見出し画像

人を好きになる前の気持ち

出発時間が過ぎているのに、
清掃が終わらない新幹線。
指定席なのに15分前から並んでいた。
1日都会を歩き回ったせいで、早く座りたかった。
車内で手早く清掃作業をしてくださっている方に
少しばかり苛立つ自分に不甲斐なさを感じていた。

東京発19:24 金沢行き。
大きなリックと東京バナナとお弁当。

昼間は上着がいらない程暖かったのに、
夕方には冷え込んできた。
さらにホームは風が吹き込んで
いっそう寒くなり、とはいえ12月だなぁと実感していた。
長野を出た早朝に着ていた上着を心強く感じた。

清掃作業が終わり沢山の人が乗り込む。
18番E席に座れた時は、安心感からため息が出た。
これで帰れるって。
長野から東京行きは隣がいなかったけど、
東京から長野経由金沢行きは隣に人が乗ってきた。
若いお兄さんだった。
今どきのお兄さんという感じ。
いや、息子のちょっと上って感じ。25歳ぐらい?
申し訳ないけど、仕事で疲れたサラリーマンでなくて良かった。
理由は疲れが感染してくるから。

私は隣がいるという考えがなかったから、
リックを上に置くタイミングを完全に逃してしまった。
隣に座った彼に、また立たせてしまうのは気が引けてどうしようって思っていた。
すると彼が、
「荷物あげましょうか?」と言ってくれた。
それは、申し訳無いので
「あげます。いいですか?」
と言って、自分でリックをあげた。
とっさの行動で良く覚えてないけど、
雑な感じで、パパッとリックを棚に放り込んだ。
案の定、リックのなんか紐が、棚から垂れていた。

まぁいい。
ちょっとだらしない感じで長野に帰ろう。
私はそんな真面目な人じゃない。

新幹線が出発した。
前の席に設置されてるテーブルを出し、
お弁当を置いた。
売り切れだらけのお弁当屋で買った、
唯一の残り物。焼肉すき焼き弁当みたいなやつ。

知らない人の隣で食べる事に気が引けて
「お弁当食べていいですか?」
と彼に聞いてしまった。
イヤフォンをした彼は、
「?」という顔をして、
「僕も食べますから」
と言って、彼も自分のお弁当をテーブルに置いた。

今考えると、彼にしたらなぜ許可を取るのか?と
変な奴に思われた気がする。

結果、一緒にお弁当を食べる事になった。
東京を出て、上野に着く頃には、
彼はお弁当を空にしていた。
早すぎる。
私は、椎茸をもぐもぐしていた。
彼は、お弁当が足りなかったのか、パン的なものを食べていた。そして、じゃがりこ。
私は色々、気にしすぎて、もぐもぐの数が増え、
すぐにお腹いっぱいになってしまった。
お弁当はまだ、半分残っていた。

急に、食べる気がなくなり、眠気が襲う。
大宮から長野はノンストップだ。
もし寝過ごして長野を通過したらと思うと
おちおち寝ていられない。 
ただ時々目を閉じて、でも気になって目を開ける。
そんな事をしていた。

佐久を通過した頃、これは完全起きていなければと
自分に気合を入れた。

私はあまり、人前でうとうとする事は無い。
でも、彼が隣でも良い意味で無害な人だったから
私は、安心してうとうと出来た。

新幹線の切符を出して、到着時間を確認する。
もう、10分ぐらいで長野に着きそうだった。

切符の行き先が見えたのか、
彼が、
「降りますか?」
と聞いてくれた。
「長野で降ります」

今の若い子はこんなに気がきくのか?
と感心してしまった。
本当に良い子だ。優しい事に驚いてしまう。

長野が近づく。
彼は私が降りやすいように、テーブルを片付けて、スマホに繋いだコードをしまっている。
私はリックを下ろして(この時彼を立たせてしまうのが申し訳ない)席に座り直した。

リックを前に抱えて
(もう彼に会う事はないだなぁ)
と思っていた。
少し寂しかった。

そして彼は少し、元彼に似ていた。

チャイムがなり、彼にお礼を言った。
彼は、
「気をつけて帰ってください」
と言った。
このセリフ、うとうとしながら考えた
別れ際私が、
彼に言おうと思っていたそのままだった。
私は
「気をつけて帰ってください。ありがとう」
と言った。

彼が隣に座ってくれたおかげで、
私は幸せな気分になった。
もう、会う事は無いけど、本当にありがとう。

人を好きになる前の気になっているあの感じ。
そんな気持ちになっていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?