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ねぇ、スピカ【掌編小説】
ねぇ、スピカ
教えて欲しいんだ。
君の嫌いになり方を。
いつもの場所。天体観測。
その日は先客が居た。
といっても君は望遠鏡なんて持ってなかったけど。
「星を見に来たの。」
桜が咲き始めた季節。
まだ夜は少し肌寒い。
この日は適当な世間話をして、すぐお互いの世界へと没頭した。
「名前?あの星と一緒だよ。」
その場所でよく会うようになって何度目か。
やっと名前を聞いた。
君が指差したのは、乙女座の金の稲穂の先だった。
「スピカ?」
あまりに変わった名前で、聞き直す。
「本名は秘密。そう呼んでよ。」
スピカはとてもミステリアスな人だった。
スピカのことをそれとなく尋ねても、まともな答えは返ってきた試しがない。
「アンドロメダの交差点を左に曲がって、17光年先の恒星をまわる惑星に住んでるよ。」
「どこだよ、それ。」
「さぁ。ふふっ。」
意味不明な言葉ではぐらかされ、つっこむとうふふと笑顔でかわされるのだった。
もしかしたら本当に宇宙人だったのかもしれない。
そのくらい不思議な空気を纏う人だった。
そうして季節は移りかわって、もう夏が終わりそうになっていた。
天気の良い週末はほぼ毎回スピカに会うようになっていた。
「今見てる星空は、本当は違う姿をしているのかも。あの星ももうそこにはないのかもしれない。」
「どうしたの急に。」
「私も同じだなって。」
どういうことかと聞いてみても、いつもの笑顔ではぐらかされてしまった。
僕はいつもの事だと気にもとめなかった。
そして、それから突然スピカはあの場所に来なくなってしまった。
いなくなってから気付くのは物語の定石で。
例に漏れず僕も同じで。
君がいなくなってから気付くんだ。
スピカはもう夜空に昇らなくなっていた。
スピカは自分のことはなにも教えてくれなかった。
僕になにも残してくれなかった。
確かにそこに輝いているのに、存在していない恒星のように。
もしかしたら幻だったのかもしれない。
ねぇ、スピカ。
どうか教えてよ。
君の嫌いになり方を。
もう一度だけ僕の前に現れてさ。