が主語で、待ち合わせ場所を表していることが確実視できる。判明した分を書けば、『ぱんや~O-A^Eで』となる」
「パン屋OAEで……。場所を表すのだから、『パン屋の~で』『パン屋と~で』辺りか」
「(~O~)は“と”ではないよ。タ行はTとしたんだから」
「じゃ、『パン屋の~で』で決まりだろ。パン屋のAEで……あえで……これ、『パン屋の前で』しか考えられなくないか?」
「同感。これにより~はN、-はM、^はAというかア行になる。判明分をまとめると、『あ;U;Iょう゚O パン屋の前で』だね。残る子音はKSRWで、゚ は濁音になり得るから、カ行のKかサ行のS。一方、; はWではない。WUやWIは必要ないからね。これらの条件を元に考え得る文字列をリストアップすると、『あくきょうぞ』『あすしょうご』『あるりょうご』『あるりょうぞ』の四通り。意味が通じるのは『あすしょうご』のみ。『明日正午』と解釈すれば、待ち合わせの時間を示すとの推測にも合致する。きっと昨日の金曜に学校で、最終確認のこの手紙をもらったんだろうね」
「やったぞ! まさかこんなにきれいに解けるとは!」
「いやいや。仮定を積み重ねた挙げ句の結論だから、合っているとは限らない。当人に聞かないことには……おっ、さっき大声を出したおかげで、お目覚めのようだ」
「よっ。大丈夫か。ところでパン屋に急いでるんじゃないか? 送ってやってもいいぞ。少し遅刻だけどな」

――(^O^)(;◇;)(-_-)(^◇^)

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