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【小説作品】言たま
「ただいまー!たま!」
赤いカバンを背中に載せたみーちゃんが、大きな扉から飛び込んできた。
「今日ね、かけっこで一番になったの!」
廊下に響き渡る声は、先程までの静けさを吹き飛ばした。
「おかえり。みーちゃん」
お気に入りの玄関マットの上で、声を出した。
みーちゃんは、座っていた僕をそっと持ち上げる。
二つに分けられた髪の一束が僕の顔を撫で、くすぐったい。
「男の子も含めて一番だよ!すごいでしょ!みんなびっくりしてたよ!」
僕の頭を撫でながら話すみーちゃんの声は、丸い形になって僕の前にやって来る。
僕はその丸くなった言葉をキャッチして口に入れる。
口の中で言葉が小さく跳ね回り、ほんのり甘い味がする。
みーちゃんの話から出てくる言葉の玉、「言だま」はいつもリズムよく飛び跳ねる。
口の中に入れると飛び跳ねる感触が広がり、僕も一緒に飛び跳ねたくなる。
よく学校での出来事や友達との話をしてくれるけど、何を話しているのかわからない。
でも、みーちゃんの言だまはほんのり甘くて楽しい。
「みさきー!おしゃべりする前に、手を洗いなさい!」と、廊下の奥からママの声がやってきた。
「はーい」とみーちゃんが返事をすると、僕を地面に置いて廊下の方に歩き出した。
僕は廊下からやってきたママの言だまをキャッチして口に入れてみる。
ママの言だまは、口の中で追いかけっこが始まり、落ち着かない。
たまに、ポカポカで柔らかい言だまも出すけど、それはたまにしか出ない。
やっぱり、みーちゃんが出す言だまが一番だ。
「ただいま!たま」
青色の鞄を肩にかけたみーちゃんが帰ってきた。
後ろで一つまとめられた髪から短い髪が飛び出している。
「今日はバドミントンの試合で負けちゃった。でも次は絶対勝つからね!」
変な笑い方をしながら出てきた言だまを食べると、爽やかな甘さと塩味が弾け飛んだ。
今日は少し違うバトミントンの味。
最近、みーちゃんはよく「部活」「試験」「バトミントン」と言う。
その言葉は日によって辛かったり、甘かったり、飛び跳ねたり、転がったりする。
毎回、少し違う味で動き回るけど、どこか似ていて不思議な味。
特に「バトミントン」は不思議。
甘い味が駆け回っているかと思ったら、塩味が口の中で溶けて舌にへばりついたり、変化が激しい。
びっくりして、走り回りたくなるけど、食べ終わった口の中の空白が気になり、また食べたくなる。
今日の言だまも、食べた瞬間に言だまが弾け飛び、爽やかな甘さと塩味が全身に広がった。
今日の「バトミントン」はそんな味だったのかな。
僕は、食べたときの衝撃をみーちゃんにも感じてほしくて、
言葉を出してみる。
複雑な言葉は出せないけど、みーちゃんは笑ってくれた。
ニコニコしながら、僕を撫でる手の温もりがとても心地よくて嬉しい。
「ただいま。たま」
靴も鞄もテカテカの茶色になったみーちゃんが帰ってきた。
最近のみーちゃんの言だまはトロトロで甘酸っぱい。
この前、「好きな人ができたの」と小さな声で言ってからだ。
その言だまを食べたら、トロトロの甘酸っぱいものが口の中で膨らんだ。
おしゃべりする時間が減ったけれど、みーちゃんの周りにはいつも言だまが浮かんでいる。
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