【ニュース箱】農家デモ等(インド、欧州)
食料生産は私たちの生活の要だ。だが農業部門を担う人たちが抱えている課題、不満が大きく、世界のいろんなところででデモが起こっていて、それが少なくとも国内・域内政治に影響を及ぼしているようだ。
2024年7月11日のテレビ東京ニュースモーニングサテライトでは、インドの「第三次モディ政権への圧力」という内容で特集があった。
モディ首相の党は農村部では50議席以上を減らし、初めて連立政権を組むことになったのでより国内のプレッシャーが高まり特に農業部門の為の政策に多くの財源を割かなければいけないようになるだろうとのことだった。
元々2020年9月に新農業法が国会で可決成立したことに対し大きな反発でもが各地で起こり、デリーでは最大40万人規模でのデモとなっていたそうだ。
種や肥料が値あがっているのに対し、農作物の買い上げ価格(MSP)の定額保障などの要求や新農法への反対が主な主張内容だったとのことである。
フランスやドイツなど欧州でも農家による抗議デモが広がっているようだ。
これらの社会的な不満に伴い、特に欧州議会選挙やフランス議会選挙での投票行動が影響を与えているようだ。
一体欧州の農家の人たちは何に怒っているのだろうか。
直接的な怒りの矛先はひとつがEUの農業政策改革、もう一つがウクライナ産などEU域外の穀物の安価での流入のようだ。
欧州連合日本政府代表部の23年9月のレポートの2ページ目によると、EUの共通農業政策(CAP: Common Agricultural Policy)にかける予算が、1990年代前半まで6割以上と高水準であったが、CAP改革やEUの直 面する課題が多様化する中、EU予算に占める他のEU政策の割合の増加(移民政策、防衛協力等)により、近年その割 合は3割以下まで減少【EU総支出2,280億ユーロのうち、CAP予算は554億ユーロ(全体の24%、2021年)とのことだ。
それもあるのか、CAP改革が進められ23年1月施行で政策変更がされたようだ。中でも農家にとって深刻な変更は、「基礎的所得支持」という全ての農業者への直接支払(所得補償的な)部分について、受給要件として気 候・環境、労働者保護等の法令遵守を義務付け(conditionality)をしたという点のようだ。(4ページ目参照)
https://www.eu.emb-japan.go.jp/files/100560288.pdf
ドイツの主要新聞Die Zeitの記事でも、24年2月時点で下記のように報じられている。「農民たちの抗議は、特に環境規制やその他の規定に向けられており、これらは農産物を海外からの輸入品と比較して過度に高価にすると農民たちが考えているものだ。EU委員会は、例えば農薬やその他の有害物質の使用を半減させるという方針など、一部の計画を先週取り下げましたが、それでも抗議は広がっている。(ドイツ語記事からの翻訳)」
また同紙では、24年4月11日の記事ではこ小規模農場が環境監査対象外とされることに決まったことが報じられている。
「欧州委員会は、ヨーロッパ各国で続く農民の抗議に対して、農民たちに対する大幅な譲歩を提案しました。具体的には、10ヘクタール未満の小規模農場は、ブリュッセルの規則に従わない場合でも罰金を科されなくなります。また、これらの農場は監査の対象外とされる予定だ。
さらに、環境規制についても例外が計画されている。作物の輪作や間作物の栽培に関する規定が緩和される予定だ。また、農場はより多くの牧草地を耕地に転換できるようになる。これは特に収入が減少している畜産業者にとって有益であり、彼らは穀物栽培に切り替えたいと考えていることだろう。一方で、耕作地の一定割合を休耕地にする規定は一時的に廃止される予定だ。(ドイツ語から翻訳)」
また、24年3月6日の毎日新聞によると、ロシアのウクライナ侵攻に伴いウクライナから欧州に流れてきた農作物が欧州産の農作物の価格を下げることにも繋がっているようだ。
これに対して24年3月20日のDie Zeitの記事では、ウクライナ産の農作物の一部に関税が課されることになりそうだと報じられている。
「ウクライナ産のいくつかの食品、例えば砂糖やトウモロコシについて、EUは再び高い数量で関税を課すことを検討。一方、小麦と大麦は関税なしのままとされる予定だ。(ドイツ語から翻訳)」
実際、この後に行われたEU議会選挙では、大方の予想通り、右派・保守勢力が議席数を伸ばし、左派・環境派が逆に議席を減らす結果となった。極右とも評される急進的右派勢力が特に大きく議席を伸ばし話題となっている。これらの変化は、国際政治の大きな構図、バランスにも今後大きく影響を与えていくとも考えられるだろう。
色々書いたが、農家の方々の悩みも、根本は各国・域内の格差問題であると考える。実はこのような国内の不満が形になって表れて解決していく方向に向くことは色々な物ごとの本質なのかもしれない。
2021年にライオネル・ゲルバー賞というものを受賞しているアメリカのマシュー・C・クレインとマイケル・ペティスによる「貿易戦争は階級闘争である」という表題の書籍では、国家間の貿易紛争を激化させるのは国家内部で進行する不平等の拡大だと考えており、「貿易戦争は国家間の対立として表現されることが多いが、そうではない。これは主に、銀行や金融資産の所有者と一般世帯の対立、しばわち超富裕層とその他大勢の対立である。」としてアメリカも中国も欧州も含めた製造業も合わせた具体例を並べた上で、「アメリカは唯一の犠牲者ではない。世界のすべての国の国民が、この仕組みに苦しめられている。」と纏めている。
いずれにせよ食は人間が人間らしい生活をしていく上での要であろう。
個人的な意見としては、それを支えて下さっている農家をもっときちんと支えることが大事だと考える。もちろんだからといって環境問題を疎かにしてもいいということではない。だがEUの政策立案は順序がまずかった、気候問題は格差を放置して進められる課題ではない、ということではないかというように思う。