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隠岐の島固有の神 水若酢神社の水若酢命と忌部氏の痕跡

トップ写真 食事を摂った店からの景色 なんとも好きな景色です


隠岐の島ひとつじゃないの知ってました?

前回から隠岐の島シリーズ。
今日は第二回。
隠岐国一之宮、水若酢神社について。
ご紹介させていただきます。

私が無知だったのか。
隠岐の島と言うと、大きな島がひとつ。
その周りに小さな島があるのかな。
そう思い続けていました。

島に行って知ることになるのですが、
隠岐の島とは、
人が住んでいる島が4つ。
人が住んでいない島々が約180もある。
それらを総称して隠岐の島と呼んでるそうです。
恥ずかしながら知りませんでした。

隠岐ジオパーク空港や九州からの船が着く港。
西郷港があるのは島後とよばれる島。
最近まで、正式な名前が無かった話。
前回書きました。

前回の伊勢命神社。
そして今回ご紹介する水若酢神社。
共に島後エリアにある神社です。

古事記国生みでは三番目に隠岐

古事記の国生みにもその名があるように、
古くから人が住み、
倭国の要諦として重要な場所であったと思います。

ただ、対馬や壱岐島のように、
大陸とのいざこざ。
あまり無かったのか。
いくつかの神社を巡った結果。
そのような記述はなく、
比較的穏やかに時が進んで来た島。
そんな印象です。

マイナスなイメージとしては島流し。
後鳥羽上皇や後醍醐天皇。
隠岐へ流されています。

後鳥羽天皇御火葬塚
後醍醐天皇行在所跡 黒木神社

ただ、私たちがイメージする島流しと現実。
大きくかけ離れているようで、
都から遠くへは流されたけど、
実際はお付きの者がいて、
自由に暮らせていたようです。

訳があって罪人とはなったものの、
身分が高い天皇家への配慮。
ぞんざいには扱えなかったのでしょうね。

水若酢神社

話変わって、隠岐国一之宮。
隠岐の外宮と呼ばれる
水若酢神社は名神大社でもあります。
島根県には名神大社の記録が六社あります。
驚くことに、そのうち四社が隠岐諸島。

水若酢神社 一の鳥居

対馬や壱岐もそうでしたが、
大陸と対峙する島。
昔はかなり重要であったのでしょう。

祀られている神様は、
水若酢命。(みずわかす)
記紀には登場しない神様です。
前回の伊勢命も同じく。

おいおいご紹介しますが、
隠岐の島には、記紀神話に登場しない神々。
多く祀られています。

水若酢命は、水を沸かすという意味で、
金属精製の神?
なんて説もあるようですが、
おそらく隠岐国開拓神だろう。
と、いうこと。

水若酢神社のお祭りでは、
格式高い相撲や流鏑馬が行われることから、
元々は戦いの神であったのでは?
私の見解です。

二の鳥居 左手相撲の土俵 流鏑馬するだけあり広い境内

隠岐にも忌部氏の痕跡

と、いうのも、
水若酢神社の記録。
大宮司として忌部氏の名前が残っています。
裏は取ってませんが、
現在の宮司さんも忌部さん。
そんな記事を読んだことがあります。

そして水若酢神社の神紋。
なんと十六菊花の御紋。

天皇即位の大嘗祭。
麁服(あらたえ)を献上できるのは忌部のみ。
天皇家との強い結びつきを感じさせる神社です。

神紋は菊 引き締まります

島根県といえば出雲大社。
大国主命系の神社が多い。
確かにそうなんですが、
実は、阿波系、忌部系の古社も多いのです。

隠岐の島 出雲大社

隠岐の島を巡ってみて、
意外だったのが、
思っていたより、出雲、出雲していない。
どちらかというと、高天原系の匂いが強い。
そう感じました。

水若酢神社の見どころ

水若酢神社境内。
さすが菊の神紋を揚げてるだけあり、
手抜きは許されないのか。
音で表現すると、
びしっ!と締まった空気感。
感じられました。

ご由緒

ご本殿は、
隠岐の神社に多い隠岐造りという建築様式。
国の重要文化財に指定されてます。
最近は瓦や銅の屋根が多い中、
きちんと形が整えられた茅葺屋根。
とても気持ちが良いものです。

本殿の説明です


拝殿正面
本殿屋根 美しい


境内には、隠岐で最大の古墳群もあります。
6世紀から7世紀くらいの古墳。
そちらもなかなか趣がありました。
木も良いですが、
石も良いですね~。
古墳時代に組まれた石ですよ。
感動します。(私だけ?)

古墳の石から育った木 味わい深い
古墳石棺

そして、神社ご本殿の裏方面。
そこにはなんとも美しい西洋風の建築。
和洋折衷という感じかな。

この建物は隠岐郷土館です。
私が訪れた時、
営業していなかったので、
どんな展示物があるのかわかりません。
が、この建築の外観や内装。
見るだけでもかなり楽しめそうです。

隠岐郷土館

前回ご紹介した、
失われたユダヤの龍宮城『隠岐』の謎。
に書かれている隠岐の重要な神社。
島後3社のうちの2社。
隠岐の内宮と外宮。
伊勢命神社と水若酢神社。
紹介させていただきました。
次回は三社目の玉若酢神社について、
書こうと思います。

失われたユダヤの龍宮城『隠岐』の謎より

最後に失われたユダヤの龍宮城『隠岐』の謎。
飛鳥昭雄さん、三神たけるさん著。より、
忌部氏について。

「忌部氏はみなレビ族である。
日本列島における
メルカバーである四国にレビ族が集められ、
神道祭祀に必要なものが生産された。(中略)
レビ族が集められた理由。それは他でもない、
剣山を中心とした四国が聖地だったからに
他ならない。先住民の反乱を2度に渡って
制圧してまでもレビ族を入植させ、
神道祭祀の中心地に仕立てあげる必要が
あったのだ。隠岐と同様、四国は要である。
ノアの大洪水以前から、
ここは聖なる土地なのである。」

聖地 剣山

飛鳥さんの四国と忌部氏に対する見解を読んで、
いろいろなアプローチがあるな~。
と、改めて勉強になりました。

ちなみに、レビ族とは
ヤコブの子、レビを祖とする一族。
土地とかを所有せず、祭祀を司った。
幕屋と言われる祭壇、入れるのもレビ族だけ。
消えたアークを扱えるのもレビ族。
イスラエル消えた12氏族の一氏とも言われるが、
そこに含まないという説もあり。

いずれにせよ、イスラエルからやって来た。
そういうことを書いてます。

事実かどうかは置いといて、
私は古代より世界はつながっていて、
文化文明の交流は人を通じて行われていた。
そう考えています。

世界各地の遺跡を巡って感じる感想ですが。
もちろん、純血主義の方には面白くはない。
でしょうが、
答えが出ないからこそ、いろいろな思考の発展。
あって面白い。
私はそう思うのです。
皆様はいかがですか?

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本日も最後までお読みいただきありがとうございます。




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