クラムボンが死んだ【掌編小説】
クラムボンが死んだのは、冬の研ぎ澄まされた冷気がより一層鋭さを増す、とある日の朝でした。
私たちは友達のような恋人のようでいて、はたまた他人かのように、都会の隅の真ん中の小さな小さな1LDKに暮らしていました。クラムボンはその私たちのプティ・メゾンの天井を、いつもキッチンからリビング、それから寝室を流れるかのようにさらさらと漂っていました。
昨日の夜に私たちは喧嘩をして、彼はバタンと玄関の扉を乱暴に閉めて、家を出て行ってしまいました。いつも着ているカーキ色のコートを羽織って、去年のクリスマスに私がプレゼントしたグレーのマフラーは置き去りのまま。
私は呑気にも、よくあるいつもの喧嘩なのだと思っていたのです。よく似ている私たちは、些細なことでよく言い合いをしていましたから。本当に些細なことだったのか、今となってはよく分かりませんが。それでも言い合いの度に仲直りをして、そうやって過ごしてきたのです。
その様子を、いつもクラムボンは天井から静かに眺めていました。批判も肯定も仲裁も、何をするわけでもありません。ただ、そこに漂っていました。
そして、クラムボンが見ていたのは喧嘩だけではありませんでした。私たちが並んでテレビを見ている時も、仕事で遅くなる彼のために私がご飯を作っている時も、眠っている時もクラムボンは天井に漂っていました。だからこそ些細な言い合いは、些細なことで終わっていたのかもしれません。今ならば、そう思います。
そして、その日の朝。確かに昨日の夜にはあったはずの彼の荷物が、いくつかなくなっているのに気づきました。仕事用のカバン、いくつかの服、ノートパソコン。リビングの机の上にはこの部屋の鍵が、今の私と同じようにぽつんと置かれていました。
馬鹿な私は、ようやくそこで気づくのです。些細なことだと思っていたのは、私だけだということに。
寒い日の朝には、いつも彼が温かいコーヒーを入れてくれていました。部屋が温まるまで、椅子に座ってそのコーヒーを啜りながら、窓から差し込む朝日にその湯気が溶けていくのを見るのが好きでした。その時間が好きだったのです。
クラムボンはこのプティ・メゾンのどこにも、見当たりませんでした。2人分のクローゼットの中にも、冷たいバスルームの中にも、一昨日買い物に行ったばかりで食材の詰まった冷蔵庫の中にも。
きっと、彼も。
もう戻っては来ないのでしょう。