🍣二億円の犠牲」一番マグロ🍣に仕掛けられた罠！血の価値を競り落とす者たち

あらすじ
豊洲市場の初競りで、歴史的高値をつけた276kgの大間産クロマグロ。しかしその熱狂の陰で、一人のバイヤーが血まみれで倒れる事件が発生する。遺体には魚の目を模した奇妙な傷跡が刻まれていた。捜査に乗り出す刑事たちだったが、事件はこれだけでは終わらなかった。翌日、競りに参加していた別のバイヤーが再び犠牲となり、豊洲市場を震撼させる連続殺人事件へと発展していく。

捜査に協力を求められたのは、元刑事で現在は犯罪心理学者として活躍する望月怜司。冷静で鋭い洞察力を持つ彼は、犯行の背後に「市場の伝統とブランドを守るための儀式的な動機」が隠されていると推測する。だが、その過程で浮かび上がるのは、犠牲者たちが共通して関与していた「裏取引」と「銀座の高級寿司店」の存在だった。

さらに、望月自身が抱える過去の闇が次第に明らかになり、彼の正体に疑念を抱く刑事たちとの緊張が高まる中、犯人は市場の深夜の闇に紛れて次の一手を繰り出す。果たして犯人の正体は？そして、この事件の背後に潜む「魚神伝説」の真実とは？巨大市場を舞台にした、欲望と狂気が渦巻くサスペンスホラーがいま幕を開ける――。

主な登場人物

1. 望月怜司（もちづき れいじ）
• 役割: 主人公、犯罪心理学者（元刑事）
• 特徴:
　・40代後半、鋭い目つきと低く落ち着いた声が特徴。
　・冷静沈着で、犯人の心理を冷酷に分析する一方、感情を表に出さない。
　・過去に未解決事件で苦い経験をして刑事を辞職。現在は大学教授兼コンサルタントとして活動。
　・趣味は囲碁と水族館巡り。魚類に異常な興味を持つ。
• 秘密:
　幼少期に父親が市場で起こした暴力事件のトラウマを抱えている。

2. 黒崎真奈（くろさき まな）
• 役割: 刑事、望月のパートナー
• 特徴:
　・30代半ば、ショートカットで凛とした雰囲気の女性刑事。
　・豊洲市場の出身で、地元の事情に詳しい。
　・自らの直感を重視するが、望月の理論的な分析には感心している。
　・仕事熱心で正義感が強いが、過去の市場との関係を隠している。
• 秘密:
　父親が市場関係者だったが、違法取引に関与して失踪している。

3. 山本克也（やまもと かつや）
• 役割: 老舗仲卸「やま幸」の社長
• 特徴:
　・50代後半、豪快な性格で市場のカリスマ的存在。
　・マグロに関する知識と目利きに関しては業界トップクラス。
　・初競りの主役でありながらも、影で市場を牛耳る噂がある。
　・競りでは強気な姿勢だが、普段は周囲に慕われる親分肌。
• 秘密:
　裏取引を通じてブランド価値を操作している可能性がある。

4. 篠田光輝（しのだ みつてる）
• 役割: 銀座の高級寿司店「天雲」のオーナーシェフ
• 特徴:
　・40代半ば、職人気質で寡黙。鮨界で名声を築き上げた実力者。
　・「一番マグロ」に執着し、自店のブランドを守ることに全てを注ぐ。
　・バイヤーと密接に関わり、影響力を持つ。
• 秘密:
　顧客のためなら裏の力を使うことをいとわないが、何かに怯えている様子が見られる。

5. 宮本恭平（みやもと きょうへい）
• 役割: 新人バイヤー、最初の犠牲者
• 特徴:
　・20代後半、意気込んで初競りに挑むも事件に巻き込まれる。
　・地道に働く家族思いの青年で、父親の代から市場に関わる。
　・ブランドマグロの取引に興味を持つが、それが悲劇を招くきっかけに。
• 秘密:
　裏取引に加担する予定だったが、突然の良心の呵責で手を引いた。

6. 瀬尾紗英（せお さえ）
• 役割: 魚類研究者、事件の鍵を握る人物
• 特徴:
　・30代前半、魚類の生態と伝承に詳しい学者。望月とは古い知り合い。
　・市場の「魚神伝説」に異常な興味を持つ。
　・普段は温和だが、伝説に触れると狂気じみた情熱を見せる。
• 秘密:
　事件の動機となる「魚神」の儀式に深く関与している可能性がある。

7. 犯人（正体不明）
• 役割: 連続殺人の黒幕
• 特徴:
　・市場の内部事情に精通しており、競りの仕組みを熟知。
　・計画的かつ儀式的な手口で殺害を行う。
　・冷酷かつ知的な性格で、目的のためならば何でもする。
• 動機:
　市場の伝統とブランド価値を守るため、競りの裏で行われている「穢れ」を浄化しようとする狂信的な思想を持つ。

あらすじ

豊洲市場で毎年恒例となる初競り。一番マグロに億単位の値がつく熱狂的な競り合いの裏で、次々と血塗られた事件が発生。
被害者はすべて競りに参加したバイヤーたちで、奇妙な共通点が浮かび上がる。捜査を進める刑事と、協力するサイコパス心理学者。しかし、心理学者自身にも秘密があり…。
競り場に潜む「サイコパス」の正体とは？ 巨大市場に渦巻く欲望と陰謀が絡み合う、戦慄のホラーサスペンス。

🍣　目次

第1章：開幕の鐘

豊洲市場の初競りが始まり、熱狂の渦に巻き込まれる人々。その中には銀座の名店「天雲」のオーナーシェフや、謎めいたバイヤーもいた。276kgのクロマグロに注目が集まる。

第2章：血の初競り

競りが終わった直後、落札した大間産クロマグロのそばで、最初の犠牲者が発見される。遺体には「魚の目を模した傷跡」が刻まれていた。

第3章：億の重圧

事件が発覚するも、市場は止まらない。次の競りが進む中、2人目の被害者が出る。被害者は高級ウニを競り落としたバイヤーだった。

第4章：サイコパス心理学者の登場

元刑事で現在は犯罪心理学者の望月怜司が捜査に協力。冷静沈着な彼の洞察は、事件の裏にある「儀式的な意図」を指摘する。

第5章：鮮魚と腐敗

市場内での裏取引が明らかになる。表では高値で競り落とされる一方、裏では違法取引が行われていた。

第6章：銀座の闇

犠牲者たちが関与していた銀座の高級寿司店との繋がりが浮上。その中には望月怜司とも関係がある店が…。

第7章：魚の目の暗号

被害者たちの傷跡が古代の漁業文化に由来する模様であることが判明。望月はその背後に「魚神伝説」を見出す。

第8章：市場の覇者

毎年一番マグロを競り落とす「やま幸」の社長に捜査の焦点が当たる。だが彼は鉄壁のアリバイを持っていた。

第9章：深夜の追跡

刑事が市場を深夜に監視する中、怪しい動きをする人物を目撃。その正体は意外な人物だった。

第10章：血の香り

事件現場に残された「魚の血」の香りに着目する望月。事件の犯行は競りの最中に計画されていた。

第11章：サイコパスの微笑み

望月が捜査協力者である一方、自身も「冷淡な微笑み」を浮かべる姿を目撃される。刑事は彼の正体を疑い始める。

第12章：最後の一撃

事件が終息に向かうと思われた矢先、望月に近しい人物が次の犠牲者に。捜査は混迷を極める。

第13章：欲望の代償

事件の動機が金銭欲だけでなく、「市場のブランド価値」を守るための暗躍にあると発覚。

第14章：魚神の儀式

古代伝説に基づき犯人が「魚神」を呼び起こそうとしていることが明らかに。望月は心理戦で犯人を追い詰める。

第15章：競り場の対決

犯人と望月が競り場で直接対決。だが望月の行動には不可解な点が…。

第16章：血塗られた真実

犯人の正体が判明するも、彼を操っていた「影の存在」が浮上。望月自身の過去が鍵となる。

第17章：市場に戻る静寂

事件は解決したが、望月の最後の一言が不気味な余韻を残す。市場は何事もなかったかのように再開されるが…。

はじまり

🍣🍣第1章：開幕の鐘

冷たい冬の空気が東京湾を吹き抜け、夜明け前の豊洲市場には独特の喧騒が満ちていた。1月5日、新年の初競りが始まる日だ。深夜から市場に集まるバイヤーたち、報道陣、観光客たちの熱気が、厳寒の空気をも温めていた。

競りの主役となるのは276kgの大間産クロマグロ。今年の「一番マグロ」と呼ばれるその魚は、青白く光る表面が冷気を帯びて霜のように輝いている。その美しさと大きさに、会場の全員が釘付けだった。

「やっぱりこれだ。今年の勝負は間違いない」
銀座の名店「天雲」を経営する篠田光輝は、一歩引いた場所から競り台を眺めながら呟いた。篠田は市場でも一目置かれる存在で、特にその目利きの力は群を抜いている。彼の目が一度選んだ魚は、その価値が必ず保証されると言われていた。

一方で、篠田の隣には「やま幸」の山本克也が立っていた。市場を仕切るカリスマ的存在で、毎年「一番マグロ」を落札することで知られている。山本は競り台に目をやりながらも、ライバルたちの動きを鋭く観察していた。

「今年は何としても守らないといけない。ブランドを維持するためにはな」
山本の胸中には、ここ数年の市場全体の緊張感が影を落としていた。コロナ禍以降、輸出量の減少や国内需要の変化が豊洲市場を揺るがしていた。そんな中、初競りでの高額落札は業界全体に活気を取り戻す象徴でもあった。

競りが始まる直前、競り人が鐘を鳴らした。その音が市場全体に響き渡り、場内の喧騒が一瞬で静寂に変わる。

「さあ、今年もいくぞ！」
競り人の掛け声が響き、競りが始まった。

「50万！」
「60万！」
「70万！」

価格は瞬く間に跳ね上がる。競り台の周囲では、バイヤーたちが次々と値を叫び、数字が刻々と更新されていく。その熱気はまるで戦場のようだった。

「75万！」
ついに篠田と山本が手を組み、1キロ75万円、総額2億700万円で競りが成立した。その瞬間、場内は拍手喝采。報道陣のカメラが一斉に彼らに向けられ、山本が篠田と固く握手を交わす場面が映し出された。

「これで今年も豊洲市場は安泰だ」
山本はそう呟きながらも、胸の内にある不安を隠しきれなかった。一方で篠田は冷静そのものの表情で、ただ目の前のマグロを見つめていた。

競りが終わり、人々が帰路に就く中、若手バイヤーの宮本恭平が市場の隅で立ち止まっていた。彼は今年から「やま幸」に所属する新人で、今回の競りにも立ち会っていた。しかし、なぜかその顔には喜びや興奮の色は見られず、不安げに周囲を見回していた。

「何かがおかしい…」
宮本は漠然とした違和感を覚えていた。市場の隅に感じる異様な静けさ、そして先ほどから背後に付きまとう気配。振り返っても誰もいないのに、何かが自分を見ているような感覚が消えない。

彼は深呼吸をして気を落ち着けようとした。だが次の瞬間、背後から氷のような冷たい感触が襲いかかる。

「誰だ…？」
宮本が振り返った時、彼の目に映ったのは一瞬だけだった。暗闇の中で光る魚の目のような何か。それが何であるかを理解する間もなく、彼の意識は深い闇へと沈んでいった。

市場の警備員が宮本を発見したのはそれから数時間後のことだった。競り台の裏手で彼は胸を刺されて倒れており、その胸には魚の目を模した奇妙な傷跡が残されていた。警察が現場を封鎖し、捜査が開始される中、市場全体が恐怖と混乱に包まれた。

「初競りにこんなことが起きるなんて…」
市場の関係者たちは口々に囁き合い、いつもの活気は失われていた。そして、山本や篠田をはじめとする競りの参加者たちの顔にも、次第に緊張と疑念の色が浮かび始めていた。

豊洲市場に何が起きているのか。その答えはまだ、誰にも分からなかった。

🍣🍣第2章：血の初競り

市場が熱狂の余韻に包まれる中、競り台の裏で異様な静寂が広がっていた。初競りが終わり、2億700万円で落札された大間産クロマグロは、堂々とした姿で台に鎮座している。報道陣がシャッターを切り、バイヤーや関係者たちがその場を去っていく中、警備員の中里和彦が競り台の裏手を巡回していた。

中里は長年この市場で働いていたが、この日ばかりは何かが違うと感じていた。いつもなら賑わいが残る時間帯にもかかわらず、周囲には異様な静けさが漂っている。

「何だ…この感じは」
中里がふと足を止めると、鼻をつく鉄錆のような匂いが漂ってきた。それは魚の血ではない、もっと濃く、生々しい匂いだった。

彼が匂いの源を辿ると、競り台の裏手に差し掛かった。薄暗い照明の下、何かが横たわっているのが見える。

「おい、誰かいるのか？」
中里が声をかけたが返事はない。近づいていくと、そこに倒れていたのは「やま幸」の若手バイヤー、宮本恭平だった。

宮本は胸を深く刺され、顔を歪ませたまま動かない。その胸元には奇妙な模様が刻まれていた。魚の目を思わせる楕円形の模様が、その傷口を中心に広がっている。

「なんてことだ…！」
中里は慌てて無線で応援を呼んだ。警察が駆けつけるまでの時間が異様に長く感じられる中、彼は震える手で周囲を見渡した。

その間にも市場の隅々から異様な気配が漂ってきているようだった。中里は誰かに見られている感覚を振り払えず、背後を振り返り続けていた。しかし、そこには何もない。ただ、冷たい空気が流れているだけだった。

警察が到着し、現場が封鎖されたのは競りが終わってから2時間後のことだった。鑑識班が宮本の遺体を調べ始める中、刑事の松原徹はその奇妙な傷跡に目を奪われていた。

「魚の目…か？」
松原は呟いた。それは単なる刺し傷ではなく、何か意図的に彫り込まれたような模様だった。

「これは儀式的なものだ」
現場に呼ばれた犯罪心理学者、望月怜司が断言した。彼は冷静な目つきで傷跡を見つめ、その背後にある犯人の意図を探ろうとしていた。

「犯人はこの市場に深い執着を持っているはずだ。この模様は単なるいたずらではない。市場そのもの、あるいはマグロという象徴に対する歪んだ信仰心が見て取れる」

望月の言葉に、松原をはじめとする警察官たちは困惑を隠せなかった。豊洲市場が信仰の対象となるなど、誰も考えたことがなかったからだ。

事件の情報は瞬く間に市場の関係者たちに広がった。特に競りを終えたばかりの山本克也と篠田光輝は、この衝撃的な知らせに動揺を隠せなかった。

「宮本が…殺された？」
山本は言葉を失った。彼にとって宮本はまだ新人であり、市場の未来を担う若手の一人だった。その死に意味があるとは到底思えなかった。

一方、篠田は違った。彼は何かに思い当たる節があるかのように表情を曇らせ、視線を落とした。

「これは始まりだ」
篠田が呟いた言葉は誰にも聞こえなかった。彼は何かを知っているようだったが、その口を固く閉ざしていた。

遺体の発見から数日後、豊洲市場ではさらなる奇妙な出来事が起き始めた。競り台に残された血の痕が消えないという噂や、市場の深夜巡回中に「魚の目」を模した光が見えたという報告が相次いだ。

山本はこれらの噂を一蹴しようとしたが、次第に自らも不安に苛まれるようになる。篠田はその一方で、これらの現象を静かに受け入れているかのようだった。

「市場に何かが入り込んでいる。私たちはその存在を認めざるを得ないのかもしれない」
篠田の言葉は、山本の心に新たな恐怖を植え付けた。

豊洲市場に流れる血の物語は、まだ始まったばかりだった。誰もその終わりを予測することはできず、すべてが深い闇の中に沈んでいくかのようだった。

🍣🍣第3章：億の重圧

豊洲市場の喧騒は、宮本恭平の遺体発見という衝撃的な事件によって一時的に沈静化したかのように見えた。しかし、市場の歯車は止まらない。初競りの日程は変更されず、さらなる高額取引が続く。2億円を超えたクロマグロに続いて、今年も高級ウニが注目の的だった。

今回の主役は、「天海ウニ」という名で知られるブランドウニだ。わずか400グラムながら、その評価額は700万円を超えると言われている。その背景には、海洋環境の変化による供給不足と、富裕層の間で高まる希少品への需要があった。

「市場は血で汚されても、金の流れは止まらない」
銀座の名店「天雲」のオーナーシェフ・篠田光輝は、落札競争の渦中でそう呟いた。目の前の台上に並べられたウニは黄金色に輝き、その輝きは市場の緊張感をさらに高めているかのようだった。

競りが始まると、マグロの競り以上に激しいやりとりが繰り広げられた。
「500万！」
「600万！」
「700万！」

会場全体が一瞬、息を飲んだ。その金額を叫んだのは中堅バイヤーの石黒健太だった。石黒は「やま幸」の次期エース候補と目されており、競りの場では自信に満ちた態度を崩さない男だ。

「このウニは俺が押さえる」
石黒の決意が場を支配したかのようだった。最終的に彼は400グラムのウニを700万円で競り落とした。その瞬間、報道陣のカメラが一斉に彼を捉え、石黒は誇らしげな笑みを浮かべた。

だが、その微笑みが彼の最後のものになることを、誰も知る由はなかった。

石黒は落札後、ウニを保管する冷蔵倉庫に向かった。その道中で、彼はどこか背中に冷たい視線を感じていた。何度か振り返ったが、そこに人影はない。

「気のせいか…」
そう呟きながら足を速めたが、その違和感は消えなかった。

倉庫に入った石黒は、保管スペースを確認するためにウニの箱を持ち上げた。その瞬間、背後から何かが動いた音が聞こえた。

「誰だ？」
石黒が振り向いたが、そこには誰もいない。冷気が漂う倉庫の中、彼は息を呑んだ。その時、彼の足元に置かれていたウニの箱が突然崩れ落ちた。

「なんだこれは…？」
石黒は箱の中に手を伸ばした。そこには先ほどの黄金色のウニがなく、代わりに血のように赤黒い液体が広がっていた。その液体が次第に動き出し、まるで生きているかのように石黒の手に絡みついていく。

彼が叫び声を上げようとした瞬間、冷蔵倉庫の照明が消えた。暗闇の中、何かが彼に襲いかかる音が響き、続いて鋭い悲鳴が市場にこだました。

数時間後、警察が駆けつけた時には、石黒の遺体が冷蔵倉庫で発見された。遺体は胸を深く刺されており、そこにはまたしても「魚の目」を模した傷跡が刻まれていた。さらに奇妙なことに、落札されたはずの高級ウニは全て跡形もなく消えていた。

現場に呼び出された刑事の松原徹は、またしてもこの傷跡を目にして顔を曇らせた。
「同じだ…宮本と同じ傷跡だ」

その場にいた犯罪心理学者・望月怜司は、今回の犯行についても即座に分析を始めた。
「犯人は明らかにメッセージを伝えようとしている。この傷跡は市場そのものを象徴している。そして今回のウニの消失…これは単なる殺人ではなく、何か儀式的な意味があるのかもしれない」

望月の言葉に松原は眉をひそめた。
「儀式だと？ だが、どうして市場が標的になる？」

望月は冷静な目で倉庫を見渡しながら答えた。
「市場はただの商取引の場ではありません。ここには人々の欲望、執着、野望が凝縮されています。犯人はその歪んだ象徴を作り出そうとしているのかもしれません」

市場関係者たちは再び不安に苛まれることとなった。特に「やま幸」の山本克也は、短期間で二人の犠牲者が出たことに大きなショックを受けていた。
「市場が呪われているのか…？」

一方で篠田光輝は、その背後に潜む何かに薄々気付き始めていた。
「これは偶然じゃない。市場に根付いた何かが動き出している…」

石黒の死をきっかけに、市場全体には見えない重圧がのしかかる。億単位の金が動くこの場所で、一体誰が次の犠牲者になるのか。答えは深い闇の中に隠されたままだった。

その闇は、次第に市場の中心へと迫ってきていた。

🍣第4章：サイコパス心理学者の登場

市場に死の影が忍び寄る中、捜査の指揮を執る刑事・松原徹の元に、一人の男が姿を現した。元刑事で現在は犯罪心理学者として知られる望月怜司だ。40代半ばの彼は、鋭い眼光と物静かな口調が印象的で、一見して何かを見透かすような雰囲気をまとっている。

松原は、望月の登場に一抹の複雑な感情を抱いていた。望月とは刑事時代に同僚だったが、ある事件をきっかけに彼は捜査から身を引き、心理学の道に進んだ。それ以来、二人は公私ともに距離を置いていた。しかし今回の事件の異様さが、松原をして望月の助力を求める決断をさせたのだ。

望月が市場に足を踏み入れた時、空気がわずかに変わった。事件現場の冷蔵倉庫に向かう彼の背中を見ながら、松原は重苦しい沈黙を破った。
「どう思う？ これはただの金銭絡みのトラブルか、それとも…」

望月は冷蔵倉庫内をじっくりと見回し、胸の前で腕を組んだ。
「単なるトラブルではないのは明らかだ。この傷跡を見てほしい」

石黒の遺体に刻まれた「魚の目」を模した傷を指しながら、望月は続けた。
「この模様は偶然ではなく意図的なものだ。犯人は時間をかけてこの形を作った。そしてこの場所、冷蔵倉庫…冷気、暗闇、そして静寂。すべてが何かを象徴しているように感じる」

「象徴？」松原が首をかしげる。
「そうだ。この犯行には明確な儀式性がある。市場、魚、血、生と死。これらが何を意味するのかはまだ分からないが、犯人は単に人を殺しているわけではない」

市場の奥に設置された臨時会議室で、望月は市場関係者への聞き取り調査を始めた。彼が最初に目をつけたのは、今回の落札者である「やま幸」の山本克也だった。

「あなたの会社は市場で重要な役割を担っていますね。最近、何か気になることや異変はありませんでしたか？」
望月の穏やかな声に対し、山本は動揺を隠せなかった。
「異変…と言われても、正直言って市場はいつも慌ただしい場所です。宮本さんや石黒さんが狙われた理由も分かりません。ただ…」

「ただ？」望月が身を乗り出す。
「競りの現場で、妙な噂を耳にしたんです。『呪われた魚』という話です。大間のクロマグロが異常な高値をつけた裏には、何か良くない力が働いている、と」

「呪われた魚か…興味深い話だ」望月は冷静な表情を崩さず、メモを取った。

その夜、望月は市場の中を一人で歩き回った。昼間の喧騒が嘘のように、夜の市場は不気味なほど静まり返っていた。冷蔵倉庫や競り場、そして捜査が進んでいるバックヤードを巡りながら、望月はその場所が放つ異様な気配を肌で感じていた。

「ここには、人間の欲望が凝縮されている…」望月は呟いた。

市場には、数十年もの間、様々な人間ドラマが積み重ねられてきた。生と死、繁栄と衰退、そして勝者と敗者。その全てが市場の空間に染みついている。望月はそれを直感で理解していた。

その直後、彼の視線が冷蔵倉庫の奥にある棚の一つに留まった。薄暗い光の中、そこには血のように赤黒い染みが広がっていた。それは石黒が倒れていた場所から数メートル離れた位置にあり、捜査員たちが見落としていた痕跡だった。

「これは…」望月は染みを指でなぞり、鼻先に近づけた。独特の生臭さが漂う。
「魚の血ではない。この血には何か違う成分が混ざっているようだ」

その瞬間、望月の背後で物音がした。振り返ると、誰もいないはずの冷蔵倉庫の奥で影が揺れたように見えた。

「誰かいるのか？」

問いかけたが応答はない。ただ、冷気が増したように感じられる。望月は慎重にその場を後にし、松原に新たな証拠について報告することを決めた。

翌朝、松原と望月は再び市場関係者を集めた。望月は、石黒の遺体近くで発見された血痕の成分分析を依頼し、犯行の手口とその意味を改めて検討することを提案した。

「この事件の背景には、犯人の心理的動機がある。それは単なる恨みや嫉妬ではなく、もっと深い象徴的な目的だ」

松原は苛立ちながら問いかけた。
「それは分かるが、具体的にどう動くべきなんだ？」

望月は静かに目を閉じ、答えた。
「犯人は次の行動を既に計画している。被害者の選定、場所、手口。その全てが儀式の一部だ。我々が先手を打つには、犯人の心理を完全に読み解く必要がある」

市場に渦巻く欲望と恐怖。そして、犯人が描く「儀式」とは一体何なのか。望月の冷静な視線の先に、答えの片鱗が少しずつ浮かび上がろうとしていた。

🍣第5章：鮮魚と腐敗

「市場の裏では何が起こっているのか？」

その問いは、松原徹にとってますます重くのしかかっていた。事件が一つ解決しても、また次が現れる。その無限ループのような状態に、彼は次第に疲れを感じていた。しかし、望月怜司の冷静な目が何かを突き止めると確信していた。だが、今回は違った。事件が深まるにつれ、暴かれていくのは殺人だけではなく、もっと恐ろしい「腐敗」の根源だった。

望月は、この市場が生み出す金銭の流れ、そしてその背後にある隠された欲望に強く引き寄せられていた。あの「魚の目」を模した傷が、単なる殺人のサインにすぎないのだろうか？それとも、何か深い意味を持つのか？

「この市場、表の顔だけではない」望月は無言でつぶやいた。

松原は黙って彼の後ろを歩きながら、すべての手がかりをつなげる作業を行っていた。その日の午後、二人は市場の隅にある古びた冷蔵倉庫に立ち寄った。そこで見たものは、外の世界と全く異なる、暗く腐敗した空気が漂っている場所だった。

「ここで何が起きている？」松原が目を凝らして尋ねると、望月はじっと冷蔵庫の中を見つめたまま答えた。
「見た目には何もないように見えるが、腐敗しているのは魚だけじゃない」

冷蔵倉庫の棚には、新鮮な魚が並べられていたが、それと同じくらいに古びた箱が積まれている。望月はその箱に近づき、足元に散らばった汚れた雑紙を払いのけた。箱を開けると、中には見慣れぬものが詰まっていた。

「これが何だ？」松原が驚きの声をあげる。箱の中には大量の現金が詰まっていた。しかも、それはまるで何年も前に使われたような汚れた札で、一部には血のようなシミがついているものもあった。

望月は冷静にその箱を調べた後、ゆっくりと顔を上げた。
「裏取引だ。この市場で起きている犯罪は、単なる競りの操作ではない。違法な取引が隠れている」

「それは…違法競りのことか？」松原はすぐに理解した。

望月はゆっくりと首を振った。
「違う。もっと深刻な問題だ。この現金の出所を追う必要がある。そして、ここで動いている組織は想像を超える規模だろう」

その後、望月と松原は、裏取引に関与している人物を洗い出し始めた。市場の表の競りが行われる一方、裏でどのように違法取引が行われているのか。すべては金銭の力で動いていた。だが、その金銭の流れの中に、人間の命を軽視する者たちの姿があった。

「おそらく、この違法取引の背後には、複数の組織が絡んでいる。それだけではなく、この競りを支配する者たちの中に、命をもてあそぶような狂気を持つ者がいる」望月は言った。

その言葉が、松原の胸に重く響く。

一方、市場の内外では次々と不可解な出来事が起こり始めた。競りの最中、商人たちの間で異常な取引が行われていたのだ。その商人たちは、競り落とした魚を何倍にも値をつけて売りさばくことができる立場にあり、そこに潜む金銭的利益が犯罪に結びついていった。市場内では見えないところで、腐敗した取引がまさに行われていたのである。

そして、その腐敗は魚だけに留まらなかった。

望月が発見した現金の流れが示す通り、数人の商人が資金源となり、社会の枠を超えて広がる違法な経済圏が作られていた。この市場を支配している者たちは、既に法の外に出て、独自のルールで動いていた。彼らの行動の先にあるのは、魚を取引することだけでなく、その死体をも商品にすることだった。

その晩、望月と松原は一つの仮説を立てた。市場で起きている裏取引と、石黒をはじめとする犠牲者たちの死が関わっているのではないか？

「犯人は、これらの違法取引を暴露されることを恐れている。だから、競りにおける異常な高値の上昇が起こると同時に、それを邪魔する者を次々と始末しているんだ」望月は冷静に推理を展開した。

「だが、それだけでは説明がつかない。なぜ魚の目のような傷跡が刻まれている？」松原が問いかけると、望月は再び深く考え込みながら答えた。
「おそらく、それは犯人が自分の支配を象徴するための儀式だ。魚の目は、支配者としての証し。それを殺した者に残し、警告を発しているのかもしれない」

その夜、松原は望月の言葉を胸に、市場の真実を掴むために動き始めた。裏取引の真相が明らかになるその時、何が待っているのか。市民たちが信じていた市場のイメージが、崩れ落ちていくのは時間の問題だった。

To Be Continued