Halloween World 其の壱
この大陸・Halloween worldは、人ではない怪物たちの住まう国である。三つの領地に分けられたその大陸では、それぞれの領主三人が自身の土地を統治し、また助け合って暮らしていた。
その大陸で適用される十の原則。その中で、最も大切なもの。
それは、“自由気ままに生活し、暮らすこと”
かつてこの大陸では、統治していた王が圧政を強いていた。それに嫌気がさした三人は、革命を起こした。その三人は吸血鬼、キョンシー、海賊の頭領と、皆バラバラ。三人は出会い、そして手を取り合った。革命が成功したその翌朝。三人は大陸に暮らす者すべてに『自由気ままに生活し、暮らす』という選択を与えた。
それから早数年。民たちは自由気ままに、己の心が思うままに生きている。もちろん、最低限の倫理観と節操を弁えた上でのことではある。
これは彼らの、日常である。
とある月夜。私はせっかくの休日を、臨時で入った仕事で潰そうとしていた。
「はぁー……休みだったのに……なんでこんなことに……」
「仕方ありません。また墓場に行った奴らがいたんですから。しかも四人」
「ったく……ダメだって、何度触れを出したか……」
私は茉莉・バーナット。吸血鬼である。最近は仕事が忙しいせいで、ろくな食事ができていない。
今、私は自分の館の執務室にて緊急の仕事をやっていた。最近の若い者たちは、自由に暮らす、という意味をはき違えているような気がする。禁域に入ることはご法度だし、殺しもあまりよく思われない。しかし、人間世界で言う法律とやらのような拘束力もない。よそに比べれば、この大陸は自由度が高い……はず。
(そういう風に創ったのは、私たち三人だ。別に悪いとか思ってるわけではないが……)
もんもんと考えながら報告書と睨めっこしていると、補佐のアランが深いため息をついたのが分かった。
「領主。そのように渋い顔をしてばかりでは、悪霊に乗っ取られますよ」
「それはない。この懐中時計に誓って、な」
懐に仕舞われている、薔薇の紋が刻まれた懐中時計を、ローブ越しに撫でた。
何か言いたげなアランに、疲れた表情筋を引き攣らせて笑う。
「さて、墓場に行くか。報告通りなら、悪霊どもに乗っ取られて――」
「ま〜つり! ひっさしぶり〜!」
「うわっ、」
思い切り背に重みがかかった。あまりに不意を突かれたせいで、よろけてしまう。
振り向くと、トレンチコートを羽織った金髪のオッドアイの女がいた。腰には一丁前にターン・オフ・ピストルを装備している。
疲れているということもあり、私は久々の再会を素直に喜べなかった。
「マナ……」
「やぁやぁ。いい夜だねぇ、茉莉! アラン君も久しぶり〜」
「はい。お久しぶりです。マナ殿」
相変わらずのテンションで、こんな夜中にマナはペラペラと話し始める。
「五月蝿い。ただでさえ疲れてるのに、君の声は頭に響きすぎるんだ」
「あれ? なんか貶されてない? 私」
ニッコリ笑顔のマナは、こちらのことなどまったく気にする様子もない。
「気のせいだよ……それより、なんで来た」
「お土産持ってきたから、陽真理と君に渡しに来ただけー。あと、会いたかった」
「お土産……?」
ものすごく嫌な予感がする。マナが嫌らしい笑みでやってくる時は、決まって碌なことがない。
すると、バルコニーにて何かの呻き声が聞こえた。
「そ。最近は遠出しててさ、せっかくだから、墓場の方まで船で回ってきたんだけど……いろいろいたからさ。持ってきた」
「は?」
「ほら、もう気づいてるでしょ? バルコニーの奴ら」
「……気づきたくなかった」
振り向くと、縄で縛られて意識を朦朧とさせている若者四人がいた。
「マナ、意識は」
「つい数刻前に気絶させた。今頃は……起きてもいい時間だね」
「……まさか、悪霊が入った状態のままじゃないだろうな」
「さぁ? 知ーらない」
「…………」
毎度のことながら、この海賊にはいろいろな意味で自覚が足りないと思う。これが領主をやっているなんて欠片も想像がつかない。
ちょっとした八つ当たりも込めて、軽く睨んでやった。するとマナは口を尖らせて、不満そうな顔をする。
「だってさぁ……とりあえず暴れてたから連れてきたってだけで、特に何も感じなかったから――」
「感じなかった、それだけで確認もしなかったと?」
「…………」
フイ、と顔を逸らすマナ。
(後で仕置きが必要か……)
かつて革命を起こすため、この大陸に関することで扱き倒してやった時のマナの顔が目に浮かぶ。
「はぁ……マナ。後で話がある」
「うへぇ……」
今はマナへの仕置きよりも、この若者たちの対処が先である。
バルコニーで、意識を取り戻そうとしている若者たち四人のところへ向かう。
懐にしまわれていた懐中時計を、若者たち四人に翳した。
この懐中時計は特注で、ただの時計としての役割以外にも使い方は多岐に渡る。これと形は違えど、似たような代物を持つのは、この大陸では私を含めて三人だけ。つまり、領主だけである。
少し経つと、懐中時計の表面に刻まれた薔薇の刻印が微かに蒼く光った。
これは、この若者四人に悪霊が取り憑いているという証明になる。
「……これで、気づかなかったとは言わせないよ。マナ」
「……はいはい、すみませんでした。私がやればいいんでしょ?」
「別にやれとは言っていない。手伝えと言ってるんだ。……そうだな、二人任せる」
「はーい。仕方ないなぁ……」
不服そうなマナに四人のうち二人の悪霊祓いを頼んだが、これまた面倒な作業だ。
悪霊とは、人の世界で死んだ人間の魂のこと。それらは〈ハロウィン〉という行事のせいで、こちらに迷い込んで来る。墓場に屯する悪霊どもは、夜になるとなぜか活発化する。そんなこともあって、隣接するキョンシー領と手を組んで肝試しなどという遊びをする者を取り締まっている。
だが、いくら注意喚起しても、こういった若者は出てくる。本当に困ったものだ。
そして悪霊を祓う方法。それが問題だった。
深いため息をついた後。私は若者らに、悪霊祓い用の護符を貼り付けた。そして改めて懐中時計を出す。
パカリと蓋を開くと、精巧に作られた時計の文字盤が姿を現した。
「我が名は茉莉。汝を掌握し、随える者なり」
そう唱えると、一人でに時計は光を発する。そして若者二人は、何かを吐き出すように咳き込んだ。
「ゲホッ、ガハッ……おえっ」
「オエッ……ゴホッ、ゴホッ、」
二人は口から青白い塊を吐き出して、せっかく戻りかけていた意識を手放していた。
「このくらいで気絶とはねぇ……」
「みんな君みたいに、鋼メンタルを持ってるわけじゃないからネ?」
どうやらマナの方も終わったらしく、吐き出された白い塊を持ってきた。
吐き出された塊は、貼った護符と時計の力で丸くなった悪霊である。一度この形になった悪霊はなかなか元には戻れないため、このまま墓に埋め直しても害はない。
マナは表情を少しばかり曇らせて、言う。
「っていうか……ここ最近さ、こういう輩が増えてるの知ってる?」
「もちろんだ。おかげで最近は、ろくな食事ができていないし、あまり睡眠も取れていない」
「うーわ、それはキツイ」
「あぁ。最悪だ」
マナから預かった青白い塊を、自分のところの物と一緒に手近の袋に詰めた。
「それどうすんの?」
「墓場に埋め直す」
「えー、浄化しちゃう方が早くない?」
「その手間が面倒なんだ」
「なら、今日のその一手間は私がやってやろう」
そう言うやマナは、袋の中に入っている青白い塊に銃口を向けた。
「おい、ここでの発砲はやめろ」
「はぁ? 私の浄化はこれだけど」
「分かった。もういい、私がやる」
「ちぇ〜」
銃を半ば無理矢理しまわせ、仕方なく私が浄化することになった。
「はぁー……。ったく、渇くから嫌になるんだよ」
仕方なく、本当に仕方なく、浄化をすることにした。
自分の指を少し切り、袋の中に数滴垂らす。
「字を解き、縛りを放て」
そう呟くと、青白い塊は段々と一つの塊になっていく。そうして固まったそれは、ザラザラと灰のように粉末になっていった。
「手際がいいねぇ。やっぱり君は優秀だ」
「天才には……言われたくない……」
塊が完全に粉末になったのを確認し、アランに袋を渡す。そしてグラつくままに、欄干に身体を預けた。
「大丈夫かい?」
「最悪だ……」
最近の寝不足と激務は、意外にも身体への負担が大きかったらしい。一度やっただけで、ここまで体調を崩すとは思わなかった。
座り込む直前に、マナによって支えられる。
「ダメそうだな。とりあえず、この四人はアラン君に任せて、君は中に戻ろう」
「……アラン、頼んだ。マナ……自室に戻るから、手を貸してくれ」
「はいはい」
目の前が歪んで見える。最近の体調は安定していたから、ここまで辛いのはかなり久しぶりだ。視界の端っこで、アランの心配そうな姿が見えた。
「領主。今晩はゆっくりお休みください」
「あぁ……あとは、頼む……」
そうして、私はマナに連れられて自室へと戻ることになった。
~~続く
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