私の『踊る』は終わった

世間もすなる映画の酷評といふものを、私もしてみむとてするなり。

(このnoteは、『室井慎次 敗れざる者・生き続ける者』のネタバレを盛大に含みます)

マジで踊るのせいで私今もう二度とドラマも映画もその他ありとあらゆる人間が作りだす虚構の世界を好きになりたくないわと絶望するくらい鬱です!泣いてる!こんな気持ちになるなら好きにならなきゃよかった!失恋かよ
中学生のときに踊るに出会ってからずっと好きでい続けて、ODFでシリーズが終わってからも定期的に見返しては好きだな〜!って再確認して、間違いなく人生で1番好きな作品でシリーズで世界観でキャラクターたちだった。今年12年ぶりに再始動すると知ったときはなんで今更…?とは思いつつ本当に嬉しかったし、室井さんのスピンオフから本編にも繋がっていってそっちもまた新作出るのかな!?なんて無邪気に喜んでいた。公開が近づいて映画やドラマの再放送も始まって、大好きな作品をたくさんの人と一緒に見ることが出来るのも、踊るを見たことがない人が新たにハマっていくのを見るのも楽しくて、本当に、本当に嬉しかった。でもそうして楽しみに楽しみに待ちわびた12年ぶりのシリーズ最新作は、

室井さんが死んで話が終わった。

意味がわからなかった。続きなんて金輪際絶対にいらないし、仮に作られてももう私は見れないだろうと思う。だって室井さんがいない踊るなんてわからないから。踊るって青島の話じゃなくて、青島と室井の話じゃないの?
でもこれ以上の続編がなかったとして、あっても見ない選択を私がしたとして、室井慎次というキャラクターは死んだのだという事実は私の頭に残り続けるから、今回の新作二部作を見る前と同じ、純粋に楽しむ気持ち100%だけで踊るシリーズを見返すことはもう出来ない。これからは室井さんを見るときに必ず、それがどの話であっても、「でも室井さんは未来でもう死んでるんだな…」という感情が付き纏う。それがひたすらに悲しい。悔しい。苦しい。

私はファイナルからの12年間、毎年絶対に数回は映画やドラマの好きな話を見返していた。そうして踊るに全然興味ない友だちにやっぱ踊るって本当に最高!ってLINEして、ほんとに好きだよね(笑)と呆れつつ笑われて、そんな日々が幸せだった。でも室井さんが死んだという事実を背負ってしまった今、もうあのテンションで楽しむことは出来ないんだろうなと自分で自分がわかるから、悲しい。さっきから何回も同じこと書いちゃってるけど、本当に、ただただ悲しくて悔しい。今はそれしかない。

私は別に、今回の前後編二部作に踊るのあのテンポ感というか、ずっとコントやってる?みたいなテンション感がなかったことが不満な訳ではない。これまでもスピンオフ作品は本編とはまた毛色が違ったし、湾岸署のあの年中盆正月!みたいな騒がしさは青島が主人公だからこそ・舞台が湾岸署だからこそのノリなのはわかっているので、室井さんが主人公で秋田が舞台と言われたときからそこに関しては期待していなかった。なんなら容疑者室井慎次がなかなかヘビーな作品だったので、見て楽しい!面白い!祭りだ!みたいな映画にはならんだろうなというのはもう最初からわかってた。だから断じてそこが引っかかっているのではない。ので、室井さんが警察を辞めていて秋田に戻っている設定とか、出てくる女性のキャラがどいつもこいつもなんかちょっとアレなこととか、殺人事件はじめ今回起きる諸々の問題はあくまで主題ではないためどれも割とあっさり収束していくこととか、ちょいちょい倫理観ヤバくない?今令和だけど大丈夫かコンプラ?と思うような言動があったりとかはこの際別にどうでもいい。そりゃ本音を言えば室井さんが警察にいて偉くなっていて、青島やすみれさんはまだ現場で元気にやっていて、湾岸署は相変わらず騒がしくて踊るのテンション感でっていう本編の続編を見れるならそれが1番嬉しかったけど、あの世界観の続きをまた見れるっていうだけで私は十分嬉しくて、それだけで本当に心から楽しみにしてた。普段から映画を見て講評するのが趣味なわけでもなければ、そんなに考えさせられるような作品を観に行くこともないからよっぽどのことがない限り大概の映画の感想は「おもしろかった〜!」で終わるお気楽クルクルパー人間なので、変な期待(室井さんが警察に戻るとか、青島が訪ねてくるとか出演するとか)も特になく、本当に純粋に楽しみにしていた。

でもさすがに室井さんが死ぬのは許容できなかった。私の多分割と広い許容範囲を大股で踏み越えて行った。最悪。しかも1億歩譲ってのっぴきならない大人の事情があってとか、ストーリー展開上必然性があって丁寧に死を描かれるならまだしも、パンフ読む限り別にこれといった事情もなく、死ぬまでの展開も妥当性皆無で、そのくせ直接的な描写がないから映画だけでは確実に室井慎次というキャラクターが死んだということもわからない。いくらパンフレットで死について言及しているとは言え、映画だけでは仏壇も骨壷も位牌も墓も決定的なものはなにひとつ出てこず、もしかして室井さんって生きてるのか…?と疑いたくなるようなチグハグなシーンもあり、ハイパー無駄に希望を持たせた終わり方みたいになっているのも許せない。踊るシリーズの背骨である青島と室井、その片方を殺すなら、もっと覚悟を決めて作品1回見ただけではっきりハイ死にました!これは絶対に死んでいます!実は生きてました〜とか有り得ませんのでご安心ください!ってわかるくらいには弔ってほしかった。いや全然生きててほしいですけど。てかこれ全部実は生きてるフラグでした〜!テッテレ〜!ならもうこの際全然許さないけど許したけど、結局死んでるならただ作りがガバガバだっただけということになるのも許せないし…。お祭り騒ぎしながらも緻密なとこはめちゃめちゃ緻密なのが踊るシリーズの好きなところだったのに、なんか良いところ全部かなぐり捨ててきてないか?

てかそもそも、死に至るまでの全てがマジで意味わかんないからね。狭心症の60代男性(東北出身)が吹雪の雪山に薄着で秋田犬探しに行って、雪崩に巻き込まれたのか発作が出たのか遭難したのか知らんけどとにかくその結果死ぬって何?当方雪なんて滅多に降らず積もったところなんて見たことのない南国静岡育ちですが、状況がかなりヤバいことくらいはわかりますよ。しかも子ども探しに行ったとかならまだしも犬!?(子どもよりは自力で戻ってくる能力ありそうという意味)しかもどう考えても狭心症の60代よりは生命力強そうなモフモフの秋田犬!?しかもそもそも野良っぽかったのを飼うことにした普段から半放し飼いの外には慣れっこ設定の犬!?!?!?…もうね、意味がわからないですよほんとに。これがチワワだったら納得するとかじゃないけどさ、どう考えても秋田犬は強そうだし最悪なんとかなりそうだろ(そこ?)この不可解については色んな方の感想とか考察を拝見して、自分の死期を悟っての行動説も読んだけど、そうなるともうやってること野口江里子と変わんないし……()自分の死を悟り寒いところに1人で飛び込む、こんな最悪のオマージュが許されるのかよ。トンデモカップルだよ。かつて遺された側としてそのことを悔やみ悩み続けてきた男が今度は遺す側になる、しかも遺して逝くのは自分が引き取った子ども3人って、フランス映画もびっくりのエキセントリックバドエンすぎませんか!?それをあの、なんだかんだいつもハピエン☆楽しく元気な踊るシリーズが、いくらスピンオフとはいえやるんですか!?!?!?てか撃たれても刺されてもメインキャラ全然死ななかったシリーズで最初に退場するのが雪山に犬探しに行った人間て何!?自然は人類より怖いということを伝えたいの!?うるせーーーー!!!!!何もかもが解釈違いなんですけど😫😫😫容疑者室井慎次ですらラストシーンは明るかった(当社比)ですけど😫😫😫なんかもう、虚無しかないよ。

これがまだファイナル以降の12年間、定期的に踊るの続編が作られていて辿り着いた1つの結末だったとか、ここまで続けてきたけどいよいよ役者さんがもうやりたくないから殺してくれと言いだしたとかだったらまだ譲れたのかもしれない。けどパンフを読む限りギバちゃんは室井が死ぬと知っててこの話を受けたわけでもなさそうで、増して自分から言いだしたわけもなく、踊るは12年間新作もなかった。今回、制作側がしきりに「柳葉さんを室井慎次から解放してあげなくてはと思った」って言うけど、12年動いてなかったものをわざわざ再始動させてキャラクターを死なせるって、それって果たして解放と言えるのか…?むしろ新作映画公開に合わせてドラマも映画も再放送して、宣伝で出た番組でも昔の映像大放出して、せっかく眠っていたオタクは起こしまくり知らない層にも魅力をばらまいてからのキャラ死亡により解放!!って…。もちろん、後から好きになってただ見ていただけの私より、0から立ち上げ作りあげてきた制作陣の方が室井慎次という存在への思い入れが強いのだろうことも、ただのファンの私とはまた違った感情を抱くのだろうことも想像は出来るのだけれども。
私はその理論は、多分この先もよくわかんないんだろうなーと思った。

とにかく私は今悲しくて悲しいので、明日のODF再放送どんな気持ちで見ればええねん⁉️とは思っていますが、結局踊るのことはまだ大好きだから、泣きながら見るんだろうな…。しんどすぎる。バナナだ。

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