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主人公になれない僕たちへ【掌編小説】
「好きです!付き合ってください。」
人でごったがえした賑やかな体育館に響き渡るその告白の相手は、分かりきっていたことではあるけれど、私ではなかった。
和やかに文化祭を終え、一般客のいなくなった後夜祭では生徒たちのテンションは最高潮だ。そんな中、某バラエティ番組を真似て自分の主義主張を大声で叫ぶ催しが行われる舞台上で、先程の告白を行った男の子を私は知っていた。
2年生の細川 健君。
彼と私の接点は何も無い。
学年も違えば、部活も、委員会も違う。強いて言えば、通学で使う電車の路線が同じことくらいだろうか。
きっと彼は私の事を認識もしていないと思う。
舞台上には、名前を呼ばれた女の子が照れくさそうに彼の隣に並んでいる。小柄で華奢で肩までの柔らかそうな髪が、笑うたびにふわりと揺れる。背が高くてショートヘアの私とは、まるで正反対の女の子だ。
彼を初めて電車で見たのは、大きな荷物を抱えたおばあさんに席を譲っているところだった。人は見た目ではないと言いつつも、ギターを背に抱えて少し軽薄そうに見えた彼の行動はなんだか意外に思えた。そしてその後も片手で文庫本を持ち、空いた手で吊革を持ちながら、背筋をぴんと伸ばして立つ姿がなんだか気になってしまって、その日から彼を目で追うようになった。
でも、ただそれだけ。
この気持ちが恋だったのかすら、わからない。
舞台上では、どうやら告白が上手くいったらしい2人が幸せそうに並んで司会者のインタビューを受けている。素直にお似合いだな、と思った。ギター少年と、可愛らしい女の子。今ハマっている漫画の主人公達のようだ。
そうなると、私はその漫画にも登場できないモブですらない存在か。恋かどうかもわからないなんて言いつつ、なんだか複雑な気分だ。
「ごめん、ちょっと外の空気吸ってくる。」
「莉央どうしたの、大丈夫?」
「うん、ちょっと人酔いかな。」
一緒にいた友達に声をかけ、人混みをかき分けて出口を目指す。舞台上では主人公達の物語は、ひとまず終わったらしく次の人が主張を叫ぼうとしていた。
「神崎 莉央さん!!!」
舞台とは真逆にある体育館の出口の扉に手をかけた所だった。突然舞台上から叫ばれた自分の名前に驚く。
そして私は司会者に促され、舞台上へと登った。
人生は誰にどこで見られているのか、わからない。
そして、いつスポットライトが当たるのかも。
なんでもない私の日常も、どこかの誰かの物語。
きっとあなたも主人公。