子どもの私と音楽
とても小さな子どもだった頃、私は山本リンダさんの歌で踊っていたらしい。うぅ〜らら、うぅ〜らら、うらうらでぇ〜、というアレ。
子どもが歌うには少々過激な踊りだと母親は感じたらしく、恥ずかしかったと言っていた。
ザ・ベストテンなど歌番組が全盛期の時代、テレビから流れてくる音楽はほぼ好きだった。
今、昭和歌謡がにわかに流行っているみたいだけれど、リアルタイムで聴いてたし!今も歌えるし!と少し誇らしく思う。
だからきっと私の音楽のルーツは歌謡曲だろう。
小学校高学年になってYMOが好きになる。これは当時の友だちの影響で、その友だちはお兄ちゃんからの影響と言っていたかな。
とにかくかっこよくて大好きになった。そこから繋がって色々と聴くようになった。矢野顕子、大貫妙子、RCサクセション。忌野清志郎さんは私にとって最初のアイドルみたいな存在。
当時聴いていた音楽は今だに聴く。そして歌える。歌詞が頭の中にしっかり残っている。
私は一人っ子で、しかも両親共に働いていたので、家にひとりでいることも多かった。
そんな時に、よくしていた遊びは、懐中電灯をマイクに見立てて、まるでコンサートのように踊り歌うこと。
その時に歌っていたのは、山下久美子だった。
歌手になりたかったと自覚したことはなかったけれど、そういう未来の選択肢もあったのだろう。