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Halloween World 番外編

 今日は待ちに待ったハロウィン! なんて、喜ぶ人間たちも多いのだと思う。
 だが、心の底から言ってやりたい。いや、叫んで怒鳴ってぶん殴ってやりたい。

 無駄に騒いでこの世界との境界を荒らすくらいなら、さっさと家に帰って泥酔してろと!!

 このHalloween Worldでも、ハロウィンの夜はお祭り騒ぎになる。夜11時には帰宅していなければならない、という時間制限はあるものの、それを除けば〈殺し〉〈盗み〉〈騙し〉以外の何をやってもいい。
 住民からすれば、年に一度の楽しい祭りの夜だ。
 しかし私や他二つの領主含め、いわゆるお屋敷仕えの者からすればまっっったくそんなことはない。
 住民が騒げば、悪霊も気がそぞろになるのだろうか。なぜかやつらが一番活発化するのは、このハロウィンの夜なのだ。

 墓場の森にて――。
「斬っても斬っても、蛆虫うじむしのように湧いてくる……」
「今嘆いても仕方ないだろ? 今年はまだ少ない方だ」
「分かってる……分かってるけど!」
 茉莉は悪霊をまたも一体斬り伏せ、夜空に浮かぶ紅い月を目掛けて吠えた。
「なんで私たちだけ、悪霊の相手をしなければならないんだぁぁ!!」
「茉莉〜? なんかキャラ変わってるけど大丈夫そ?」
「うるさい! こちとら、連日仕事の嵐で碌に寝てないんだ。この程度の悪態くらい、許してくれなくては困る!」
「はいはい」
 バッタバッタと悪霊を倒しまくるその姿は、悪霊がかわいそうに見えてくるほど豪快だ。私はせめてもの慈悲と弾の消費を抑えるため、一発で殺れるよう心がけている。
 八つ当たりのように荒れる茉莉を適当にあしらってはいるが、かく言う私も飽きてきた。それに、かなり疲労が溜まっている。
「さっさと終わらせて、屋敷でゆっくりしようね〜」
「くっ、せっかく年代物のワインが手に入ったというのに……」
 悔しそうに言いいながら、彼女の八つ当たりにまた一匹の悪霊が犠牲になる。
 私もまた一発くらわせ、茉莉を振り返った。
「君は酒の飲み過ぎ。そんなに赤いやつ飲みたいなら、私の血を飲めばいいのに」
「……飢えてもいない時に飲んでも、不味いだけだ」
「赤ワインで紛らわせてるの、バレてるからね」
「……」
 よし。今度からは定期的に飲ませよう。彼女の健康にも悪いからね。

 数時間後――。
 私と茉莉は無事に仕事を終え、なんとか帰路についたのだった。もうすぐ夜11時を回る頃だ。住民らも既に帰っているだろう。
 今から自分の領地へ帰るのが面倒な私は、例のごとく茉莉の屋敷に泊まることにした。
「サラ。仕事終わりの一杯を早くのもう」
「こういう時はせっかちだよね~。どうせなら風呂上がりにしよう?
「それもそうだな」
 吸血鬼領の屋敷にある大浴場は、彼女が領主になった際に大々的に改装された。それは茉莉が大の風呂好きだからだ。そのため、様々な所に凝った彫刻が彫られている。本人曰く、微細な装飾があっても、疲れ果てているから見る時間がないとのこと。(代わりに私がよく楽しんでいる)
 身体を手早く洗い、冷えないうちに風呂場へ。すると浴場の窓際に寄りかかり、紅い月を眺める女性の姿があった。彼女はこちらに気づくと、ニヤッと笑った。
「二人とも、お疲れ様~」
 自分で持ってきたらしい熱燗を手に、レイはのんびりと休んでいた。
「レイ……君、仕事はどうした」
 茉莉は自分の屋敷に他領の領主がいることより、彼女の仕事が気になるらしい。
 茉莉の疲労も末期だなと思いつつ、私たちもお風呂に入った。
「普段から分業してると、一人にかかる負荷は極端に減少するの。サラはともかく、茉莉は人員を増やして分業体制にしてみたら?」
「それだけの人員がいないんだ……熱燗、私にもくれ」
「どうぞお好きに」
 あっという間に馴染んでしまったレイ。それからは、三人でゆっくりと一息ついた。茉莉は既に、レイの熱燗に手を付けている。
「君こそ、屋敷は大丈夫なの? 私は船と領地それぞれに半分ずつ分けて、人員配置したけど」
「平気よ。サラみたいに、しょっちゅう留守にしていないから。――それに今夜は年に一度のお祭りなのよ? そんな日でも仕事しているあなたたちを労ってあげようと思って」
「あっそう」
 急に飛んできた皮肉に、うまい返しができなかった。すると、一人で熱燗をかみしめていた茉莉がふと顔を上げ、首を傾げた。
「……そういえば、なんでここにいるんだ?」
「今聞くの? 遅くない?」
 どこかズレている茉莉が、本当に心配になってきた。思わず、大丈夫? と聞いてしまった。
「珍しくサラがツッコミ役になってるのね」
「茉莉がワーカーホリックでおかしくなってるから……」
 遠い目をして視線を逸らすと、レイは呆れたように笑った。
「本当に、茉莉は仕事が大好きよね。仕事と結婚する気なんじゃ……」
「怖いこと言わないでよ! レイだって、相手なんていないくせに」
「それを言ったら、三人とも相手がいないでしょう」
 レイの一言はただの軽口だったが、茉莉を現実に引き戻すのにはちょうどよかったらしい。浅く息を吐き、言葉を選ぶようにゆっくりと話した。
「……私は結婚なぞしないだろうな。たとえ、相手がいたとしても」
「茉莉は最後まで仕事を優先しそうよね。――私も領内が落ち着くまで、そんなものは考えないと思うわ」
 なんの気なしに相槌を打っていると、二人は私へ催促の視線を飛ばしてきた。仕方なく私は、自分が結婚するか否かを考えて、すぐにやめた。
「私は絶対、結婚なんてしないと思うなぁ〜。陸地に縛られるくらいなら、航海に出た方がよっぽど面白いし。――それに、今は大好きな親友が二人もいますし? 結婚なんてして、今の生活が崩れるのは嫌だし」
 得意げになって言うと、二人は互いに顔を見合わせ、ふふっと笑った。
「変わらないわね。サラは」
「本当にな。昔から何一つ変わっていない」
「それ、褒めてるのか貶してるのか分からないんだけど?」

 お風呂でかなりの長話をした後、私たちは三人でゲストルームに向かった。いつもそこで飲むからだである。軽い宴会ができるほど広い部屋には、いくつかシングルベッドも置いてある。寝落ちしても、飲みすぎで潰れても平気な場所だ。
 テラスの窓を開け、秋の涼しい風を入れる。その後はもう、ただの宴会でしかない。
 私も持参したおつまみも広げ、レイは別大陸からの輸入品である珍しい菓子を出した。そして最後に、茉莉が用意していた大量の赤ワインを開け、それぞれのワイングラスにワインを注ぐ。

「「「乾杯~」」」

 カチンとグラスの音を鳴らし、三人でワインを口に運ぶ。真っ先に口を開いたのは、一番楽しみにしていた茉莉だった。
「やはり仕事終わりの一杯はうまい……」
「最高……」
「このワイン、おいしいわね」
「だろう? 最高級のものを用意したんだ」
 茉莉の疲れも解消されたのか、いつもの彼女にすっかり戻っていた。
 私は茉莉が酔った姿を見たことがない。仕事で疲れ果て、少々狂った彼女を見ることはあっても、酔いつぶれたところに居合わせたことは皆無だ。私も強い方だが、気づけば勝手に意識がなくなっている。レイはもとからあまり酒には強くないため、そこまでハイスピードで飲むことはない。
 つまり、茉莉がこの三人の中で一番酒に強いのだ。
(茉莉って……酔ったことあるのか……?)
 ふと疑問に思い、次々とワインを吸収している茉莉に聞いてみることにした。
「ねえ、茉莉」
「なんだ?」
 首を傾げつつも、ワインを飲むのを止めない本人に呆れながら問うた。
「君ってさ、酔いつぶれたことある?」
「酔いつぶれる……か。最近はないな」
「あるにはあるのね」
 レイも話に乗っかり、茉莉は本気で思案し始めた。
「ただ……記憶にはあまり残っていない」
「あー……そういうタイプか」
「そうなのね……。いつか、そういう姿を見れるのかしら」
 どこか楽し気に、レイは茉莉に視線を移した。茉莉もそれに呼応するように、ふふっと笑う。
「さてな。私のその姿を見る前に、二人が寝るんじゃないのか?」
「言ったなぁ~? それじゃ今日は、三人で勝負しよう」
「私はゆっくり飲むわよ」
「分ーかってるって! それでは……スタート!」

 三時間後――。
 見事にマナとレイは潰れていた。レイに関しては、酔ったマナに流されて……と言ったところか。珍しくペースが速かった。マナに関しては……一度酔ってしまえば、簡単に寝る。
「まったく……もう私しか起きてないじゃないか」
 一人でいじけても、この言葉に反応を見せる者はいない。
 軽くため息を吐くと、おろしたままの髪が揺れた。振り返ると、静かな秋の風が入ってきたのが分かる。秋の涼しい風に誘われ、テラスへと足を運んだ。
 空には紅い月が浮かび、雲一つない夜空にはランタンの灯りの如し星が点々と見える。本当は三人で見たかった、そんな綺麗な夜空。
「……あとで起こすか」
 一人の夜は寂しいものだ。今の私には、あの二人がいる。だからこそ、美しいものは共有したい。
 私は夜空を振り返ることはなかった。
 
 
 


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