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C’est très bon !#10

バスの一番後ろの窓際に座った夏鈴は、渡された紙袋をそっと開け、中から少し大きめの二段弁当箱を取り出した。

上の段に貼られたメモが目に留まる。
「上の段は汁物だから傾けないように!」

夏鈴はそのメモを見て、小さく笑った。
「相変わらず字、汚いな。」

そっと弁当の上段を開けると、トマトのハチミツレモン漬けが美しく並べられていた。

「トマトだ…!」

ひとつ口に運んでみる。酸味と甘味が絶妙に絡み合い、口いっぱいに広がる優しい味。

「…トマトのハチミツレモン漬けだ。美味しい。…でも、私運動部じゃないんだけどな。」

独り言をつぶやくと、緊張していた心と空腹感が少しずつほぐれていった。心地よい満足感に包まれた夏鈴は、バスが出発すると同時にそのまま眠りに落ちた。

その後の時間はあっという間だった。会場に到着し、楽器を運び、準備を進め、本番直前には下級生たちを誘導して回る。忙しさの中、夏鈴自身も気づかぬ間に緊張がピークに達していた。

そして、とうとう高校最後の演奏が始まり、そして終わった。

演奏は全体的にまとまっていた。目立ったミスはなく、彼女たちの持つ力を最大限に発揮したと言える内容だった。

しかし、結果発表。

「銀賞」

目標としていた全国大会への切符は手に入らなかった。

万年銅賞だった夏鈴たちにとって銀賞は快挙と言えるものだったが、それでも悔しさが残る。全国大会を目指していた分、その壁の高さを痛感する結果となった。

ようやく昼食の時間になり、他の部員たちには学校が用意した市販の弁当が配られる中、夏鈴は自分のバッグから○○が用意してくれた弁当を取り出した。

トマトのハチミツレモン漬けの下段を開けると、驚くほどバラエティに富んだ料理が詰め込まれていた。

和食のこだわりお弁当

赤魚の西京焼き、合鴨の燻製、エビの天ぷら、季節の野菜の煮物。まるで一流の料亭のような豪華さだった。

「すごい…。こんなにたくさん…。」

緊張から解放された夏鈴は、信じられないほどの空腹感に襲われる。そのまま無我夢中で弁当を口に運び始めた。

「美味しい…。あの時、もっと早く素直に謝って○○のご飯食べてたら、もっと上手に演奏できたのかな…。全国大会、行きたかったよ…。悔しいよ…。」

弁当を食べながら、涙が自然と頬を伝っていった。

すべてを食べ終わると、心に溜まっていたものが少し軽くなった気がした。深呼吸をひとつして、夏鈴は携帯を取り出す。そして、○○に短いメッセージを送った。

「ダメだった。弁当ありがとう。セ・トレス・ボン。」

そのメッセージを受け取った○○は、スマホの画面を見つめながら微笑んだ。

「セ・トレス・ボン、か。」

短い言葉に込められた夏鈴の想いが、○○にははっきりと伝わった。


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